第79話 建国祭

『建国祭』が行われるということもあり、港にはたくさんの人や荷物が行きかっていた。そして、それだけ物量が増えれば荷物の管理もおざなりになり検査の漏れも多くなるはずだった。少なくとも前の人生ではそうだった。

 


「それにしてもモルガン様は何を考えているんだ? こんな忙しいときに警備を強化しろなんて……」

「しかも、兵士たちではなく我々商人に頼むとはな……」



 アヴァロンからの命令に愚痴る商人たち。それも無理はないだろう、稼ぎ時ということでただでさえ忙しいのに、余計な仕事を増やされているのである。

 


「だけど、アーサー様の指示らしいな。ならしっかりやるしかないよな」

「ああ、あの人ならば俺たちのことを思ってのことなのだろう。カンザスが招待したパーティーでも俺たちと同じ平民の服装で出席してくれたんだろ?」

「ああ、王族なのにこっちにあわせてくれたらしいな。それに孤児院の子供たちに勉強もおしえているらしい。どんなものか見に行ったけどよ、うちの子供より勉強ができててびっくりしたぜ」



 アーサーを語る商人たちの口はどこか親しみがある人間に対するものだった。民衆よりと言われ、孤児院の子供たちの教育や、街への視察、そして、商人のパーティーへの参加など、様々なことをおこなっていることにより彼らのアーサーへの評価は高いのである。

 そして、そのことが一つの危機を救う。



「おーい、大変だ。積み荷にバッタみたいな虫がいやがる!! こいつ隠れてやがった、だれか手伝ってくれー!!」

「うおおお、マジかよ。作物が喰われるんじゃないだろうな」



 この時代でも、異国からの虫によって病気がうつるということは知れ渡っていた。それになによりも最近ほかの国で発生したとあるバッタの魔物によって作物が食べつくされるという事件があったのだ。

 そのため、バッタ型の魔物は彼らの中ではもっとも警戒すべき存在であった。そうして、ほとんどのバッタは駆除され最悪の事態は防ぐことができた。だが、全てを狩ることはできなかった。そして、彼らがとり逃した中にブリテンを危機に陥れたものがいることをまだ知らなかったのだ。

 そして、そのブリテンを危機に陥れたものは最も魔力の強い小麦を目指し、すでに街から出て行っていたのだ。



 


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 ブリテンの城にあるパーティー会場の中はもちろんのこと周囲はこれまでにないくらいにぎわっていた。建国祭りというのもあるが、今回はブリテンの貴族だけでなく、近隣諸国の人間もまた特に注目しているのである。

 その理由はというと……



「ロッド第一皇子がいらっしゃったぞ」

「ああ、アーサー第二皇子が平民を重用する動きを見せてから、貴族主義を掲げているらしいな……一緒の会場にいて荒れなければいいが……」



 騒ぎの中心の一人となっているのは今入場してきた第一皇子であるロッドである。傍らには、親しくしているという五大貴族の一人の令嬢が付き添っている。ブリテンの伝統ともいえる高価な絹をふんだんに使い華美なリボン、芸術的なレースをあしらったドレスに身を包んでいるすがたは遠目にも目を引く。

 ロッドは皆が注目しているのを見てにやりと笑ったあとに、エルフ耳の白いドレスに身をまとった二人組を見つけて、胸が熱くなるのを感じた。

 そう、二人のエルフとは聖女エレインとそのお付きできたヘレネーである。人とは違うまるで美術品のような造詣の彼女たちは会場の注目の的であった。

 そんなエレインのお目当てはアーサーであり単なる物珍しさロッドを見ているだけなのだが……



 ははは、やはり、聖女様も俺のことを気にしてくれているのだ。



 すっかり気を良くしたロッドは自分にあてがわれたステージへと優雅に歩みを進める。



「皆さま、今日はブリテンの建国祭にお集まりくださってありがとうございます。私はこのブリテンはこれまで通り貴族こそが民衆を導くべきだと思っております。最近は商人たちが余計なことを言っているようですが気にしなくても構いません。なぜならば我々貴族だけでもこのようなものを作り出せるのですから」



 ロッドがぱちんと指を叩くとパーティールームの一角を隠していたカーテンが動いて、彼の用意した出し物があらわになる。

 そこにあるのは彼の派閥の貴族が作り出した黄金色に輝く『黄金小麦』と、それで作られたパンやお菓子などである。



「おお、これが噂の……」

「少量しか取れないがとても美味だと聞きます。まさか、今日頂けるとは……」



 あえて事前に流しておいた情報に喰いついていた食通の貴族や他国の人間が歓声をあげる。黄金小麦は育てるのが大変なため市場に流れても、一部の貴族しか食べることはできないだろう。いわば選ばれたものの嗜好品である。

 そして、それをロッドが成果物として出してきたのだ。彼の気持ちは貴族主義というのを強調しているのである。



「のちほど黄金小麦が育っているところの見学も可能です。ぜひともみて行ってください。とれたての黄金小麦で作ったパンは絶品ですよ」



 貴族たちの反応に満足そうな笑みを浮かべながらロッドは黄金小麦の紹介をする。彼に賛同する貴族たちが歓声を上げる。

 群がってきた貴族のせいでよく見えないが聖女様も興味を持ってくれているに違いない。そう思った時だった。



 そこまで裕福ではない貴族(とはいっても建国祭招待されるくらいの品格は持つ)や彼の派閥ではない貴族たちの方から歓声が上がり……さらにロッドの派閥の貴族がどよめきの声をあげた。



