第66話 エリン

 アーサーのメイドの一人であるエリンは孤児院での彼の行動を見て驚愕の声を漏らさずにはいられなかった。


 まずは孤児院の子供たちにクッキーを配りともに食すという行動に軽く驚いた。そりゃあ、アーサーは平民にも優しいという噂も流れており、それに習うようにして平民に施しを与えようとする貴族もいたし、見たこともある。

 だけど、あんな風に本当に美味しそうに平民たちと同じものを食べる人間ははじめてだった。



 孤児院の仕事をお願いするときにクッキーを私たちに振る舞ったのはパフォーマンスだと思っていましたが、本当に日頃から食べてらっしゃるのですね……



 言葉だけでなくこんな風に平民のことを知ろうとするなんて……と尊敬の念を隠せなかった。まあ、実際は単なる食い意地が張っているだけなのだが……

 

 そして、それだけではない。ドワーフと子供たちが帰ってきたときの会話を聞いてエリンは血の気が引いたものだ。



「あ、アーサー様じゃん。ちゃんと勉強しているから安心してくれよな、いつかあんたのアクセサリーでも作らせてくれよ」



 イースという少年はため口を使ったのである。一応様づけではあるがなんと馴れ馴れしいことか!! 貴族は対面を大事にする。ましてやアーサーは王族なのである。

 平民の……しかも、孤児にこんな態度を取られたらいくら平民に優しいとはいえ即座に処刑を命じられても文句は言えないのである。

そうなってしまったら、これからアーサーに平民とよりよい関係を築いてもらうためにとある提案を進めようとしているエリンからしてもまずい。



「アーサー様、子供のしたことですから……」

「ああ、楽しみにしている。もしも、俺の目にかなうものだったら、城で宣伝してやろう。それよりクッキーをもってきてやったから食べていいぞ」



 とっさになだめようとしたエリンだったが、それは杞憂だということに気づく。そして、城で宣伝何て本来ならば貴族のお抱えの職人にしか与えられない名誉である。



 あれ? この人は本当に平民と貴族の関係を対等なものにしようとしているの?



 エリンは一応貴族ではあるが、元は商人の娘であり、父が貴族の地位を買ったことで貴族令嬢になった人間だ。だからこそわかっているのだ。彼らは立場を大事にすると……平民だった父はそれゆえ軽んじられて苦労してきたところだってずっと見てきた。

 そして、貴族になってようやく発言権を得たのである。なのに、アーサーはまるで対等な人間の様にイースと話しているのである。

 こんなことができるのは本当に平民と仲良くしている風に見せて支持を得ようとしている策略家か、身分を本当にどうでもいいと思っているかのどちらかである。

 そして、エリンからしたら、そのどちらでも構わないのだ。父が訴えていた危機を回避するには平民と対等に話そうとする高い権力を持つ人間が必要なだけなのだから……



 王族であるアーサー様ならば権力は問題ないわ……ただ、もう少しアーサー様の人となりをみたいのだけど……



 正直な話エリンはアーサーに話すかモードレットに話す悩んでいた。いっそ誘惑でもしてみるか? と思うが彼は不思議なくらい女の噂がない。まわりにいるのも使用人のメイドと婚約者のモルガンくらいである。専属メイドもとくにお手付きになったという話もない。色恋沙汰はあまり興味ないのかもしれないとエリンは思う。そして、そのことはかなりポイントが高い。女で身を崩した権力者は数知れないのだから……


 実際は単に女慣れしていないだけで、最近興味をもちはじめているのだがもちろんエリンはそんなことはわからない。

 


「それよりよ、アーサー様。俺とリベンジマッチをしてくれませんかね?」

「「「なっ!?」」」



 そういうとゲイルが酒瓶を机の上に置いたのである。このドワーフなにやってんの? これにはいつもおちゃらけているトリスタンもほほをひきつらせていた。



 重ねて言うがアーサー様は王族なのだ。お店で売っているものならばともかく、ドワーフの飲みかけの酒である。そもそも貴族というのは食事に誘うときはいくつもおぜん立てをするものである。

 このドワーフはアーサーを飲み友達とでも思っているのだろうか? 


 案の定アーサーはトリスタンに何かを耳打ちする。これは……失礼だから止めろというのだろうか? もしかしたら殺せと命じるかもしれない。

 

 それはまずい。せっかくあの気難しいドワーフが来てくれているのだ。ここで迂闊なことをすれば彼らとの関係の悪化はまちがいなしだろう。

 だけど、つぎのアーサーの行動を見て勘違いだったと思いしられる。



「いいだろう!! 再びこてんぱんにしてやるよ!! ケイ、二人分のコップを持ってきてくれ!!」

「え、はい、わかりました!! なんだかわからないですけど、応援しますねアーサー様!!」

「言ったな、小僧!! 今度は負けないからな」

「ふふ、メイドにかっこいいところを見せる。身分違いの恋もまた良しです!!」



 そういって酒の飲み比べを始めたのである。そして、楽しそうなアーサーとゲイルを見て思う。そこには人間とドワーフの垣根を超えた何かがあったように見えた。彼は王族である本来は不敬にあたるがアーサーはドワーフ側の酒を飲んで仲良くなるという慣習に合わせたのだろう。

 それを見たエリンは思うのだ。


 身分どころか種族もきにしないアーサー様ならば……父が危惧している食糧問題にも耳を傾けてくれるのではないだろうかと。


 

「アーサー様さすがですね」



 ゲイルを酔いつぶし満足そうにしているアーサーに声をかける。



「ん? エリンか、ちょうどよかった。ちょっと相談があるんだ」

「はい、なんでしょうか?」



 先に話をふられてしまったが、それを解決すればこちらも話しやすくなるだろう……そう思った時だった。エリンはアーサーの言葉に畏怖を覚えることになる。



「ブリテンの食糧問題について話したい。今度時間を作ってもらえるか?」

「は……?」



 この方はどこまで計算をしているのだろう。まさに自分が振ろうとした内容を話されてエリンは脳に稲妻が走った気分になる。

 いや、彼がわざわざエリンのくるタイミングで孤児院に来たということから、自分の父がこっそりとすすめているアレについて話すつもりだったのだろう。彼の情報網に驚くと同時に同時に彼女はアーサーに着くことをきめたのだった。



「いや、エリンの実家は商人だろう? だから、そういうことも詳しいと思ったんだが……」

「さすがです、アーサー様……私の父や私の動きを読んでいらしたのですね。でしたら今回の会合にきていただいてもよろしいでしょうか? あなた様にお話したいことがあります」

「え……ああ、別にかまわないが……」



 ちょっとキョトンとした顔が気になったがエリンは彼に未来を託すことにする。前の人生ではモードレットに相談された内容をアーサーがどうすすめるかは誰にもわからない。

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