第82話 黄金小麦をたべよう

三人の皇子による出し物というのは『建国祭』の名物である。そして、周りに興味のなかったアーサーは知る由もないが、前の人生ではロッドも今ほどアーサーに対して警戒心を抱いていなかったため、無難な出し物だったこともあり、強力な治癒能力を披露していたアーサーの所がダントツで混んでいた。

 この光景を見て、諸外国の貴族たちはアーサーが王位につくだろうと考え実際その通りになったのだ。



 だが、今は未来が変わっており、派閥の決まっていない貴族や周辺国の人間はどうしようか二の足を踏んでいる。

 それは前の人生での二人の立ち位置と出し物の違いが大きな理由だ。


 かつてと違い貴族の操り人形ではなく、民衆よりの革新派と言われるようになったアーサーと、貴族派のロッドの対立があからさまになっていることと、それにともない貴族たちはもちろん、周辺の国の人間たちも二人の様子をみているのである。

 これがもしもアーサーが治癒能力だったらまだ、知人を治療するためなどの言い訳もできただろうが、今回の二人の催し物は食事と被っているのである。いわばこれはどちらにつくのかという、王位継承戦の前哨戦となっているのである。



「アーサー皇子……この料理について説明していただけますか?」



 そんな状況の中、迷わずアーサーの元にやってきたのはエレインである。彼女は元々国家間の派閥には影響のない中立の教会の人間な上に、アーサーに好意を抱いているのだ。当然の結果だろう。

 


「ん……? ああ、これはライスと言ってだな。それ単品では味はしないのだが、おかずと一緒に食べると、その味を引き立てるんだ。食べてみるといい」

「はい……ありがとうございます」



 やってきたのはにっくき宿敵だが、客は客である。まあ、先ほどダンスでもわからせてやったしなと、機嫌のよいアーサー自らエレインにごはんとおかずをよそう。


 その様子にエレインは一瞬夫婦みたいとにやけるもすぐに真顔に戻る。そして、少し緊張した様子で受け取り、そのまま躊躇なく口にする。

 エレインは森の民であるエルフであり、ライスも植物だとわかっているため一切の偏見がないのである。それに元々馬鹿舌……ではなかった。辛い物好きであり、とりあえず辛くすればどんなものも食べれるという精神のため、仮にまずくてもあまり気にしないのだ。

 そして、ライスを味わっている彼女に会場内の視線が一気に集中していく。



「美味しい……これは……パンとも違う、あたらしい料理ですね。量産が可能ならばぜひともエルサレムでも流通させてみたいです」


 

 嬉しそうにほほ笑んだエレインの澄んだ声がパーティー会場に澄み渡り、様子を見ていた数人がアーサーの方へとやってくる。

 教会の聖女が褒めたということと、見慣れない食材に困惑していた連中が、足を運びはじめたのである。



「気に入ってくれて、なによりだ。ほかにもライスと具材と煮炊きした料理もあるぞ。パエリアというらしい」



 やってくる貴族たちに宣伝しながら、その盛況さに満足に頷いているアーサーの服をエレインが引っ張る。

 その様子ははたから見ればシャイな聖女が異国の皇子におねだりをするような可愛らしいシーンなのだが、彼女の手にあるものを見たアーサーに冷や汗が流れる。



「ん? なんだ?」

「アーサー様……よかったらこちらを使ってみませんか? 私の手作りなんです。もっと美味しくなると思いますよ」



 そう言って満面の笑みを浮かべたエレインが差し出したのの黒い粉の入った瓶である。そして、アーサーが何か答える前にふたをあけてよそってくる。

 


「アーサー様先ほどのお礼です。どうぞ」



 ライスとおかずに真っ黒い香辛料がかけられており、なぜか目が痛くなってきた。こんなもん食えるかボケ!! と普段のアーサーならば突っ返すところだが、今回はライスを普及させるのが目的である。うかつなことをしたらまずいという常識くらいは彼にもあった。



「ああ……ありがとうよ」



 この女、さっきの仕返しのつもりか……と睨んでいるアーサーだったが、エレインは嬉しそうにほほえんでいるだけだ。そして、意を決して口にする。

 かつてを凌駕する辛さに必死に耐えながらもなんとか笑みをキープすることに成功する。


 くっそ、またわからせてやるからな!!


 とアーサーは敵意満々で見つめると「あ、関節キス……」とつぶやいたエレインが顔を逸らすのをみて、この女、笑っていやがるなとさらにライバル心を燃やすアーサーだった。



「その……エルフの里ではこの調味料をスープに入れて、食べるのですが、ライスにもあうと思うのですがどうでしょうか?」

「ああ、確かにスープ状にすれば食べやすくなりそうだな……名前はそうだな……カライ……いや、カレーとかどうだ?」

「素晴らしいですね、ぜひともそのカレーという料理を食べてみたいものです」



 もちろんアーサーのは皮肉だが、自分の意見が受け入れられたと喜んでいるエレインは気づかない。とことんすれ違う二人である。

 そんな中周りの人からはアーサー皇子と聖女エレインが料理をわけあい意見を交換し合うという仲睦まじいエピソードとして語り継がれるのだった。






「えらい目にあった……」



 エレインにいかれた料理を食わされて、水を飲みまくって避難したアーサーはモルガンの方を見る。来客の対応でこちらを見る余裕もなさそうである。



 よっしゃ、チャンスだ!!



