10-3

 徐々に迫ってくる牙と口がその動きを止めたかと思うと、突然見上げるほどの巨大な狐が苦しみ出した。


「こっ…これは!? 一体何だ!? 貴様、我に何をした!!」


 遂には立っている事も出来なくなったらしく、喘ぎながら暴れながら地面を四肢で掻きだす。


「花、今の内にミューリを持って来い」

「え? でも、あんなにバラバラになったら…」

「一欠片で良い。俺に触れればお互い復活する」

「そうなの!? 分かった!」


 痛む手首を押さえながら、私は走ってミューリの欠片を一つ手に取る。縦に引きちぎられた布切れのようになっていたけど、意外にもしっかりとした弾力があった。

 

「そこから投げろ!」


 言われるがまま投げたそれは、ヴィゼルの足元に落ちる。ヴィゼルが手を伸ばしてそれに触れると、足元にあった残りが一気にヴィゼルの元に集まり、


「マスター……」

「いいから止血だ!」


 良かった! ミューリがまた動き出した! と思っていたら、その一部が私の左手首に巻き付いて簡単な包帯になってくれた。残りは当然ヴィゼルの傷口を塞いでいる。良かった、とりあえず助かっ…た?


「何をしたのだ! これは一体何だ!?」


 安心しかけている所に皺がれた声がして思い出した。そうだ、妖狐はどうなったの? 

 慌ててそちらを見れば、さっきまであった大きな体が……え? 


「縮んでる!? 何で?」


 もはや何処にでも居る普通の狐の大きさになっていて、そのまま上から押さえつけられているかの様に伏せて震えている。そんな白狐に向かってヴィゼルが言う。


「『何?』って表現は嫌いだけど説明してやるよ。【盲人の道案内デスディレクション】、"向き"をちょっと変えるってだけの大した事無い能力を使ったんだよ」

「一体、この状況で何の向きを変えればこうなる!? それに能力は使えなかった筈!」

「発動しちまえば後は効果を発揮するんだよ。ミューリが蹴り飛ばされる瞬間に発動は済ませといた。ただ対象が余りにもでけぇから、効果が出るまで時間が掛かっただけだ」

「だから! 一体何の向きを変えたというのだ!?」

「バーカ、この状況でまだ分かんねぇのかよ。村人達の"信仰の力が向かう先"を変えたんだよ」

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