第85話 皇子と聖女の英雄譚
なぜか顔を真っ赤にしたエレインだったがヘレネーに何かを言うと、周囲の治療を始めていった。そして、意図が読めないアーサーは彼女に目的を問う。
「聖女エレイン……なんでここに……」
「決まっているでしょう、借りは返す主義なの。五大害獣の相手なら私の力が役に立つはずよ」
「なっ……」
その一言でアーサーは目の前のエレインの目的を察した。この女は自分がエルサレムで五大害獣コカトリスを倒し、手柄を立てたことを根に持っているのだ。そのため、わざわざアーサーについてきて、「私の治癒能力はアーサーよりもすごいのよ」アピールをしに来たのだと考える。
この女!! 前の人生では来なかったというのに、建国祭に来た理由が気になっていたがこういうことだったのか!! ダンスで煽ったのも根に持っていやがるな!!
などと憤慨していた。ここはブリテンであり、治癒能力という点で、聖女に劣っていると思われるのは非常にまずいし、もしも負けたらモルガンにマジで嫌味を言われそうだと冷や汗をかく。
実際はアーサーの被害妄想であり、エレインは彼の力になるために来たのだが勝手にライバル視している彼はそうは思わない。
「相手は五大害獣なんだぞ、正気か?」
「ええ、もちろん理解しているわよ」
アーサー自身はよくわかっていない上に二体と戦い対して苦戦したことはないがやばそうな雰囲気なので、五大害獣の名をだしてみたが、エレインがひるむことはなかった。
それは奇しくもエレインがかつてアーサーに問いただしたことだった。だが、今のエレインには迷いわない。それは彼女の成長とアーサーへの信頼を表しているのだが……
やっぱり大したことないじゃないかよ、五大害獣!!
全然通じてなかった。
そうなればアーサーにできることは一つである。虫がきもいなどとは言っていられずに、先手必勝とばかりにバッタの魔物に襲われている騎士にかけよって助けようとした時だった。
予想外の出来事がおきたのだった。
★
ヘレネーに頼み込んでエレインは馬車を出してもらっていた。王位継承戦に影響すると言われる『建国祭』だというのに、民衆のために躊躇なく治療しに行くアーサーに彼女は改めて尊敬の念を抱く。
そもそも魔物がいるような前線に行くのは貴族の……ましてや王族の仕事ではない。
さすがね、アーサー様……
ダンスの時といい彼の優しさと器の大きさにドキドキしっぱなしである。馬車に備え付けてある鏡を見ると、顔が真っ赤になっており、隣のヘレネーがにやにやとからかうような笑みを浮かべているのがわかる。
「……なにかしら?」
「べっつにー。アーサー様に婚約者がいるからってへこんでたくせに、また元気になったなーって嬉しく思っていたのよ」
「う……それは……」
ブリテンに来て、モルガンという貴族令嬢とダンスを踊っていたのを見たときは胸が痛んだものだ。だけど、それでも彼を見るとドキドキしてしまう自分の心は止められなかった。
「いいんじゃないの、そのままで……アーサー様は王族ですもの。婚約者の一人や二人はいるでしょう。だけど、ブリテンの王妃には聖女がなったケースもあるのよ」
「な……もう、からかわないで。私は単に民衆のために助けに来ただけなの!!」
その言葉で少し浮かれてしまう。だけど、それも馬車に降りてアーサーの顔を見るまでだった。バッタ型の魔物に襲われている騎士を見てつらそうな顔をしているのを見て、エレインは気を引き締める。
彼は民衆想いの皇子である。騎士が傷ついて胸を痛めているのだろう。そして、彼に協力するむねをつげるとこういった。
「相手は五大害獣なんだぞ、正気か?」
こんな状況だというに、こちらを気遣ってくれるアーサーにエレインは少し震えながらも頷く。五大害獣の中でも『死の軍団』は最も有名だ。
こいつらの通った後に待つのは死だと言われる。
こいつの恐ろしさは圧倒的な守備力とすべてを喰らうその貪欲さである。すべての小麦を食い散らかして、手下を産んで、どんどん集団を大きくして進行する様はかつての目撃者たちから『死の軍団』と呼ばれたのだ。人々に最も身近な食糧危機をおこし、そして最後にはその貪欲な食欲で人やエルフすらも喰らう姿はまさに五大害獣にふさわしいといれよう。
だからこそ、彼はいってくれたのだ。逃げてもいいんだぞと……自分は逃げるつもりは一切ないくせに……
「ええ、もちろん理解しているわよ」
震えを隠しながらエレインは頷く。彼女は証明するのだ。かつてエルサレムで村をすくってくれた英雄である彼の様に自分も引かないのだと。
そして、その言葉を聞くとアーサーは満足したかのように襲われている騎士を見つめ、即座に『死の軍団』の方へと走っていったではないか。
その様子に周囲の騎士たちが驚きの声を上げるが……
「人を心配しておいて、やっぱり死地に突っ込むんじゃない。アーサー様。私の特訓の成果を見せるときが来たようね!!」
ただ、一人エレインだけは笑みを浮かべていた。五大害獣の時に毒にびびってしまった自分を恥じた彼女はひたすら治癒能力を高めていたのだ。どこかの皇子と大違いである。
そして、その結果彼女の治癒魔法の範囲ははるかに伸びたのだ。
「な……」
アーサーが驚きに声をあげると同時に、騎士の傷が癒えていき、神聖な光が一匹一匹は弱いバッタをはじいていく。
「な……」
「あなたの隣に立っても大丈夫かしらアーサー様?」
そして、驚愕の声を上げるアーサーにエレインは微笑むのだった。それはまるで皇子と聖女が手をあわせて魔物に挑む。まるで英雄譚のような光景だった。
あくまではたから見れば……だが……
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