第75話 ロッドの策
ロッドに誘われたアーサーはいつぞやの中庭で向かい合って座っていた。彼の傍らにはいつぞやのメイド十五番が一緒に待機している。
「いったいどうしたんだ、ロッド兄さん」
「お前が最近調子に乗っているようだからな、注意しておいてやろうと思ってな……あと、俺のことはロッド兄さまと呼べと言っただろ?」
「ああ、そうだったな。ロッド兄さま。いつも俺を気にしてくれてありがとう」
「な……」
偉そうな言葉に満面の笑みを浮かべるアーサーを見て、なぜかロッドの表情が固まる。そう、アーサーに皮肉は通じておらず本当に心配してくれていると思っているのである。
悲しい兄弟のすれ違いである。
その間にと、相も変わらず無表情なメイド十五番がロッドとアーサーにマリアンヌと同様に美しい所作でお茶を注ぐ
「ロッド様、アーサー様どうぞ」
「ああ、ありがとう。えーとお前は……」
お礼を言ってから彼女の名前を知らないことに気づく。今のアーサーはメイドもまた、人であり、名前を呼ぶと喜ぶと知っているのだ。そして、彼らに優しくすれば自分の処刑が遠のくことも知っているのである。
点数稼ぎとわずかな優しさをもって訊ねる。
「私は……メイド十五番と申します」
「いや、そうじゃなくて……お前の本名を聞いているんだ。あ、もしかしてメイドが名前で家名が十五番なのか? すごい、名前だな」
親戚に十四番とかいたりするのだろうか? などと思うアーサー。そう、彼はやはりまだ常識がないのである。
「……ふふふ、アーサー様は愉快な方ですね。これはロッド様がつけてくださったあだ名のようなものですよ」
「うわぁ……ロッド兄さま、もうちょっとネーミングセンスを勉強した方がいいと思うぞ。俺が代わりに考えようか?」
「本気で考えているわけがないだろうが!! 平民に名前など不要なだけだ!!」
アーサーの若干引いた表情に顔を真っ赤にして怒鳴り返すロッド。そして、彼はお茶を飲んで少し気を落ち着かせ本題に入った。
「それよりもだ。随分と聖女様と仲良くしているようだな。アーサー!!」
「仲良く……だって……」
わけのわからないことばかり言っているロッドの言葉に心外とばかりに、アーサーがうめき声をあげる。当たり前である。彼的にはエレインとはどちらが優秀か競い合った敵という印象しかないのだ。むしろ敵対心しかない。
「それは誤解だぞ。俺は別にエレインと仲良くなんかしていないからな」
「ははは、そうだろうな!! 聖女様がお前ごときを相手にするはずがない」
「ですが、報告書によると何でも、アーサー様とエレイン様は会合で意気投合し、一緒に辺境の村に治療しに行ったとありますが……」
アーサーの言葉にロッドが嬉しそうな声を上げると、メイド十五番が手に持った紙を見て口をはさむ。持っているのは、おそらくアヴァロンに保管されているアーサーの遠征時の報告書だろう。
「そこでお二人で力を合わせて、村人を治療し親交を深めたとか……」
「ああ、それは確かにやったな……」
「なっ……共同作業だと……」
親交を深めたという記憶はないがアーサーとエレインの二人で村人を癒したのは事実である。あの女め、俺が治療し始めたら負けじとあいつも治療したんだよな……おかげで二人の功績になってしまったのである。
「そして、その晩の酒宴では、聖女様がわざわざアーサー様の料理の味付けをしたとか……」
「ああ、確かにあったな……エレインがエルフの里から持ってきた調味料を使ったんだよ……」
「なっ……聖女の手料理をご馳走になっただと……しかも、故郷の味を……」
無茶苦茶辛い物を出されたことを思い出して、げんなりとするアーサー。あれは本当に死ぬかと思ったし、前の人生ぶりに痛みを感じたのだ。無理もないだろう。
あの女、マジで味覚がいかれてやがったな……
「そして、極めつけは、コカトリス討伐に出た聖女様を心配したアーサー様が彼女を助けにいき、見事コカトリスを撃退し、感動のあまり抱き合ったそうですね。その時の聖女様はまるで恋する乙女のようだったとか……」
「いや、それはだな……」
「お前は他国に聖女を口説きに行ったのか!! くそがぁぁぁ!!」
単にヌシが美味しいと聞いただけでエレインなんぞどうでもよかったんだと説明しようと口を開く前にロッドが怒鳴り声をあげた。すこし半泣きである。
まあ、無理もないだろう。一目ぼれの相手が口説かれているうえにイチャイチャしているのを延々と聞かされているようなものなのだから……
そして、やたらと作為的に書かれている報告書には作成者の名前にトリスタンと書いてある。まあ、人の主観というのはあいまいなものである。
「ふん、まあいい、今度のパーティーには聖女様もいらっしゃる。俺の良いところを見せればいいだけの話だ。アーサーよ、これを食してみるといい。メイド十五番例のものを!!」
「はい、ロッド様」
メイド十五番が取り出したのは丸っこい形のパンである。彼女はトングを使ってアーサーの皿にのせる。そして、ロッドがにやりと笑って、アーサーに食えと命じる。
「これは……?」
つまらない会議で小腹が空いていたアーサーはラッキーとばかりに口にしようとして、大きく目を見開いた。
まずは甘く香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。ワクワクしながら口に運ぶと、外はカリッと、中はふんわりとしており濃厚な味わいが口の中に広がっていく。
「ジャムもバターも使っていないのに、パンだけで無茶苦茶うまいぞ!!」
「ふはははは、これが我らが派閥の貴族が開発した『黄金小麦』だ!! この小麦のうまさは別格だ。なにせ魔物も引き寄せられるくらいの美味しさなので、常に騎士に畑をみはらせたくらいだからな。別の国の王族から好評なんだ。女は美味しいものに弱いからなぁ。これを食べれば聖女様だって俺のことが気になるに違いない!!」
アーサーの反応にロッドが得意げに笑った。その様子にメイド十五番が可愛いものを見るような目でクスリと笑ったのも仕方ないだろう。
そう、これは孤児院にメイドを送るときにアーサーが考えた作戦と同じである。なんだかんだロッドもまたアーサーと兄弟なのである。
多少は教養はあるものの頭アーサーなのだ。
「だけど、これをどうやって聖女に食べさせるんだ? パーティーにでも呼ぶ気なのか?」
「お前は本当に愚かだな!! そのための建国祭りがあるんだよ。今回の出し物として俺はこの『黄金小麦』で作ったケーキを出す。それで聖女のハートを射止めるのだ!!」
「建国祭りで……出す……か」
ロッドの言葉にアーサーの頭に衝撃が走る。そうだ。出すものは何でもよいのだ。だったら、このチャンスを活かすべきだろう。
「それだ!! いつもありがとう、ロッド兄さま!!」
今まさに思いついたアイデアにアーサーはいてもたってもいられなくなり立ち上がった。もちろんパンはすべて食べ終わっている。
「あいつは一体何なんだ……? まあいい、それよりも、この作戦ならば聖女も俺をみてくれるだろう? メイド十五番よ」
「え……ええ、そうですね。ロッド様」
何か言いたそうに答えるメイドの言葉をロッドは聞いていなかった。彼はただ己の勝利を確信するのだった。
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