第4話 再生能力

 さて、前章で出てきた隼人という人物であるが、彼は阿田川隼人といい、いちかとお付き合いをしている男性だった。

 中学時代までは、いちかやつかさと同じ学校だったのだが、いちかとつかさが女性香に行ってしまったので、高校は離れ離れになってしまった。

 しかし。それでも、高校に入ると離れ離れになったのだが、隼人はそこまでいちかを意識していたわけではないが、いちかの方が中学を卒業する頃になると、もうアプローチを仕掛けてきて、二人は卒業を機に、付き合うようになったのであった。

 いちかは、元々隼人のことが好きであったが、告白するまでには至らなかった。一番の理由には、つかさの存在があったからだ。

 いちかは、つかさも隼人のことを好きだと思っていた。勧善懲悪なところがあるいちかにとって、

「裏切るわけではないが、一人の男性を巡って三角関係になっているとするならば、友達に先んじて行動するというのは、つかさに対しての背徳心であったり、後ろめたさのようなものが打慣れてきて、私自身が耐えられない」

 と思っていたのだ。

 だから、なるべく自分の心を抑えて、ちょっと鈍感なところのあるいちかにつかさに対して、

「このまま自分が、隼人のことを好きだということを黙ってさえいれば、波風を立てずに済むことなんだ」

 と自分にいい聞かせていた。

 それに、もう一つの理由としては、

「肝心の隼人が私のことを、好きだとは思えない」

 という意識があったからだ。

 いちかとしては、そんな隼人の本心が分かっていないところに持ってきて、つかさとの仲を天秤に架ければ、

「気持ちをこのまま封印しているのが最良なのだ」

 と、思ったとしても、無理もないことだろう。

 幸いなことに、自分たちは高校生になれば、女子高に行き、隼人とは嫌でも学校で合わなければいけないという、何かあった時には、生殺し状態になってしまうことは避けられるのであった。

 そういう意味で、

「つかさに感謝しなければいけない」

 と思っていた。

 一緒に、今の女子高に行こうと言い出したのはつかさだった。

「私は、親友はおろか、友達と言えるような人はほとんどいないので、そんな中でも唯一の親友だと思っているいちかと同じ高校に行きたいの。女子高なんだけど、一緒に目指してくれるかしら?」

 と、つかさが言った。

 つかさが行きたいという学校は、いちかが目指している学校でもあった。いちかとつかさは成績も拮抗していたので、目指す高校も同じランクのところだったので、最初から何もつかさが誘わなくとも、同じ学校に進学する可能性は結構高かっただろう。

 それでも、つかさが誘ったというのは、つかさにとって、一世一代の覚悟を持っての誘いだったのかも知れない。

 それだけつかさというのは、あまり自分の気持ちや考え方を人に話すことはなかった。

 そんなつかさの性格を知っているいちかだっただけに、いちかとしてはとても嬉しかった。

「うん、いいわよ。私もつかさと同じ学校にいければ嬉しいと思うのよ。つかさの方から誘ってくれるなんて、感激だわ。親友冥利に尽きると言ったところかしら?」

 と、いうと、

「ありがとう。いちかだったら、きっとそう言ってくれると思っていたわ。だから余計に嬉しいの。私は、今まで自分から人にお願いをすることってあんまりなかったので、本当はすごく緊張したの。いちかなら分かってくれると思っているわ」

 とつかさがいうので、

「ええ、もちろん、分かっているわ。そう言ってくれるから、私もつかさののことを、本当の親友だと思っているのよ。お互いにここまで相手のことを分かってくれる相手、他にいないでしょう?」

 というと、

「そうね、私は親友というのは、誰よりも相手のことをその人が分かってくれていることだと思っていて、それをお互いがハッキリと自覚できていることで成立すると思っているの。それは、まさに私といちかのことじゃないかしら? この二人だったら、隠し事などなくて、ずっと一緒にいられるんじゃないかと思うのよ」

 とつかさがいうので、

「そうね。隠し事というか、お互いに隠しているという意識のない中で、暗黙の了解が存在しているような関係だと思うわ」

 といちかが言ったが、このいちかの言葉は、どちらかというと、つかさの言葉よりも緩い考え方だった。

 それは、いちかの言葉が、つかさの考えを補足しているような言い方であったが、補足というよりも、考え方を補填しているようだった。

 ここでの補填は、いちかの言葉をすべて受け入れてではなく、いちかの言葉を参考にして、自分の考えをうまく当て嵌めた考えだと言えるのではないだろうか。

 つまり、いちかの考えは、限りなくつかさの考えに近いということを示しているのだが、そこには、結界のようなものがあり、いくら近くにいると言っても、

「絶対に交わることのない平行線」

 であると言っても過言ではないだろう。

 この関係は、いちかとつかさの二人の関係と同じだと言ってもいいだろう。

 二人は最初から近くにいたのだ。

 つかさの方はその存在を痛いほど意識していたのだが、いちかの方では、あまりにも近すぎる関係のせいか、最初はつかさの存在を意識していなかった。だが、つかさの意識が強いせいか、その視線の痛さに身体が反応したのか、つかさの方を訝し気に見たのだったが、つかさの方では、逆に嬉々としてその視線に感動しているようだった。

