第86話 黄金小麦と死の軍団

「なっ……」



 目の前で治療されていく騎士を見てアーサーは思わず驚きの声をあげた。あの女、治癒の範囲が広がっているだと!!

 もちろん、治癒能力自体はまだまだアーサーの方が上だが、この広範囲は今回のような弱い魔物には大変有効だ。

 俺の手柄をとりやがって……とにらみつけるとエレインがこちらをばかにするかのように笑っているのが視界に入った。



 くそがぁぁぁぁぁ!! このままでは今度は俺がわからされてしまう!!


 

 焦ったアーサーは魔物たちが襲ってくるのも気にせずに負傷していた騎士に話しかける。



「おい、お前!! 今の現状はどうなっている!!」

「アーサー様!? 今は建国祭では……?」

「いいから今の状況を説明しろ」



 アーサーの登場に驚いていた騎士だったが、どこか必死な様子の彼に今は緊急事態だということを思い出して説明する。



「はい、死の軍団の襲撃によって黄金小麦が食いつくされそうとしています。眷属のバッタならば我々でもなんとかなるのですが……」

「本体にはお前らでは歯が立たないか……」



 先ほどの剣も魔法も通じない光景を思い出してアーサーはうめき声をあげる。トリスタンやガウェインがいれば話は変わったのだろうがな……


 あの二人がいれば少なくとも今こちらに群がってくる眷属を倒し、本体の妨害だってできただろう。そうすれば本体だけならば小麦ももう少しましな被害になったはずだが……


 なんとか黄金小麦を守る方法を考えねばと考えたことで気づく。エレインが治癒魔法を使ったあたりの小麦が、少しだが復活しているのである。



「これはまさか……うおおおお!!」

「アーサー様!! 危険です。そっちには死の軍団が!!」



 突如走り出したアーサーに騎士が慌ててとめようとするが、彼はとっくにかけだしている。その足に手に眷属のバッタの魔物が喰らいついてくるがアーサーは一向に気にしない。

 だが、限度があった。アーサーが食い散らかされた黄金小麦まであと一歩というところで虫たちに絡みつかれ動けなくなってしまったのである。

 


「俺はうまいパンやケーキを食べたいんだよぉォォォ!!!」



 アーサーは大声でそう叫ぶと死の軍団に食い散らかされた黄金小麦に手を伸ばし治癒魔法を使う。


 エレインにできて俺にできないはずがないだろうが!!



 それは治癒能力に対するプライドだった。アーサーはほかに関してはともかく、治癒魔法に関しては天才だったのである。エレインという手本がある今、彼は腕一本分という微妙な距離だが遠くに治癒魔法を放つことに成功したのである。

 食い散らかされた黄金小麦が光り輝き一瞬にしてその小麦は蘇生したかのようにして成長していく。

 そして、その大きさは食われる前よりもはるかに大きく立派な小麦になっていく。



「なんだ……これ……」

「これは……奇跡だ!! アーサー様の奇跡だ!!」

「まさか、アーサー様は植物に不思議な加護を与える力もお持ちなのか!?」



 小麦はどんどん大きくなっていきまるで大樹のように巨大化したのである。信じれない状況に騎士たちはもちろんハーヴェやエレインもまた驚きの表情で眺めている。そんな中アーサーは……



 いや、知らんわ。なにこれこわい!!



 アーサーは単にエレインの治癒魔法で復活した小麦を見て、自分も治療しようとしただけである。なのに、無茶苦茶大きくなっているんですけど!?


 そして、それは本来ならばありえないことだった。そもそも人ではなく植物に貴重な治癒能力をつかうということがありえないうえに、黄金小麦の魔力を吸って成長する性質をもっていたからこその奇跡だった。



「ふははは、これがアーサー=ペンドラゴンの力である!! 黄金小麦は俺が守る!!」



 とりあえずアーサーは乗ることにした。正直な話アーサーはなんでこんな風に黄金小麦が急成長したかなんかわからない。だが、周りが自分を尊敬の目で見ていることには気づいている。ならば同じ治癒能力を持つエレインが何か言う前にさっさと手柄を名乗った方がいいと思ったのである。実に姑息である。



 まあ、よくわからんが俺の力だ。これで状況が多少はよく……



「うおおおおおお!?」

「---!!!」



 そんなちょっと調子にのったアーサーを襲ったのは『死の軍団』である。元々が魔力を持つ小麦である黄金小麦に引き寄せられたのだ。さらに強力な魔力をもつ目の前の黄金小麦を無視するはずもない。



「アーサー様、大丈夫ですか!?」

「んーーー!!」



 騎士たちが心配そうに声をかけるがもちろん大丈夫ではない。多少かじられても痛みは一切感じないし即座に回復するが、単純に虫にまとわりつかれていてきもいのである。

 想像してほしい……全身を這うようにしてバッタたちがやってきて、羽音なども耳元でひっきりなしで聞こえるのだ。単純にトラウマである。


 考えろ……こういう時どうすればいい……剣はだめだ……そうだ。魔法ならなんとか虫を追い払うものもあるのではないだろうか?



