第62話 モルガンの誤解
「モルガン様、失礼します」
アーサーの勉強が終わった後、モルガンに呼ばれたウィスダムはアヴァロンにある彼女の部屋を訪れていた。
几帳面に整えられた書類の束に、整理整頓された机で作業する手を止めて無表情にこちらに視線を送る彼女は家庭教師として勉強を見ていた時と変わらないなと思う。
いつも真面目で強いがいつかぽっきり折れてしまいそうな危うさがある。
「ウィスダム先生お疲れ様です。どうぞ、お座りください」
書類に印章を押していたモルガンが一息ついて鈴をならすと、しばらくして、黒髪のメイドがやってきてモルガンと教師に紅茶を淹れてくれる。
そして、メイドがお辞儀をして出ていくのを確認するとモルガンが口を開く。
「それで、アーサー皇子はどうでしたか?」
「はい、なかなか面白い方ですね。どんな反応をするかと貴族制度を否定してみてみたのですが、鼻でわらっておられました。あなたのおっしゃる通りに、平民の事もちゃんと考えているようです。それに……まさか、平民の孤児を城に連れてくるなんて……」
ウィスダムは感心したように笑いながら答える。もちろん、ナイーブな問題を会話にぶちこんだのはわざとである。彼もまたアーサーという人間の器を図っていたのである。
モルガンからアーサーのことは聞いていたが、正直王族で民衆よりの考えを持っているなんて信じられなかったのである。だがらこそ、アーサーの平民を人間扱いしている答えに驚愕を隠せなかった。
「うふふ、そうでしょう。それでアーサー皇子の授業態度はどうでしたか?」
「そうですね……いつもつまらなそうな顔をして、ちょっと寂しいですが、あれは演技でしょうね」
「というと……?
「あの人はわざわざ無知のフリをして、平民のベディという子供に考えさせ答えさせているのです。本当に何にもわかっていないのかなと話を振ったらこの国の問題に関して、私の想像以上の返答が帰ってきましたよ。プライドの高い貴族様には考えられない行動ですね」
もちろん、アーサーは本当に授業をつまらなく思っているし、善行ノートのおかげで結果だけを知っているだけなのだが、優秀な人間だと聞いているウィスダムにはフィルターがかかっていた。噂というのは恐ろしいものである。
そして、もう一人勘違いしている人間がいた。
「ええ……彼は本気で平民の事も教育しようと頑張っているんですもの。ブリテンのためならば道化を演じることだって迷わないでしょうね」
なぜか誇らしげにモルガンが答える。そう、彼女はアーサーの本音を聞いていた。これまでの行動は偶然なのだと……たまたまだったのだと……
だけど、とてもではないが信じてなんていなかったのである。
それも無理はないだろう。偶然で、孤児院を救うことはできないし、部下の不正をあばけるはずがないのだ。ましてや『五大害獣』を二匹も倒すことなんてできはしない。
その結果一つの結論に至る。アーサーはモルガンに、俺を愚か者だと思えと、そう考えた上でお前なりに考えて行動しろよと言ったのだと。
確かに偉大なアーサー一人いればこのブリテンの改革だってできるだろう。だけど、万が一彼が動けなったりした時に備えてモルガンに思考を放棄するなと言ったのだろう。
そして、その考えは今回の勉強会で確信にいたった。平民でありながらずば抜けた知能を持つベディに知識をつけるために道化を演じるだけの度量を持つ彼ならばそんなことをしてもおかしくはないのだと。
「うふふ、私があなたの婚約者と認められたときに、そんなことを言ったんですもの。私だってそれくらいはわかっているわよ、アーサー皇子」
婚約者となればアーサーの名前を借りてちょっと無茶をすることも可能である。だからこそ、自分に並び立てるようになれということなのだろうとモルガンは考えたのだ。
もちろん全くの見当違いなのだが、それをつっこむものはここにはいなかった。
「モルガン様はアーサー様のことを本当に信頼してらっしゃるのですね」
「それは……」
いきなりの言葉にモルガンは顔を真っ赤にして彼からプレゼントされた虹色に輝いている指輪を撫でる。その……昔では想像できない姿を見て、ウィスダムは嬉しそうに笑った。
「あなたは真に信頼できる方をみつけたようですね。まさかあなたがそんな顔をするなんて……」
「ウィスダム先生……自分の孫のような年齢のからかうのはどうかと思いますが……」
「ふふふ、私が思った以上にアーサー様は偉大な方なようですね。そして、おモテになるようだ」
モルガンがウィスダムを睨みつけるが、いつもの無表情とは違い、赤面している上に少しすねた様子なため迫力は半減している。
そして、ウィスダムは視野が狭くてどこか危かった自分の教え子をかえてくれたアーサーに感謝する。
アーサー様が彼女の支えになってくれるのならば大丈夫でしょう。ならば私には私のできることをさせていただきましょう。
アーサーのために自分の知識を全ておしえようと誓うのだった。それがブリテンの未来につながると願って……
彼の知らないところで評判は上がっていくのだった。
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