第87話 満腹

「むぐぐぐ……」



 口の付近に魔物たちがやってくるため口を開けないアーサーは必死な形相で、ハーヴェたちの方を睨んでいた。

 なにやら話し合っているが、さっさと虫たちを倒す魔法を放てと……小物臭くイライラと念を送っていた時だった。ようやく彼らの方で動きが変わる。そして、魔法が放たれ……それは氷や雷などの攻撃魔法だった。



 はぁぁぁぁぁ!! あいつら何考えてんだ? 俺がいるんだぞ、俺は皇族だぞ!!



 自国の皇子に対して魔法を放つというありえない行動に文句を言いたくなるが、虫のせいで口をひらくこともできない。

 そして、エレインがこちらを見つめていることに気づく。彼女はアーサーと目が合うとにやりと笑った。そして、それですべてがわかった。エレインはこの場の混乱を利用してアーサーを亡き者にする気なのである。治癒能力で勝てないとわかったから強引な手に出たのだのであろう。



 は、残念だったな!! 俺がその程度で死ぬものかよ!! それよりも黄金小麦だ。



 アーサーは基本的に痛みも感じないし、即座に回復する。だからこれだけの魔法がこようが問題ないのだが、黄金小麦はそうもいかない。

 黄金小麦により強力な魔力をこめると、魔法や死の軍団によって傷ついた部分がどんどん癒えてくる。それだけではない彼が手を触れた場所以外の小麦たちも蘇生している上に、いつもよりも治癒能力が上がっている気がする。



 これは……まさか俺にも真の能力にめざめたことか!! ふはははは、ピンチに覚醒というやつだな!! この力さえあればエレインなんぞ敵ではないわ!!



 もちろん、エレインのサポートの効果なのだがそんなことは思いもよらさなかった。そして、魔法による集中砲火が一区切りついて、土煙がはれた後に存在するのは、下半身が凍り付き、上半身の服が燃えたアーサーと相も変わらず大きく育った『黄金小麦』、それを今もなお喰らっている『死の軍団』だけだった。

 


「そんな……あれだけの魔法を放っても……」

「死の軍団の食欲は無限なのか……?」



 その光景に人々は絶望の吐息をもらす。ただ一人をのぞいて……



「たった一匹か……これならばいけるな!!」



 アーサーは、誰よりもちかくで黄金小麦を喰らっている死の軍団の攻撃を治癒してこともあり、一つのことにきづいた。

 目の前の虫けらの食べるペースが遅くなっていることに……そう、あきらかに治癒の必要量が減っているのだった。その状況にアーサーは覚えがあった。



 あれは彼がこっそりとクッキーを間食した時のことである。その日の献立が大好物だったにもかかわらずアーサーはついたくさん食べてしまったのだ。

 その結果、大好物のはずのステーキを食べるのもあまり手が進まず、ケイにつまみ食いがばれたのである。その結果無茶苦茶叱られて、しばらくおやつ抜きになってしまったのだ。



 そこから導かれる答えはただ一つである!! こいつはたくさんの黄金小麦を食べた上に大量の魔法を喰らった結果お腹がいっぱいになってきているのである。



「お前ら!! 周囲に眷属がいないか警戒し、見つけ次第魔法を放て!! エレイン!! お前は広範囲ではなく、より魔力を凝縮して、黄金小麦に注げ!」

「わかったわ!!」



 ここで指示を出したの決して優しさではない。ここで敵を倒したのは俺の指示だぞとアピールするためである。だが、そんなことはつゆ知らずすっかりアーサーを自己犠牲の英雄と勘違いしたエレインやハーヴェたちは指示に従う。

 二人の治癒魔法はより凝縮されて黄金小麦を癒す。一時間ほど続き、流石のアーサーやエレインも治癒魔法の使用が限界が近づいた時だった。



「動きが止まったぞ!!」



 アーサーの声と共に死の軍団の動きが止まる。額にある魔石が妙にまがまがしく輝いており、その色はより赤く、何とも不気味だった。

 そして、アーサーその魔石にこもった魔力が今にもあふれ出しそうなことに気づく。



「喰らいやがれ、虫けらが!!」



 カバンからモルガンの魔力が込められた魔石を取り出し解き放つと死の軍団の体が徐々に凍り付いていく。抗うように体を動かすが、氷は止まることがない。



「ふははははは、モルガンはなぁー性格は終わっているが頭脳と魔法は天才なんだよ!! まあ、俺ほどではないがな!!」

「ジジ……ジジ……」



 額の魔石が一瞬輝いたが即座に消えていく。もう、魔力を吸収するキャパがないのである。それでも吸収しようとして…


 パリィンと乾いた音がして、死の軍団の額の魔石が砕け散るとともに、圧倒的な魔力が放出される。



「うおおおおおお!? これは癒しの力か?」



 予想外のことに驚きながらも、魔石からあふれ出した魔力の大半が治癒の力であることに気づく。騎士団の放つ魔法よりもたったアーサーとエレインの魔力が圧倒的な量でありすべてを喰らいつくしたのである。そして、その魔力は意外な効果を産みだした。



「これは……奇跡だ……アーサー様とエレイン様がおこした奇跡だ」

「ふふ、これじゃあ、私よりも聖女っぽいじゃないの……さすがはアーサー様ね」



 きらきらと癒しの輝きが大地を満たす中、ハーヴェはもちろんのこと、エレインも思わず感嘆の声をあげる。

 魔力が周囲の大地を覆うと、死の軍団に喰われたはずの小麦が復活していったのである。しかもそれだけではない。



「これは……すべてが黄金小麦になっているだと……」



 復活した小麦をみてハーヴェが驚くの声をあげる。そう、圧倒的な魔力を帯びた小麦は黄金小麦と化していたのである。

 



「死の軍団の魔力を暴走させ、再びここに緑を戻すとは……すべて計算ずくだったのですか?」

「ん……ああ、まあな」



 驚いた様子でこちらにかけよるハーヴェにアーサーはうなづく。もちろん、予想外である。ただ、アーサーは吸える魔力にも限界があるのではないかと思っただけであり、こんな奇跡のようなおきることは計算なんぞできるはずもない。



「死の軍団がやってくることといい、その対処法といいアーサー様はどうやって学ばれたのですか?」

「え、それは……」



 尊敬の目で見つめてくるハーヴェに、まさか人生を一回やり直しているんですなどというわけにもいかずどうしようかと迷った時だった。

 急に全身の力がぬけていくのを感じる。



「くっ、魔力が……」

「アーサー様、大丈夫? 治癒魔法を使いすぎたんだわ!!」



 皆の声が遠く聞こえる。叫ぶエレインと、遠くで俺の活躍を見守ってくれていたケイが駆け寄ってくるのが見え……そうしてアーサーは気を失った。




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