「まさか、いちかさんが私を意識してくれるなんて」

 と言って、つかさとしては、いちかのことを見ているだけでいいと思っていたようだ。

 いちかも、つかさと同じようなところがあり、本当に近くにいる人であっても、自分から声を掛けられないところがあった。

 そんないちかの性格を意外と誰も分かっていないようで、

「いちかさんという人は、自分から積極的に友達を作ろうとするタイプなんだけど、中心に行こうというつもりはないような人だわ。野心のような欲はないと言ってもいいと思うの。だから、結構彼女のまわりには、いつも誰かがいるという感じに思えるわね」

 という話を聞いたことがあった。

 その時に、彼女のそばにいる人というと、そのほとんどがつかさであることは、誰の目から見ても疑いのない事実であり、あえてその人が名前を出さなかったのは、それだけ二人の関係を嫉妬してしまうほどの羨ましさを感じていたからなのかも知れない。

「でも、いちかって、目立っているように見えるけど、それは天性の性格であって、自分から目だろうとしているようには思えないのよ。だから、彼女には敵は少ないと思うの。彼女を慕っているという人も少ないと思うけど、そのわりには、彼女から離れていく人がいないのも事実なのよね」

 という人もいた。

 彼女にしてみれば、

「いちかという女性は、つかみどころがないというか、何を考えているのか分からないというほどではないんだけど、絶えず何か奇抜なことを考えているんじゃないかしら? という思いを抱かせるようなタイプに思うの。気が強く見えるんだけど、それはきっと、彼女が勧善懲悪にみえるからで、決して、誰かに何かを押し付けようとするような気の強さではない。そこが彼女の魅力なんじゃないかな? そしてそんな彼女のことを一番よく分かっているのが、つかさだと思うの。私も実はあの二人のことが気になって、私も二人と親友になりたいと思ったことがあったんだけど、私の中では、つかさとは親友になれるかも知れないけど、いちかとは無理な気がしたの。だから辞退したという感じかしら?」

 という考えを持っていた。

 他の人の話を聞いてみると、いちかの方がつかさよりも話しやすいという人が多いようだったが、それはあくまでも普通の友達としてという関係であればこその考えではないだろうか。

 距離が縮まってきて、二人の影響をもろに感じられるようになってくると、それまでと見え方が一変してくる。そちらかがそれまでの考えと違ってくるのだろうが、それは、

「きっといちかの方に違いない」

 と思える人がいるとすれば、つかさだけだろう。

 二人の関係を理解するには、二人の間に入らなければ理解できないに違いないが、かなりの危険を孕んでいて、かなりの覚悟が必要だと言えるのではないだろうか。

 そんないちかと隼人が付き合うようになったきっかけは、卒業前にいちかが告白したことによるのだが、そもそもいちかという女性は、

「思いつきで行動するタイプ」

 だと言われていた。

 その時も、まわりから、

「あれって、いちかの思い付きじゃないの? もしそうだとすれば、あの二人は、そんなに長続きしないと思うんだけどな」

 と、言われていた。

 確かに、いちかの思い付きには違いなかったが、それはあくまでも、

「行動が思い付きだった」

 というだけで、気持ち的には、いちかの中で決して思いつきではなかった。

 そういう意味では、

「思いつき」

 というよりは、

「衝動的な行動」

 と言った方が正解なのかも知れない。

 いちかは、後から思えば、

「私は一体いつから、隼人のことが好きだったんだろう?」

 といまさらながらに考えてみると、結構知り合ってすぐくらいの頃だったということを思い知ったような気がした。

 告白するのが衝動的だったくせに、密かに思っている期間がそんなに長かったなどというのは、いちかという女の子が、幾重にも重なった性格の持ち主であるということを表しているような気がする。

 行動パターンをなかなか読むことができず、親友であるつかさにしても、いちかの本質までは、近づくことができても、結界を超えることはできないのであった。

 では、つかさの方では隼人のことをどのように感じていたのだろう?