「ケイ、ロッド兄さんの方へ行こう!! 黄金小麦で作った料理は無茶苦茶美味しいんだ!!」

「え、でも、アーサー様はここにいなくてもよいのですか?」

「ああ、ここの対応はモルガンがやっているからな、問題ないだろ」

「そうなんですね、ではご一緒しましょう」



 アーサーの言葉にケイが満面の笑みで頷いた。もちろん、普通はそれぞれの皇子が来客をもてなすのが常識のため実際は良くはないのだが、前の人生ではゴーヨクたちに言われるままひたすら治癒していて貴族とのやりとりは彼らに任せていため、知らなかったのである。



「すまない、黄金小麦でつくったケーキを食べてみたいんだが……」

「はい、わかりま……え、アーサー様!? なんでここに……」



 ロッドの場所にいた彼の取り巻きの貴族に声をかけると、信じられないものでも見たかのようにして素っ頓狂な声をあげる。

 そして、ロッドの方を向いてどうしようかと助けを求めるような視線を送った。



「な……アーサー、貴様は何をしにきたんだ?」



 アーサーの存在に気づいたロッドがすごい表情でこちらに向かってくるのを見て思わずケイがアーサーをかばうようにして間に入って小声でささやく。



「アーサー様……やっぱり別の皇子様のところにいったらいけなかったんではないでしょうか?」

「何を言っているんだ? 俺とロッド兄さんは仲良しなんだよ。照れてるんじゃないか?」

「なるほど、そういうものなのですね……ツンデレってやつでしょうか?」



 何をいっているんだとばかりに笑うアーサーに王族は難しいなと納得するケイ。つい、アーサーを信じてしまうケイであった。

 そして、困惑しているロッド陣営の中から一人の男が前に出てくる。



「まあまあ、ロッド皇子。せっかく来てくださったのです。黄金小麦を味わってもらおうではありませんか?」

「くっ……だが……」

「おお、ハーヴェか。久しぶりだな」



 険しい顔をしているロッドを止めたのは50歳くらいの壮年のひげの似合う貴族で名前はハーヴェといいゴーヨクと同じ大貴族の一人だ。

 そして、ロッドの母の親族であり、彼の派閥のリーダー格の一人でもある。

 


「ハーヴェ様……確か領地内の小麦の生産に力を入れており、ブリテンの食料の5割を管理されている大貴族様ですね」



 ハーヴェを見て念のためとケイがマリアンヌから習ったことをアーサーに耳打ちする。もちろんただ知識をひけらかしたいわけではない。

 ライスを『建国祭』で出すにあたりマリアンヌから警戒しておいた方がよいと人物だと言われていたので、それに従ったのである。



「せっかくです、我が小麦畑で作成した『黄金小麦』を楽しんでください。確かアーサー様は果物もお好きでしたね」



 ケイが何を言われるかと警戒していると、その予想に反しハーヴェは並べられているケーキの中でもひときわ果物が多いものをアーサーに丁寧にさらにのせてケーキをとって差し出した



「おお、あれはお前の小麦畑で作ったのか、すごいな。ありがたくいただこう。ほらケイもせっかくだから食べよう」

「ですが……」



 メイドが大貴族から、ましてや敵対している派閥の人間からもらってもいいのか……とアーサーに視線で問うケイ。



「うん? ハーヴェよ。ケイの分も取ってくれるか?」

「これは失礼しました。アーサー様の大切なメイド様もぜひとも召し上がってください」

「あ、ありがとうございます……」



 大貴族を前に緊張しているケイにハーヴェが手渡すのを確認して、ケーキに口をつけるアーサー。



「おお、無茶苦茶うまいぞ!! ケイも食べてみろって、絶対気に入るから」



 予想以上のおいしさに思わず嬉しそうな笑顔を浮かべたアーサーがケイに勧めると、彼女は一瞬ハーヴェの方を見た後に、ケーキを口にする。

 通常よりも甘味が濃厚で、果物やクリームを引き立てるスポンジに大きく目を見開く。



「これは……確かにすごい美味しいです!! それに……やっぱりアーサー様はすごいですね、専属メイドとしてはなが高いです」

「うん……? ああ、そうだな」



 いわば政敵の本拠地でいつも通りの反応のアーサーにケイは感心したのだが、もちろん彼は気付いていない。

 そもそも、ロッドとは仲良しなつもりだし、ハーヴェとも顔見知りなのだ。いまだ人の心に疎いアーサーはハーヴェが彼に対して放つプレッシャーを気づいてもいなかった。



「こんなにも美味しいケーキだ。せっかくだからケイの淹れたお茶が飲みたいな。お願いできるか?」

「はい、お任せください……ですが、おひとりで大丈夫ですか?」

「うん? ああ、別に敵地ってわけじゃないんだ。一人でも大丈夫だぞ。むしろ急がないと、ケイの分がなくなってしまうかもな」

「わかりました。なるべく急いで戻りますね」

「ほう……敵地ではない……ですか……」



 そんな軽口を叩いているとケイを見送ったアーサーにハーヴェが話しかけてくる。


「『黄金小麦』をきにいっていただきなによりです。それで……ご質問なのですが、わざわざ私の小麦のライバルになるようなものをここで披露して……どういうお考えなのでしょうかアーサー様」



 相も変わらず笑みを浮かべているハーヴェだったが、その目は一切笑っていなかったことにケーキに夢中になっているアーサーは一切きづかないのだった。


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