2-3

 殺される! 死を覚悟し、目をつぶって暫く固まっていたが、そのまま何も起こらない。


「……?」

「大きな声を出さないでください。血の匂いを嗅ぎつけて獣が集まってきています」

「!!」


 耳元から声が聞こえてきた。元猫だった黒い何かの言葉に思わず周囲を見渡すと……居る、確かに大勢の動物が居る。頭が一杯で気を配る余裕がなかったけれど、また囲まれているんだ。そんな私の緊張に呼応するように、


「ご安心ください、先ほど貴女が寝ている間にはしてあります。が、念の為防護服化して纏っておきます。貴方が傷つかないようにとマスターの命令ですので」

「…そう」


 どうやら私を守ろうとしての行動だったらしい。


「ありがとう、でも今度からは形が変わる前に一言何か言って」

「留意します」


 そうして顔以外の全身が黒い物で覆われてみれば、案外これが心地良い。温いお風呂に浸かっているような、羊毛をたっぷり詰め込んだ新品の毛布に包まれているような、地面に座っているのに当たっている部分の圧迫感が消えていた。


「明るくなるまでまだ寝ていた方が良いでしょう。安全は保障します」

「あなたは、寝ないの?」

「私は生き物ではないので必要ありません」

「……そう」


 言われるまま横になると、ふわふわの枕までしてくれた。と言ってもさっきまで寝ていたのと漂う獣の臭いで寝れそうにない。

 気を紛らわせる為にも何か話そうか。でも何を……。そんな事を思っていると、向こうから囁きかけてきた。


「マスターは…」

「え?」

「そこまで悪い人ではありません。少なくとも女性に対しては」

「そう、なの? でもさっき下衆だって…」

「下衆なのは確かです。ですが、フェミニストでもあります、そう魅せるのが上手いという意味で、下衆ですが。私が猫の形をとっていたのも、起きた時貴女が怯えないようにとの指示ですし、背中を向けていたのも配慮からの行動です」

「……」


 『フェミニスト』が何なのかはよく分からなかったけど、親切なのは分かった。じゃなきゃ、そもそも私を守れなんて命令をしない。今だって黒寝袋に包まれて安らかな眠りについていただろう。

 色々疑問は湧いてきたが、とりあえず無難な物を聞いてみることにした。


「そういえば、あなた達はどうしてここに来たの?」

「貴女を守るように命令されましたが、貴女からの質問に答えろとは言われていません」

「えぇ……良いじゃない、そのくらい」

「本来であれば、私達の存在や能力が他人に知られる事は危険を伴う行為であり好ましくありません。ですがマスターの命令であれば従う他ありません。勿論、貴女の存在がマスターに危険を及ぼすと判断出来れば、独断で排除に動く事もあり得ます」


 狼を一瞬で殺したあの光景を思い出す。と言ったのも説得のような生温い手段を取った訳じゃない事が容易に想像できる。

 この元猫の寝袋はあくまでも従者、いや、番犬みたいなものなんだ。そして、主人と番犬は考え方が違う。奔放で気ままな主人と、主人第一でそれを諫めようとする関係って事か。その辺はちょっとと似ているかも。

 だとすれば、私がやるべき事は……


 胸に小さな決意と覚悟を秘め、しばらくしてから私は夜明けを待たず眠りについた。




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