第80話 アーサーとモルガンのダンス。
ブリテン誇る音楽隊の演奏と共に、貴族たちが踊る。ロッドやモードレッドもダンスを披露しているが、その中でも注目を浴びているのは意外にもアーサーとモルガンのペアだった。
アーサーはモルガンの美しく流れるステップについていくのがやっとだった。いや、むしろ合わせられているというのが正しい。
彼女と踊るときにいつも叱られていたアーサーは、その時のことが軽くトラウマになっており、どこか動きが硬い。
以前足を踏んでしまった時に、『うふふ、あなたの足は踊るためではなくパートナーの足を踏むためにあるのかしら? 格闘術でも習った方がいいんじゃない?」と皮肉られたのを思い出しているのである。
そんな感じでどこからぎこちないアーサーにモルガンが小声でささやく。
「アーサー皇子……遠慮しなくてもいいのよ。全力で踊りましょう?」
「いいのか……足を踏むかもしれないぞ」
アーサーのビビっているチキンハートに気づかず、単に緊張しているだけだと勘違いしたモルガンは可愛らしいものでも見るようにクスリとほほ笑む。
「ええ、せっかくのダンスですもの。楽しみましょう」
「なら、やらせてもらうぞ!!」
途端にやりと笑ったアーサーのステップが激しいものに変わる。もちろん、アーサーとてわざとモルガンの足を踏むつもりはない。あとがこわいし、延々と嫌味を言われるのは耐えられないからだ。
『俺は確認したからな!! 万が一踏んでしまっても文句は言うなよ!!』
だが、激しいステップの中でたまたま……そう、本当にたまたまモルガンの技術不足で踏んでしまっても怒られないだろうという思惑があった。そう、最近はモルガンとの関係性もましになってきていたがダンスをきっかけにかつてのトラウマがよみがえり、その仕返しをしようという小物っぽさが芽生えたのである。
「うふふ、それがあなたの本気なのね!!」
この女まだ余裕があるのか!!
本気を出したというに珍しくにこりと笑うモルガンの笑みを見て、煽られた勘違いしたアーサーがさらに激しくステップを踏むと、それにあわせるようにしてモルガンも踊る。彼女のその姿は足元の見えやすい最新鋭のドレスも相まって、まるで森の中で舞う妖精のようにすら見える。
そう、モルガンのダンスの腕前は確かだ。そして、アーサーも強制的にとはいえそれにつきあってきたのだ。彼の腕前もかなりのものだったのである。もちろん自覚はないが……
そして、さいごのしめとばかりにモルガンが手を放し美しく回った後に、アーサーが受け止めると同時に音楽が終わると、一瞬の間が空いた後に、拍手がパーティー会場を支配した。
「おお、アーサー様もモルガン様もなんと美しい!!」
「あのドレスとっても素敵ね。どこで買えるのかしら?」
「あの人は治癒能力だけじゃなかったんだな……」
「モルガン様……あんなに笑うのか……そして、その笑顔を引き出したのは……」
ざわざわとパーティーに参加した人間たちがアーサーとモルガンを称賛する。それは二人のすばらしさだけではない。モルガンを知っている貴族は常に表情の変わらない『氷の令嬢』とまで言われたモルガンに幸せそうな笑みを浮かばせたアーサーを称賛し、モルガンへは新しいドレスに興味を持った貴族令嬢たちが駆け寄っていく。
「モルガン様そのドレスはどこで手に入れたのですか?」
「すてきです。今回の激しいダンスのためにそのドレスを……?」
「あ、えっと……」
モルガンは駆け寄って来る貴族令嬢たちに驚いていた。だって、これまでこんな風に親し気に話しかけられたことなんてなかったのだ。貴族令嬢たちの彼女を見る目には常に恐怖と畏怖があった。
だが、アーサーと踊り、優しい笑みを浮かべていたことが彼女の印象を変えたのである。そして、助けをもとめるような視線を送られたアーサーと言えば……
やばいやばい、調子に乗りすぎた。久々に動いたから吐きそう……
それどころではなかった。ライスの試食をした後に久々の激しい運動で疲労困憊になっていたのである。そして、そんな彼の目の前にすっと冷たい果実水が入ったコップが差し出される。
「アーサー様、お疲れ様です。とっても素敵でしたよ」
「ああ、ケイか……ありがとう」
アーサーの専属メイドとして出し物の場所で給仕をやっていたはずだが、わざわざ彼を心配してきてくれたのだろう。ケイの優しさにアーサーは笑顔が浮かぶ。
「よかったら、今度一緒に踊るか?」
「もう、たかがメイドの私にそんなお優しい言葉を……ありがとうございます。冗談でも嬉しいです」
もちろんアーサーは本気なのだが、ケイはもちろんそうは思わない。メイドが貴族のパーティーで踊るというのはそれくらいあり得ないことなのである。
そして、ケイはアーサーの背後を見て、ちょっといたずらっぽく笑う。
「それよりアーサー様、あなたに用のある方がいらっしゃったようですよ。人気ですね、専属メイド(お姉ちゃん)として鼻が高いです」
「は?」
ケイにつられて振り返るとそこには緑の美しいドレスに身にまとったエレインとそのおつきのヘレネーがこちらに向かってくるのが見えた。
「久しぶりですねアーサー様」
「ああ、エルサレムから遠路はるばる来てくれて光栄だよ。エルサレムの治癒は大丈夫なのか?」
「はい、私がいなくても優秀なプリーストがいますので……」
となぜかもじもじしているエレインの脇腹をヘレネーがツンツンと刺激する。まるで何かを急かしているように……
そして、意を決したような顔をしたエレインが口を開く。その顔はなぜか真っ赤である。辛いものを食いすぎて顔も唐辛子みたいになってんのか? なとどアーサーが思った時だった。
「私と踊りなさい。アーサー様」
「は……?」
やりきったとばかりに笑みを浮かべるエレインのどこか挑戦的な言葉にアーサーは一瞬きょとんとして、思い当たる。
この女……俺が疲れている時を狙ってダンスバトルをしかけてきやがったな。
後ろでなぜかヘレネーが頭を抱えているがアーサーの目に入らなかった。
「いいだろう、つきあってやるよ」
そして、二曲目がはじまる。
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