4-1

「あれがヤマナシか」

「ええ」


 花の故郷、ヤマナシは二人と一体が野営をしていた場所から二㎞も離れていない場所にあった。

 北に山があり、東西に小高い丘、南に川があって開けた場所で、元々火山等で出来た平野を開拓したらしい。東の高台にポツンと大きな神社と屋敷が建てられていて、他の家は全て底辺の平野に等間隔で配置されている。

 二人はそんな村の全景を北の山から眺めていた。

 

「風水の概念を取り入れているな。村全体が計算された配置になっている」

「風水?」

「環境学の一種だ。要は過ごし易いって事だ。ただ、民家が妙に高くて堅牢に見えるな。こういう場所だと木造平家で無駄に広いのが特徴だと思っていたが……」

「ああ、それは蛇神様の影響で偶に洪水になって、水で溢れちゃうから」

「ああ、なるほど。でもそうなったら後日はどうなるんだ?」

「余分な水は南の川に流れるように用水路を組んでるの。必要な分はきちんと貯めてね。だから干ばつで困った事は一度も無いわけ」


 これまでヴィゼルに対し聞くか驚くばかりだった花は、ここぞとばかりに村の自慢解説を始める。ヴィゼルは「自分がやった訳でもないだろ」と思いつつも口に出すのは止めた。流石に今日はもう走りたくない。


 ヴィゼルは道中で少しだが花の事情を聞いていた。元々ヤマナシは白大蛇神を崇拝していて、花は神事、祭り事、冠婚葬祭を取り仕切る、要はこの村の王、白大蛇の血を引き継ぐ家系の一人娘だと。

 ところがある日、旅の娘が迷い込んできてから全てが狂いだした。衰弱して今にも死にそうだった齢二十過ぎの娘を一先ず花の家で看病し、元気になった後もお礼と言って住み込みの女中のように働いていた。花自身も姉が出来たようで嬉しかった、と。そして次に、


「最初に殺しておけば良かった」


 そう言った。

 ある日花の母親が死んだ。突然姿が見えなくなり、次の日の早朝、村外れの草むらにぼろ切れと化した服と僅かな骨片、そして母親が何時も身に付けていた白蛇の首飾り、それらを万遍なく汚す血痕だけが残っていた。


「それって…」

「皆は野犬に食われたとか言ってたけど、絶対違う! 母様は白大蛇様の血を引く人だもの! 山を歩いていても熊すら跪く程だったのよ! 何よりあいつが来てから何もかもが変わった!」


 花曰く、そいつは失意の父を慰めつつ、あっという間に後妻になり、領主の実権を握り、信仰の対象を白狐に変えていったのだという。

 流石に怪しいと思った時には全てが遅かった。どれだけ訴えるも誰にも聞いてもらえず、遂には『白狐様の恩恵を最大限受けるには、白大蛇の血を捧げねばならない』とその女が言い出した。

 危うく生け贄にされそうになった所を、幼い頃からの付き人の助けもあり、ぎりぎり逃げられたのだ、と。


「その女の名前は小公子ここね。今じゃ狐姫きつねひめなんて呼ばれてるけどね」


 そう言う花の瞳は感情の一切を捨てた、正に蛇の眼のようにヴィゼルには見えた。

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