第76話 アーサーの巧妙な作戦……作戦?


 パーティーの翌日、エリンは会議室にて、料理を担当していたスローダと向かい合っていた。



「スローダ殿、話が違うではないですか? 当初の予定では最初にブリテンのスタンダートな料理を出して、その後でライスを出すという手筈だったでしょう?」

「ああ、だがライスは我々一族の魂だ。その未来をいやいや食べる人間に託すわけにはいくまい」


 

 冷たい視線で叱責するエリンにスローダもまた一歩も引かずに見つめ返してくる。



 こだわりの強い人間とははまればいいけど意見が対立すると厄介ね……



 エリンが父であるカンザスに頼んでアーサーをパーティーに招待したのは単に美味しいものを食べてもらうため……では、もちろんない。

 彼に小麦のかわりとなりえるライスを紹介するためだったのである。そのために色々と順序を考えていたというのに……



「スローダ殿もご存じしょうが、現状は小麦の管理は貴族たちが独占しています。一応我々商人も貿易などで、仕入れることはできますが、税金がかけられるため、商売にはなりません。だからこそ、その独占商売に穴をあけるために新しい食料が必要なんです。そのお披露目だったんです。失敗は許されなかったんですよ!!」



 父は別の考えもあったようだが、エリンは違った。彼女が心配しているのは貴族とそれ以外の貧富の差である。

 食糧を独占している限り貴族たちはずっと儲け続ける。そうすれば貧富の差も、立場の強さも逆転することはないだろう。

 貴族学校に通っていたエリンは貴族と平民の差をこの身をもって実感していた。名ばかりの貴族にすぎない彼女は貴族たちに雑な扱いをされ続け、この国を変えたいと思っていたのだ。

 だからこそ、貴族と平民の格差に興味を持ち、平民を重用し始めているアーサーならば今回の件に興味を持ってもらえるだろうといろいろと計画していたのである。



「ああ、だが、アーサー様は我々の料理を楽しんでくれたではないか」

「それは結果論でしょう? まあ、アーサー様のことです、あの方は私たちの意図を読んだ上でああいうリアクションをしたのかもれませんが……」

「まさか、あれが演技なはずがあるまい。本当に美味しそうに食べてくれていたのだぞ」



 ありえないとばかりに反論するスローダを見て、エリンはクスリと笑う。



 スローダはアーサー様のことを何もわかっていないわね。

 


 孤児院の件、ドルフでの件、全てで彼はエリンの予想外の方法で、物事を解決してきた。そんな彼ならば料理人の前で彼らが喜ぶようなリアクションをとるくらいは朝飯前だろう。

 その証拠に彼は自分のドレスを褒めてくれたのだ。



 ブリテンでは、王妃の影響で伝統を大事にしている。そのためエリンが他国で流行っている最先端のドレスを着てパーティーに出席した時は貴族たちにはクスクスと笑っていたのを覚えている。流行に後れているのはブリテンだというのに……



 だけど、アーサー様は褒めてくださった。



 もちろんお世辞だとわかっているエリンが彼に好意を抱くことはないが、ちゃんと最新の流行りを知っていますよと、彼が作ろうとしている国ではこういうことも認めますよということを暗に教えてくれたのだろう。

 アーサー皇子はすべてを語らない。だからこそ彼の思考を読む必要があるのだ!! そして、それについてこれるものこそ、彼の派閥にふさわしい人間であり、自分ならば認められるであろう……とエリンは思い込んでいるのだ。全くの見当違いなのだが……



「まあいいでしょう。これでアーサー様がライスを美味しそうに食べていたことは、何人もの商人が目撃していました。あとは私が王都にライスを出すお店を作るので、平民たちに広めていこうと思います。最初は格安で出せば彼らも興味を持ってくれるでしょう。赤字はうちの商会が持ちます」

「それは……かまわないが、ブリテンの民はライスを受け入れてくれるだろうか?」

「そのためにアーサー様に食べていただいたのです。あの方は平民からの人気が高いですからね。何度かアーサー様に頼んでお店に足を運んでいただければ民衆も興味を持ってくれるはずです」



