第65話 孤児院の子供たちとドワーフ

「ほーら、クッキーですよ。アーサー様からがんばっている皆さんへの差し入れです」

「「わーい」」



 孤児院に到着しケイがお土産であるクッキーを配り始めると休憩時間がはじまる。勉強で疲れた頭には甘いものがよく効く……ここ最近勉強を頑張っているアーサーもそれがわかっていたので気を利かせたのである。

 そう、決してケイを喜ばせようと調子に乗って買ったが、量が多すぎて賞味期限がやばくなったいうわけではないのだ。



「アーサー様はお優しいですね。子供たちに差し入れをくださるなんて」

「ん? ああ、甘いものは子供たちも大好きだし、食べ物は大事にしないといけないしな……」



 前の人生での牢獄での生活を思い出し、ついつい眉をしかめる。あの時はひどかった。革命軍の嫌がらせなのか、具のないスープにかびた固いパンなどばかりだったのだ。

 貴族の中には豪華な食事をたくさん作られて、残したりすることこそが自らの富を象徴するという美徳だという人間もいるがアーサーは違うのである。

 


「ふふ、そうですね……確かに食べ物は大事です。流石ですね、アーサー様」

「ん……? ああ、そうだな」



 なぜか意味ありげに眼鏡をくいっとやるエリンを不思議に思うがとりあえずうなづいておく。そして、そんな二人の間が話していると、孤児院の扉が開いた。



「くっそーーなんでうまくいかないんだよ、もうちょっとだと思ったのになぁ」

「当たり前だろうが、俺たちの技術がそんな簡単にできてたまるか!!」



 ドワーフのゲイルと、イースに二、三人の子供たちがしゃべっているのが目に入る。彼らはベディの作ったマニュアルをもとにドワーフの技術を学んでいるのだ。

 


「あ、アーサー様じゃん。ちゃんと勉強しているから安心してくれよな、いつかあんたのアクセサリーでも作らせてくれよ」



 アーサーをみかけたイースが嬉しそうにだけど、気安い感じで声をあげるとエリンの眉がぴくりと動きアーサーを見つめる。まるでどう反応するかを試すかのように……

 もちろん、そんなことには気づかずにアーサーはケイが並べたクッキーを指さした。 



「ああ、楽しみにしている。もしも、俺の目にかなうものだったら、城で宣伝してやろう。それよりクッキーをもってきてやったから食べていいぞ」

「「わーい!!」」



 子供たちがクッキーに群がるとケイが「もう、ちゃんと手を洗ってからですよー」と注意しているのが聞こえてくる。

 俺の専属メイドは気が利くなぁ……と誇りに思うアーサーだった。



「子供たちの様子はどうだ?」

「ああ、まあまあ、ぼちぼちってやつですかね。リチャード……じゃなかった。アーサー様。あいつらは鍛えがいがありそうです」

「そうか……それはよかった。これからも頼むぞ。」

「ドワーフが褒めるなんて……どんな職人もすぐにあきらめたというのにどうやって……」



 いまいち慣れない敬語を使っているゲイルと気安そうに話しているアーサーの会話の内容にエリンは驚きの声を漏らす。 

 もちろん、子供たちがドワーフの技術を学べているのはアーサーの力ではない。元々ドワーフという種族が子供に優しいことと、ベディの知識に、イースのやる気がかみ合っているだけである。



「なるほど……ドワーフは子供好きだから、子供相手ならばハードルが下がるということかしら……それに、本来は集中力のない子供もアーサー様に恩を感じているから一生懸命学ぼうとするはず……まさか、孤児院を救った時からこここまで計算していたということかしら?」



 もちろんすべてが偶然の重なりなのだが、満足そうに頷いたアーサーをはたから見た人間からはまるで計画通りだとでも見えるだろう。

 マリアンヌやケイなどのアーサー推しメイドの影響でエリンもまた節穴になってきてしまっているのだ。



「それよりよ、アーサー様。俺とリベンジマッチをしてくれませんかね?」

「「「なっ!?」」」


 

 満面の笑みを浮かべて酒瓶を机にたたきつけるようにおいたゲイルにケイや、エリンはもちろんのことトリスタンまでも驚きの声を上げる。

 それも無理はないだろう。視察に来た仕事中の王族に、よくわからない酒を飲ませる。それは失礼にあたるのだ。というかぶっちゃけありえない。まあ、人間の間では……だが……



「ふーん……」



 いきなり勝負を挑まれたアーサーだったは心配そうにこちらを見つめているケイに視線を送る。彼は思い出していた。

 ドワーフたちと一緒に酒を飲み、見事勝利した時に皆から称賛されていたことを……そして、ケイにちょっとかっこいいところを見せたいと思った彼は考えてトリスタンに耳打ちする。



「なあ、ここで俺が勝ったらかっこいいか?」

「え……それはもちろんですよ、アーサー様!! ドワーフは酒豪ですからね、それに打ち勝つのはまさに英雄の姿かと……」



 一瞬怪訝な顔をするもアーサーの視線がケイをちらちらっと見ているのに気付いたトリスタンは満面の笑みで頷いた。

 そして、



「いいだろう!! 再びこてんぱんにしてやるよ!! ケイ、二人分のコップを持ってきてくれ!!」

「え、はい、わかりました!! なんだかわからないですけど、応援しますねアーサー様!!」

「言ったな、小僧!! 今度は負けないからな」

「ふふ、メイドにかっこいいところを見せる。身分違いの恋もまた良しです!!」



 そして酒飲みバトルが始まり、トリスタンが盛りあげ、子供たちも騒ぎ出す。そんな喧騒の中エリンだけは驚愕の表情をうかべていた。



「そんな……あんなにも簡単に気難しいドワーフと仲良くなれるなんて……常人にはない発想……そして、器の大きさに加えて、まるで未来が見えているかのような知力……彼ならばブリテンの危機からまもれるかもしれない」



 誰にも聞こえないようにつぶやくと、アーサーにとある提案をすることをエリンは決めるのだった。

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