第81話 アーサーとエレインのダンス
再び音楽がはじまり、今度はアーサーとエレインが踊り始める。そして、すぐにアーサーは一つの事実に気づく。
この女あまりダンスが上手じゃないな……しかも不慣れなようだ。
もちろんアーサーの観察眼がさえているわけではない。エレインは彼のリードにかろうじでついていきながら何かをぶつぶつと確認しながら踊っている。誰が見ても初心者のそれだった。
「こうよね……」
そのうえエレインは緊張しているのか、動きは硬くステップも拙い上に顔は香辛料のように真っ赤なままである。それなのになぜこの女はダンスバトルを挑んできたのか?
その答えは即座にアーサーは理解した。疲労困憊な時を狙ったのだろう、相手の得意分野で勝てば最高に気持ちがいいからな。
現にアーサーならば相手をわからせたいときはそうするからだ。実に小物らしい結論に至った瞬間だった。
「貴様に本当のダンスというやつを教えてやろう」
「え……?」
どうするのか……と一瞬固まったであろうエレインを優しくリードする。それは彼女の実力にあわせ、ぎりぎりついてこれる早さのステップを踏み、腕を使って、あらかじめ動かす場所へとリードする。
完璧な指導ダンスだった。
「アーサー様……」
驚いた表情をしているエレインにアーサーはにやりと笑いかける。
ふはははは、ライバル視している相手に情けをかけられるのはさぞむかつくだろう。屈辱を味わうがいい!!
そう、アーサーはエレインの悔しがっている顔を想像しにやつきながらダンスを踊るのだった。はたから見ればそれは不慣れな聖女を優しくリードする皇子の様に見えるとも知らずに……
★★★
エレインは貴族ではなく聖女である。それゆえ、礼儀などは必要最低限しか習っていない。そもそもだ。聖女として異国のパーティーに出席するときも会場でニコニコ笑っていたり、治癒能力を見せるのが仕事である。
そんな彼女がなぜダンスを踊れたかというと……
アーサー様と踊る機会があるかもしれない……と、建国祭の招待状をもらってからヘレネーに練習役を頼んで必死に覚えたのである。おかげで最低限は踊れるようになったのだが……
「何よ、あれ……レベルが違いすぎるじゃないの……」
アーサーとモルガンの美しくも、激しいダンスを見て、エレインは絶句していた。貴族のパーティーにも出たことはあるが、あんなに美しくも激しい高いダンスはめったに見れるものではなかったのだ。
こんなんじゃ、踊って何てとてもじゃないけどいえないじゃない……
そう思って、心が折れそうて泣きそうになった時だった。
「なにやってるのエレイン。アーサー様と踊るんでしょ!!」
「え、でも……」
「いいからいいから!!」
すっかり気弱になったエレインをヘレナーがアーサーの目の前に引張っていく、そして、そこで視界に映ったのは楽しそうに踊り終えたモルガンという笑顔の少女と、アーサーだった。
いいなぁ……私もアーサー様と踊りたい……
その光景にエレインの中でもやっとしたものが燃え上がり、声をかける力になる。
「久しぶりですねアーサー様」
「ああ、エルサレムから遠路はるばる来てくれて光栄だよ。エルサレムの治癒は大丈夫なのか?」
「はい、私がいなくても優秀なプリーストがいますので……」
彼と会話している最中もどんどんと想いが燃え上がっていく。そして、自分に言い聞かせる。なんのために忙しいなか練習したのか? それは彼と踊るためではないか!!
そして、ついでたのがこの言葉だった。
「私と踊りなさい。アーサー様」
なんで口調なのよ!! やらかしたーーーと内心思いつつも、どうしようと思っているとアーサーが、エレインの照れ隠しだとわかっているとばかりに笑顔を浮かべ一緒に踊ることになる。
だけど、いざ踊り始めてみると結果は散々だった。彼と手をつなぐだけで緊張してしまい、ただでさえレベルが低いのにいつもできていたようにすらできない。
なんで私は踊りたいなって思ってしまったんだろう……
そう、泣きたくなった時だった。
「貴様に本当のダンスというやつを教えてやろう」
「え……?」
その言葉と共アーサーのダンスが変わった。エレインよりも少し上のレベルくらいにあわせ、しかもわかりやすいようにリードしてくれているのだ。
この人はなんて心優しいの……さすがは聖王の後継者ね……
アーサーの気づかいに感動しつつ、ダンスを踊り続ける。エレインにとって初のダンスはとても素敵な思い出になるのだった。
そして、アーサーとエレインが踊り終わると先ほどにも勝るとも劣らない拍手がおきる。それも無理はないだろう。聖女がダンスをするなどということはこれまでなかったし、確かに動きこそ拙かったが彫刻のように美しいエレインの踊る姿はまさに、動く芸術品のようだった。
そして、貴族たちが驚いたのはアーサーに対してだった。確かに彼の評判は良くなっている。だが、元々は、我がままで世間知らずの皇子として有名だったのだ。それゆえ半信半疑のものもいた。
だが、今回のダンスでアーサーは誰もが目を見張るような美しいダンスを披露し、気難しいモルガンに笑顔を浮かべさせた上に、聖女には恥をかかせぬようにゆったりとしたダンスでリードしたのである。
それは彼の人の心がわからないというイメージを払しょくするには十分だった。
相手に恥をかかせないようにという気遣いに、アーサーの優しさが本物だと皆が思ったのである。それまではモルガンによるアーサーの悪いイメージを払しょくする戦略と疑っていた者も、モルガンとエレインの満面の笑みを見て、考え直したのだ。ついでに、護衛の仕事をほっぽりだしてダンスを見ていたトリスタンも大喜びである。
だが、好意的なものばかりではない。
「うぐぐぐ」
親の仇の様にアーサーを見つめるロッドのような人間もおり、彼やモードレットの派閥の人間は複雑そうな顔をしていた。
そんな空気の中王が一言発する。
「皆さんダンスは楽しんでいただけたかな? 次は我息子たちの用意したものをたのしんでいただきたい」
そして、建国祭りは第二部へとすすむのだった。
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