「魔法……魔法だ……」

「魔法ですか? ですが……」



☆☆




 アーサーがとっさに叫ぶが騎士たちは困惑した様子である。ちなみにアーサーは魔法に関して詳しくはない。彼にとっての魔法というのは自分の持つ治癒魔法で完結していたのだから。

 だから、ピンポイントで魔物を追い払うものがないことは知らなかったのである。まあ、そもそもそんなものがあるならばとっくにつかっているはずなので少し考えればわかるものだが……



「皆さん……アーサー様は自分に構わずに魔法を使い魔物を倒せと言っているのではないでしょうか?」

「「は……?」」



 困惑する様子の騎士たちにエレインが大声で呼びかける。当たり前だ自国の皇子に対して魔法を放つなど反逆罪だと思われても仕方のないことなのだから……



「アーサー様は魔法といっていました。魔物をピンポイントで追い払う魔法何てないのは常識です。つまりは自分ごと攻撃せよということでしょう」



 ないのかよ……やっぱり治癒魔法が最高だなと思うアーサー。そして何言ってんだ、この聖女? 自国の皇子に魔法を放つ馬鹿がいるわけないだろと虫に囲まれながら鼻で笑う。

 そして、さらにバッタがアーサーに群がり耳元で羽音をならすため、エレインたちの声が聞こえなくなっていく。



「お、お言葉ですが、エレイン様、いくらアーサー様がすぐれた治癒能力の持ち主であっても、囮にして魔法を放つなんてことは許されないと思いますが……」

「……かつての聖王がおこなった咎人の焔をご存じでしょう? 彼はそれをやろうとしているのではないでしょうか」



 エレインを驚いた様子で、いさめるハーヴェだったが、彼女の一言に驚きの表情を抱く。



「咎人の焔……かの聖王様が罪人が放った魔物に突っ込んで己ごと焼き払ったというあの逸話ですか……ですが、アーサー様は優れた治癒能力を持っていますが、聖王ではありません。考えすぎでは?」

「本当にそうでしょうか……? 彼はかつての聖王の後継者と噂されており、現に民衆を守るために治癒したり、自分の身を犠牲にしてでも誰かを救おうとしています。それに、私とコカトリスと遭遇した時も猛毒の沼地に一人突っ込み倒しています。私はその姿に聖王の姿を見ました……」



 どこか熱に浮かされた様子でアーサーを語るエレインの姿は不思議なまでに美しく、まるで信仰している神を語るような神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 それを見て、ハーヴェは確信した。



「あなたさまはアーサー様を心から信頼してらっしゃるのですね……あの方のお力を……」

「いいえ、私が信頼しているのはあの方の力と……その人徳です。私はあの方こそ聖王の後継者であると思っています」



 どこか恥ずかしそうに微笑むエレインのその言葉は最大限の賛辞だった。

 ほかの国に肩入れしない中で例外として認められた聖人である聖王と、現代の聖女が同格に扱う。これ以上の賞賛はハーヴェは聞いたことがなかった。

 そして、アーサーと先ほど話し彼の性格を勘違いしたハーヴェもまた聖女の言葉に不思議に納得していた。なぜならば煽った自分の作った『黄金小麦』で造られた料理を称賛しただけでなく、今もその身を犠牲にしてでも守ろうとしてくれているのだ。



「わかりました……魔法使い隊よ!! 死の軍団相手に魔法を放て!!」

「そんなそれではアーサー様が……」



 もちろん、その命令を聞いて混乱する兵士たち。だが、ハーヴェは引かずにさらに命令を重ねる。



「構わん、私が全ての責任はとる!!」

「私も力及ばずながら、治癒魔法をつかせていただきます。ご安心ください!!」



 そうして、圧倒的な量の魔法がアーサーに向けて放たれるのだった。


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