3-1
全身を縛られている夢を見ていた。縛られて、殴られて、泣き喚いて。それは夢だったのか記憶だったのか考える気にもなれなかった。全身の痛みの原因が、久々に草むらの上にそのまま寝ていたことだと気付いたからだ。
軋む体を少しずつ動かし周囲を見渡せば、木々の間から僅かに降り注ぐ斜光と、焚き木跡、そして見慣れた黒いゴシック風の衣装に身を包んだ見慣れない少女が座っていた。
「ミューリ?」
「おはよう、もう巳刻(十時前後)だけど」
「……ああ、おはよう」
いや、ミューリじゃないか、そうだ、確か昨日から居たっけか。寝起きなのもあるが、印象が随分昨日と違う気がする。
そうして見れば、およそ肉体労働に向いていない長い黒髪と、栄養状態の良いきめ艶やかな白い肌もきっと、良家ながらも格式の高いお嬢様であろう事が
何よりその目が、昨日の、弱者特有の虚栄心を前面に出した感じじゃなくなっていた。
そして、だからこそ、これから何を言おうかとしているのかも概ね予想ができた。これまでも幾度と無く他人に能力を晒してきたから。
その際の相手の反応は大きく分けて二種類、忌み嫌い恐れ慄き拒絶するか、自分の利益の為に利用しようとするか、だ。
「さて、そろそろ行くか、ミューリ、来い」
「その前に貴方に、いえ、貴方達に頼みたい事があるの」
「それじゃ駄目だ」
問題は、俺はそのどちらの反応も嫌いだって事だ。
「え…? ちょ、ちょっとまだ何も言ってないでしょ!?」
出鼻を挫かれて、途端に年相応の幼い顔が露になる。いや、確か十七歳だっけか。どう見ても十三~四歳ぐらいに見えるが、この辺りじゃ普通なのか?
「内容の事じゃない。それが人に物を頼む態度かってんだ」
「そんな…事言われたって」
「今まではそれで良かったんだろうがな、外部の人間や海の向こうでは通用しねぇぞ」
「……分かったわよ。どうか、私をお助け下さい、お願いします。これでどう?」
ハナは渋面を作って地面に正座し、嫌々土下座をする。
「最後の一言が余計だが、まあギリ許そう。次に…」
「ええ、まだあるの?」
「見返りって物が要るんだ。正当な報酬と言っても良い。お前は頼み事に見合うだけのモノを今、ここで、俺に提示できるのか?」
「お金なら少しは……」
「旅に現金なんて荷物になるだけだ。この能力があれば何処でも生きていけるしな」
「……下衆」
「何か言ったか? とにかく俺の方にお前を助ける理由が無い。昨日お前が助かったのはあくまでも俺の食料調達のオマケだ。行くぞミューリ」
「……」
立ち上がり、背を向けて歩き出すも、ミューリはハナから離れようとしない。
「ミュゼド ヴァン ブラッククイーン!」
「畏まりました」
それでやっとミューリはハナから離れ、文字通り『俺の右腕』になった。後に残されたのは半裸で呆然と立ちすくむ少女だけ。
「……じゃあな」
そう小さく呟いてハナに背を向け、十数歩歩き出した所で、背後から叫び声がした。
「報酬は! 私自身でどう!!?」
振り返ると、全裸の少女が立っていた。
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