 少なくとも、恋愛感情はなかった。それは、つかさという女の子が、恋愛というものをよく分かっておらず、思春期は通り過ぎてきたのだが、その間に恋愛というものを理論的に解釈することができなかったことから、

「私には、恋愛という感覚が分からない」

 と感じさせられたのだ。

 だから、いくら近い距離に隼人がいるとしても、男性という意識を持っているわけではない。

 それは、つかさ自身がまわりに感じさせるものと同じようなものであるのだが、つかさは、自分のまわりにいる人を明確に差別化していた。

 一般的な差別化というよりも、見方によってはさらに、距離が遠いものであった。

 つかさは、自分がまわりからは意識されていない存在だと思っていた。これは小学生の頃から感じていたものであり、

「まるで、路傍の石のようだ」

 と感じていたのだ。

 目の前に確かに存在はしているのだが、そこにあって当たり前というものは見えていても、意識されない存在、その代表例が、

「路傍の石」

 というものである。

 そんな路傍の石であるつかさは、自分が見えているのに、相手に気にされないという、まるでマジックミラーのような現象に、最初から慣れていたような気がする。

 普通の感覚であれば、相手に見られていると、反射的に見られないようにと隠そうとするものではないだろうか。それが本能的な行動であるのだが、それは自分を、

「路傍の石だ」

 と思っているとしても、本能には勝てないということであろう。

 しかし、つかさはすでにその感覚が本能として最初から備わっていたのではないかと思える。そんなことを考えていると。

「まさか、私の前世って、路傍の石だったんじゃないかしら?」

 と思うようになった。

 普通であれば、そんなバカなことはないと否定するだろう。何しろ、路傍の石というものは生類ではないので、輪廻転生には至らないということが分かっているからである。

 しかし、つかさは、それならばと考えたのは、

「路傍の石って、本当は命があって、輪廻転生の対象物なのかも知れない」

 と思ったのだ。

 路傍の石というものが生類ではないという理屈は、人間の勝手な思い込みであって、

「まったく動かないものは、生類ではない」

 という考えが、ひょっとすると、そもそもの間違いではないかと言えるのではないだろうか。

 つかさは独特な考えを持っているため、まわりの人から気持ち悪がられていた。

 隼人も最初はつかさのことを、

「近づいてはいけない人だ」

 と思っていたが、付き合っているいちかの親友ということで、どうしてもそばから遠ざけることはできなかった。

 隼人は元々、再生能力というものに意識が高かった。ケガをした時に、ケガを治そうとする力が人間だけに限らず、生類にはあるということがある意味不思議だったのだ。

 けがをして、血が出てくると、すぐに血が固まって、それ以上流れなくなったり、トカゲなどは、尻尾を切られてお生えてくるというではないか。

 隼人はこれを、輪廻転生の理屈と組み合わせて考えるようになった。都合のいい考えであるが、辻褄を合わせようとするものではないかと思うのだ。

 生き物の身体は、そのすべてが何らかの形で必要なものである。

 生きていくうえで必要なものであったりするわけで、無意識な行動によるものであると思っている。

 爪が取れてしまった時でも、その剥がれたところは、綺麗にはなっていなかったりするだろう。しかし、一日か二日で、剥がれた部分が綺麗に生えているのを見ると、

「生類の再生能力というのは、辻褄合わせを行っているんだ」

 と考えるようになった。

 そんなことを考えている隼人は、

「自分以外に、こんな変なことを考えている人はいないだろう」

 と思っていた。

 こんなことが他の人に知れたら、きっとバカにされるに違いないと思い、付き合っているいちかには特に悟られないようにしていた。

 幸いなことに、天真爛漫ないちかは、天然なところがあり、あまり相手のことをいろいろ詮索する方ではなかった。ある意味、

「他人に興味がない」

 と言えるのかも知れないが、隼人にとっては、それは好都合な気がした。

 女の子というと、

「自分のことを相手が気にしてくれていないと我慢ができない」

 と思う人が多いのだろうが、自分自身が他人にさほど興味がないのだから、相手にそれを押し付けるということはできなかった。

 そういうところはケースバイケースだと思っていたので、ある意味淡白だと思われるところがあった。

 いちかが、つかさと仲がいいのもそのあたりの性格が要因しているのではないだろうか。つかさも、あまり他人のことをいちいち気にするようではなく、好き勝手に考える方であった。

