第83話 ライスの必要性
「なんでライスを披露したかか……」
ハーヴェにもらったケーキを美味しそうに食べながらアーサーはどうこたえようか考える。
これから魔物がやってきて小麦を喰らうとか……そのあと水害や日照りによってブリテンが食料危機に陥るとか……死に戻ったアーサーは知っているが、今はなんの根拠もないのだ。味方となっているモルガンたちならばともかく、付き合いのあまりないハーヴェには鼻で笑われるだろう。
だから、アーサーの足りない頭で考えた理屈を話す。すこしでも納得してもらえるために……
「ハーヴェよ、確かに小麦はわが国の重要な食料だ。だが、なんらかの理由でそれが取れなくなったらどうするというのだ? 我が国は一気に飢饉に見舞われると思わないか?」
「我が国の小麦がとれなくなるですか……その時は備蓄もありますが、海外から買うこともできますぞ。アーサー様達王族の方々は数年は困りますまい」
ハーヴェが怪訝な顔をして答える。実に貴族らしい考えだった。彼らの計算には民衆のことなどは頭にはいっていないのだ。それに対してアーサーは予想通りとばかりににやりと笑う。
「ああ、そうだな。確かに俺達王族や、貴族の分はなんとかなるだろう。だが、民衆たちはどうなると思う。彼らとて食べなければ生きてはいけないのだ。そして、死を感じれば抗うだろう。今はおとなしく従っていても、食べるものがなければ話は別だ」
そう、前の人生のブリテンにも多少の備蓄はあった。だが、その程度では全然足りずに、海外から買うようになったが、その分は貴族たちが独占し値段をあげたため革命がおこるきっかけの一つになったのである。
貴族のやることは基本放置のブリテンのその行いは民衆たちの怒りを買い革命がおこる一因となったのだ。
「ふむ……さすがは民衆よりもアーサー様ですな。ですが、私とてそこは理解しています。彼らは決して奴隷ではありませんし、数も多い。それゆえ彼らの分も当然貯蔵しています。多少の小麦不作ならば耐えれるようにね」
「え? やってんの? ちゃんと、民衆用にも備えてるの?」
予想外の言葉にアーサーは間の抜けた声をあげる。彼の作戦としては、お前らは民衆のことを考えていないから、俺は民衆のためにライスを準備することにしたのだと、押し切るつもりだったのだ。
彼らが民衆にも食料を準備していたとなると話は変わる。
「当たり前でしょう。この小麦を作っているのは農民ですからね。彼らには頑張って働いてもらわねば困ります。みてください。この黄金小麦の美しさを……この稲穂の香りを……これは彼ら農民が頑張って作ったからこそなっているのですよ。かれらをないがしろになんてできるわけがないでしょう」
胸元から黄金小麦と取り出してうっとりとした顔で香りをかいでいる。正直きもいなとおもいつつもアーサーは思い出す。
ハーヴェは確かにロッドの派閥ではあるが、小麦に力をいれている貴族であり、労働力としてだが民衆を評価していたことを思い出す。彼の言う通り、ある程度は貯蔵しているのかもしれない。
「アーサー様、老婆心ながら忠告をさせていただきます。あなたは確かに平民たちに関して画期的なアイデアで改革をおこなっています。それは認めましょう。ですが、私は小麦のプロです。飢饉がおきそうならばわかります。備えもしております。もしも、本当に小麦不足によって食糧が足りなくなるのならば、その根拠をおしえてください。納得できるのならばアーサー様の命令を聞きますし、あなたが持ってきたライスという植物を私の領地で育ててもいいですよ」
「ふははは、なんだか知らんが言いくるめられているようだな、アーサー。貴様のいう食糧不足がおきそうになったのならば俺は鼻でパスタをくってやろう!!」
「うぐぐ……」
幼い子供に言い聞かせるような口調で説明するハーヴェに、よくわかっていないロッドも煽る。あの時におきたことは善行ノートにも魔物の仕業だとしか書かれていないのだ。なぜ政治に興味を持たなかった過去の自分を悔やむ。
「魔物……」
「魔物……ですか?」
怪訝な顔をするハーヴェ相手にどう説明するか……と思った時だった。冷たい声が響く。
「ハーヴェ様も食料を備えているとはいえ、だいたい半年くらいでしょう? その程度ではもたないような食料危機があるので代わりの食料を準備しなければいけないとアーサー皇子はいっているのですよ」
「モルガン殿……それはいったいどういうことでしょうか? あなたは一体何を知っているのですか?」
「この国の食料を喰らいつくす魔物がやってくるということですよ、ねえ、アーサー皇子」
いきなりやってきたモルガンにハーヴェは困惑気味の声をあげる。アーサーも同意見である。いったい何を見つけたんだ? もったいぶらないで教えてくれよとばかりに視線を送ると彼女はにたりと笑った。それはあなたの言いたいことはわかっているわという合図なのだが……
相変わらずこいつの笑顔こえええ!! こいつ、俺の言っていることが間違いだってなったら絶対ぶちぎれるやつじゃん。
まじで魔物がこなかったらやべえええええ!!