 これがエリンの計画だった。アーサーがライスのお店に定期的に通うことにより、半ば彼の公認の食材とするのである。彼が美味しそうにライスを食べていたのは、パーティーに出席した商人たちも目撃している。そして、彼の興味を引きたい貴族や、商人はもちろんのこと、彼を尊敬している民衆も足を運ぶだろう。

 そうすれば味自体は悪くないのだ。ライスは徐々にだが広まっていくだろう。年単位にはなるが、徐々にライスが広まれば、多少は貧富の差も多少は狭まるし、万が一小麦が採れなくなっても食料の危機は回避できるだろう。

 これがエリンと父のカンザスで考えたライスを広める方法である。そしてこの一見遠回りに見える方法こそが彼女たちの考うる最短の方法だった。



「確かにそうだな。エリンの考えではライスはどれくらい広まると思う?」

「そうですね……数年後には二割のくらいの人間がライスを食べようって考える人も現れるでしょうね。私たちの店舗のほかもいくつかはできると思うわ。だけど……それで終わりでしょうね」

「そうか……まあ、それでも我らが伝統の食料がなくなることはないだけでもましだな」



 それが限界である。食文化というのは何か問題があったときにおこるものだ。そうそう変化をおこすことはできない。



 もしも、それをおこすことができるのならば、よほどの策士か、未来予知でもできる人間だろう。例外として小麦を管理している大貴族が認めれば話は別だろうが、その貴族は伝統を好むロッドの派閥であり、「黄金小麦」というものを最近開発したほどの小麦好きだ。協力を得るのは不可能だろう。

 


 そうして、会議が終わろうとした時だった。扉が開かれて、側近が入ってきた。



「もうしわけありません、スローダ様、エリン様、お客様がやってきました」

「今は人払いをしているはずだけど……」

「ですが……おそらく、お二人が話している件に関係ある方だと思います」



 咎めるようなエリンの言葉に側近がそれでも口を開く。それを見てエリンは困惑する。側近は無能ではない。

 いったい誰が……と問おうとした時にはもうその人物はやってきた。



「アーサー様!?」

「ああ、忙しいところに悪いな。思いついたことがあってな、二人に相談したいんだよ」



 突然のアーサーの来訪に、スローダが驚愕の声を上げたが、エリンも同じ気持ちである。まさに彼のことを話していたのだ。無理もないだろう。

 まさか、アーサー様を宣伝に利用した私たちの動きを読んでらしたのだろうか? そして、それを釘を刺しに来たとか……? いや、だったらそもそもライスをあんなに美味しく食べないはずである。



「それで、相談事っていうこのはなんなのでしょうか?」



 内心冷や汗を流しながら問うと、アーサーが得意げに言った。



「ああ、この前のライスっていう料理を『建国祭』で出してくれないか? もちろん、俺の出し物としてな」

「「は?」」



 信じられない言葉にエリンとスローダが驚愕の声をあげた。


「アーサー様……そこまでライスを気に入ってくださるとは!! このスローダ、人生をかけた料理を作らせていただきます」



 アーサーの言葉の意味を理解したスローダが涙を流しながら、アーサーの手を握っていった。それも無理はない。だって、建国祭りはブリテンの代表的な集まりなのだ。そして、皇子の出し物とはその皇子がもっとも自信を持つものを出すのが通例である。



「アーサー様……いったい何を考えて……」

「ああ、だって、食糧問題を解決しなきゃいけないからな」



 スローダと半比例するかのようにエリンは混乱していた。確かに建国祭りでのアピールが成功すればライスの知名度はあがる。そして、その結果はエリンたちが考えていたよりもはるかに普及するだろう。



 だが、そこまで急ぐ理由はなんなのだ? この人にはいったい何が見えているというの……?



 もちろん、アーサーは何も考えていないのだが、そんな事つゆ知らずエリンは混乱するのだった。

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