「お、アーサー様だ」

「あれはモルガン様もいる。相変わらずお美しいな……」

「ああ、性格は怖いが、本当に美しい」

「それにしてもあのドレスは……」



 モルガンをエスコートするかのようにして肩を貸しているアーサーをみて、みんながざわざわとするのも無理はないだろう。アーサーが婚約者であるモルガンを連れてくるのはおかしなことではない。だが、彼女の着ているドレスが問題なのだ。

 ブリテンの伝統的なものでなく、最新のドレスである。単なるパーティーならばまだわかる。だが、今は需要なパーティーの建国祭であり、そこでこういう服を着るということはロッドの派閥に喧嘩を売るに等しい。

 そんな空気の中アーサーが考えていることは……



 お、なんかみんな俺に注目しているな!! 俺の人望のおかげだろう。ふはははは、善行ポイントを稼ぎまくった甲斐があるというものだ。



 などともちろん全然状況がわかっていなかった。そして、満足げに頷いた後に、すごい視線を感じるとエレインがこちらを睨んでいた。

 いや、睨んでいたというよりも、見目美しい女性と腕を組んでいるアーサーを見て嫉妬しているだけなのだがもちろん彼にそんな女心がわかるはずもない。



 この女……前の人生では来なかったくせに本当にきやがった……よっぽどわからされたのが悔しかったんだな!!



 などと勘違いしていた。そして、うかつな隙をつくらぬようにと気を引き締めると……モルガンが耳元でささやく。



「アーサー皇子……めずらしく緊張しているようだけど、大丈夫かしら?」

「あ、ああ……大丈夫だ。問題はないっての」



 ここで弱音を吐いたらむっちゃ叱られそう……と前の人生を思い出して、さっさと次の進行にうつることにするアーサー。

 なぜかエレインの視線がさらにきつくなったがもはやきにしてなんかいなかった。



「今回の俺の出し物はライスという異国の食事であり、俺が最近はまっている食事です。みなさまお楽しみください」

「なっ」



 てっきり今年も治癒能力の披露をすると思っていた貴族はもちろんのこと、ロッドが驚愕の声をあげる。それもむりはないだろう。

 わざわざ、ジャンルをかぶせてきたのである。ドレスの件も含めてはたからみれば喧嘩を売っているとしか思えない。



「お前いったい何を考えて……」

「ああ、ロッド兄さんのおかげで俺も思いついたんだよ。せっかくの新しいものだから、こういう時にお披露目した方がいいと思ってな」



 ロッドが殺気すらこもった視線で見つめてくるが、前の人生で革命軍にガチで殺気のこもった視線で追いかけまわされた経験のあるアーサーは気付きもしない。

 そして、まわりの人間に聞こえるように大声で言う。



「ああ、俺の治癒を目的にしていたものもいるだろう? もちろん治療もするからモルガンを通していってくれ。あとはそうだな……聖女エレイン。あなたの力も借りることは可能か?」

「……構いませんよ。アーサー様にはいつもお世話になっております。私の力でよろしければ喜んで」

「ああ、代わりと言ってはなんだがライスを好きに食べてくれ」



 いきなりの言葉に一瞬驚いていたエレインだが聖女っぽく笑顔でうなづく。もちろん、アーサーが誘ったのは彼女を再度わからせるためである。

 ここならば俺のホームだ。お前よりも慕われている俺の力をみせてやるよ!!



 そんなこと思ってにやりと笑うアーサーを見てモルガンがぼそりとつぶやく。



「さすがね、アーサー皇子。場の流れを完全に変えたわ」



 そう、周りからは。彼の言葉は治癒してほしいならばライスを食べてみろということ、そして、本来ならば様々な手続きが必要な聖女に気安く治療を頼むことによって懇意にしていることをアピールしたようにしか映らないであろう。



「僕は剣踊を披露します。みなさん見に来てくださいね」



 などとモードレットがしゃべっているがほとんどの注目はアーサーに集中していた。そして、一番ダメージを負ったのが聖女に好意を抱いており、彼をライバル視しているロッドである。



「わが息子たちもそろったようだな。それでは、パーティーを始めよう」



 玉座にいる王の言葉で音楽隊の演奏がはじまる。



 そんな中アーサーの考えていることは一つである。さっそく黄金小麦のケーキを食べてみよう。ロッド兄さんに言ったらお土産もくれるかな? パーティー会場で忙しそうにしているケイにも食べさせたいんだよななどと思い、黄金小麦の方へと向かおうとした時だった。

 無表情のモルガンが腕を引いてくる。



「じゃあ、アーサー踊りましょうか?」

「え?」



 美味しいものを食べようとうっきうきのアーサーだったが、モルガンの言葉に思わず笑顔が固まった。言っておくがアーサーとて人並みの教育は受けているので踊れないわけではない。

 だが、モルガンは無茶苦茶上手なのである。そして、前の人生では幼馴染ということでパーティーに出ていた時は一緒委踊っていたが五秒に一度嫌味を言われた結果、彼はダンスが大っ嫌いになっているのである。



「おお、アーサー様とモルガン様が踊られるようだぞ、楽しみだな」



 二人の会話を聞いた周囲が盛り上げるのを聞いてどうしようもなくなって困惑しているとモルガンがいつものように無表情で……だけど、少し震えた声で言った。



「その……私とあなたは一応とはいえ婚約者なんだから一緒に踊った方がいいかなと思ってけど、嫌だったかしら?」

「いや……そんなことはないぞ。踊ろう」



 珍しく……いや、前の人生では一度も見たことのない少し弱気なモルガンにアーサーは困惑しながら一緒におどることにするのだった。

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