全然わかっていなかった。婚約者になっても関係性は変わらないようである。
「アーサー皇子のおっしゃるように今回の件では魔物がキーワードでした。まず、ハーヴェ様は外国でおきた小麦を喰らう魔物のことはご存じでしょうか?」
冷や汗をダラダラとかいているアーサーをよそにモルガンが語り始める。もちろんアーサーはご存じない。
「ええ、もちろんです。なんでも小国の半分の小麦を魔物に喰われたとか……ですが、その国ははるか遠くだ。ここに来るまでにはいくつも国がある。気にする必要はないでしょう」
「そうですね、通常では……という前提がありますが……ただ、あなたが今もっている『黄金小麦』魔力がこもっており栄養価も高い。それゆえ魔物を引き寄せるらしいですね」
感情のこもっていない言葉に淡々と語るモルガンに言葉にハーヴェは不快そうに鼻で笑う。
「まさか、黄金小麦につられて、その魔物が来るとでも? 何度も申し上げていますが、飢饉になった国とブリテンは離れています。こちらにやってくるときには何らかの情報は得ることができるので対策はとれます。それともまさか、船にでものってくるとでも……?」
ハーヴェのそれは精一杯の皮肉だったのであろう。だが、予想外のことにモルガンは頷いて、手に持っている紙をかかげる。
「行商に出ていた商人の中に黄金小麦を手にしていた人間がいたんでしょうね? それにつられてきたのでしょう。すでに港では何体ものバッタ型の魔物が港に運ばれてきた荷物に紛れて混んでいたという報告があがっています」
「確かに黄金小麦は開発に協力してくれた商人にも配りましたが……まさか海外に持っていこうとしたのか!! 愚かな!!」
モルガンの言葉にハーヴェの表情がどんどん青ざめていく。それだけバッタの大軍による農作物の被害というのはかなり大きい。農業に詳しいハーヴェはその恐ろしさをしているのである。
「それにしてもバッタ型の魔物ということはまさかやつがブリテンに……」
「ええ、アーサー皇子の指示で警備を強化していたから群れのほとんどは始末できましたが、本命はみつからなかったそうです。おそらくやつは『黄金小麦』むかっていると考えるべきでしょうね……」
「な、まさか……アーサー様はあれだけの情報であの魔物がやってくるということに勘付いていたというのですが!!」
「あ、ああ。当たり前だろう。俺はアーサー=ペンドラゴンだぞ。そのために俺は別の食料の準備をしていたのだ」
正直よくはわからないが調子に乗れるところはのるのがアーサーという男である。というか、モルガンの視線の圧が強すぎて、うなづくしかなかったのだ。魔物が出るということは善行ノートで知っていたのだ。嘘ではないのである。
「それで……本当にあの魔物がブリテンにやって来るというのでしょうか?」
「アーサー様……あなたの口からあの魔物の名前を言ってあげなさいな」
「え?」
なにやら話し合っていたモルガンとハーヴェが話をふってきた。なんでわざわざあの魔物とかいうのだろうか……
ハーヴェはまるでその名前を言ったら本当に現れるのを恐れているような雰囲気だが、アーサーもまたおそれていた。
だって、魔物の名前何てわからないのである。適当な名前言ったらモルガンに延々と嫌味をいわれそうだなぁと内心半泣きである。
そして、二人の表情が押し黙っているアーサーに怪訝そうなものになっていった時だった。一人の騎士が息を切らしながらもこちらにやってきて、ハーヴェに耳打ちする。
「大変です。五大害獣『死の軍団(デスパレード)』が現れたそうです……しかも、黄金小麦にむかっていると……」
「くっそ……やはりあの魔物が……『死の軍団(デスパレード)』がやってきたのか……」
まるで死刑宣告でもうけたようにうめき声をあげるハーヴェを見て思う。五大害獣あらわれすぎじゃない? と脳内で突っ込むアーサーだった。
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