 いちかと隼人は一度、再生能力のことで、会話を膨らませたことがあった。

 最近のことであったが、いちかの方は、かなり前のことだったように感じるほど、忘れっぽい性格だった。

 しかも、会話の後数日間は、かなりハッキリと内容を覚えていたはずなのに、今ではからっきし忘れてしまっていたのだ。

 それは、忘れかけたその時、まるで夢から覚めつつある時のように、徐々に忘れていっているということを意識していた。

 それが、再生能力について話をしたことだという意識はあるのだが、忘れていくことを止めることはできなかった。

 それが、

「目が覚めるにしたがって」

 という意識に近いということが分かったからだ。

 目が覚めていくのと、夢を忘れていくことが、いかなる因果があるものか、ハッキリとはしないのだが、今回は、何かの因果のようなものを感じた。

「前の日が、本当に昨日だったのかということが不思議なくらいだった」

 というものだったのだ。

 実はこの意識は、いちかには何度か感じたことがあった。

 そのたびに、

「私は、きっと田淳人格なんだろうな」

 と思うようになっていた。

 この思いは、実は間違いではないと、近い将来に感じることになるのだが、それは、自分が多重人格だと感じているというのと同じように、まわりからも、いちかのことを、

「彼女は二重人格なんじゃないか?」

 と思われていたからだ。

 彼女のそばにいる人は、結構感じているのは間違いないようなのだが、その感覚は幅広いものであった。

 単純に、

「裏表がハッキリしているというか、裏表が分かりやすい人のようだ」

 という思いである。

 そもそも、

「裏表のない人間なんていない」

 という考えの人が、いちかのまわりにはいたので、裏表があること自体、さほどのことではないのだが、それが相手に悟られやすいとなると、

「勘違いされやすい人なのかも知れないな」

 と感じられるようになったのだ。

 さらに、いちかに対して、

「裏表が、そのまま二重人格なんじゃないか?」

 と考える人がいた。

 そして、その考えの延長線上に、

「裏表をハッキリさせているというのは、二重人格を自分で意識しているので、それをまわりに悟られたくないという思いから、わざと裏表を二重人格から来るものではないと思わせたいという無意識の意識なのかも知れない」

 というものがあるのではないかと感じている人だ。

 そして最後に、それらすべてをひっくるめて、

「いちかは、多重人格なんだ。しかも、その多重の中には、姑息な手段を使おうとするようなところがあり、それはいちかの中にはないもので、誰かから、マインドコントロールを受けているのではないか?」

 というものであった。

 ということは、

「いちかは、洗脳されやすいタイプの人間だ」

 という発想に至り、さらにそこから、

「多重人格にみえる人は、洗脳されやすい人が多く、多重に見える一つの性格は、誰かから洗脳されたものではないか?」

 と言えるのではないかと感じていた。

 いちかが、わざと二重人格を感じさせるふるまいをしていると考えているのは、隼人だった。

 もっと踏み込んで見てみようと思えばできなくもないが、そんなことをして自分に何の得があるのかということを考えると、自分はいちかに対して、何もできないのだと感じたのだ。

 明らかにいちかに対して踏み込めば、嫌われるのは分かっている。隼人は、なぜかいちかに嫌われることを気にしていた。確かに付き合っている女性に嫌われるのは、嫌であろうし、男としてのプライドが許さないのかも知れない。

 ただ、それ以上に、何か別の人の目を気にしているというのも事実だった。そのことに気づいたのは、いちかの性格が、

「二重人格的な性格を、裏表で隠そうとしている」

 と感じた時であったのだが、

「一体他の誰を意識しているのか?」

 ということを分かるまでには少し時間がかかったのだ。

 さらに、

「いちかが多重人格だ」

 と感じたのは、つかさだった。

 つかさは、このことに関しては、異常なほどに自信があった。いちか本人が意識すらまったくしていない性格を、表から見ることで分かる。その理由をつかさは、

「同じ女性だから分かるんじゃないだろうか?

 と感じていたが、果たして本当にそうなのか、自分でもよく分かっていないようだったのだ。

 いちかには三段階の見え方があった。

 見え方が三つある時点で、すでにいちかの表に向けた性格の多重性は明らかであるのだが、その関連について分かっている人は、その時、誰もいなかった。そのことに誰かが気付くのはもっと後のことであるのだが、何とそのことに最初に気づいたのは、いちか本人だったのだ。

 そのことをいちかが気付いてから、つかさと隼人の二人に、なにかいちかに対して共通ま視点が見えたようで、その時二人は急接近したかのようだった。

 もし、つかさと隼人がお互いの気持ちに最初に気づいたのがいつなのかということになれば、それは、きっとつかさが、

「輪廻転生と、再生能力」

 についての意識を、感じた時ではないだろうか?

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