第61話 勉強会

 

 城のとある一室にチョークの音と、白いひげの老人の年齢にしてははっきりとした声が響く。彼の名前はウィスダム。モルガンが手配したアーサーの先生である。



「かつて最強と言われた魔法使いたちが作り出した魔法王国は栄華を極めていました。その圧倒的なまでの魔法の力は、他国を圧倒し、五大害獣の一人『死の軍団』すらもうち滅ぼします。ですが、彼らの栄光も長くは続きませんでした……」



 机に向かってその話を聞いているのはどこか眠そうなアーサーと対照的に目を輝かしているベディである。


「一つは『死の軍団』に魔力を与え続け、何とか打ち倒したものの。その地は破壊の魔力によって汚染され食料のとれない不毛の地になってしまったからです。その結果、彼らは支配した他国に重税を重ね続け、様々な人々の不平不満をため込んでしまうのです」



 政治を学びたいとモルガンに訴えてからアーサーは定期的にこんな風に授業を受けていた。今は歴史の授業である。過去の歴史から王族の失敗を学んで活かしてほしいというモルガンの考えなのだが……




 やっべえ、くっそ眠いし、つまらねぇ……



 アーサーはもう飽きていた。なんというか彼は今までちゃんと勉強をしてきたわけではないのである。そもそも知識というものは一朝一夕で身につくものではない。基本が怠け者のアーサーとは相性が悪いのである。

 だけど、彼がさぼれないのには二つの理由がある。目の前のウィスダムはモルガンの手配した人間であり、サボったり寝ていればチクられるからだ。前の人生で冷たい顔で『少しの時間も机にむかうことができないなんて……子供の方があなたより賢いんじゃないかしら』とののしられるのを思い出して、意地になっているのである。

 そして、もう一つの理由は……隣に座っている少年の存在だ。



「はい、ウィスダム先生!! 魔法王はなんでそんなに愚行をしたのでしょうか? むやみに税金を上げれば僕たち民衆の心は離れるというのはわかっていたでしょうに……」




 興味津々と質問をするのはベディである。いつも勉強しているベディにアーサーが「勉強の何が楽しいんだ?」と聞いたら目を輝かせて「知識が入ってくるのが楽しんです!! それに色々と学べば僕でもみんなの役に立てますから!!」などと言っていたので、「こいつ正気か?」と思って、勉強会に彼も誘ったのである。


 そうしたら、しょっちゅうこう質問をしているのだ。本当に楽しそうにしているベディに対してはアーサーはすごいななどと思うはずもなく……



 なにこいつこわい!! と若干引いていた。



 そう、勉強嫌いのアーサーからしたら理解できない存在なのである。だけど、彼にもプライドがあった。無駄に立派なプライドが……正直さっさとクッキーでも食べてだらだらしたいが子供に負けるわけにいくかと頑張っているのである。



「いい質問ですね、ベディ君。それはかれら魔法王国の住人は搾取することに慣れてしまったのです。そして、彼らは民衆にも生活があり、人格があることを忘れてしまった。だから彼らが反抗し革命するということが想像をつかなかったのですよ。どう思いますか、アーサー皇子」

「……!!」



 ウィスダムの言葉にベディが大きく目を見開いて……そして、アーサーを見つめる。今のウィスダムの言葉は明らかなに現代のブリテンへの批判である。

 そして、アーサーはブリテンの頂点ともいえる王族である。一瞬部屋に緊張が走るが……



「ふん、そんなことも理解できない愚か者たちの失敗なんて、俺の参考になるのか? 民衆とて生きているんだ。明日喰うものがなくなれば反抗するだろう。そして、数が多くなればその力は馬鹿にできなくなる。そうだな……ブリテンとて例外ではない。様々な問題を抱えているが特に食糧問題はやばい。もしも、主食として頼っている小麦がとれなくなり飢饉がおきれば、貴族たちは自分の分だけでもと買い漁り民衆は飢え革命だっておきるだろうよ」

「ほう……」



 アーサーは前の人生を思い出しながらすらすらと答える。革命のきっかけは様々なものがあった。だが、その中で大きい原因の一つは間違いなく食糧問題だろう。

 詳しいことは覚えていないが、魔物の襲来とその後の大雨のせいで小麦がとれなくなり、徐々に城の食事もしょぼくなっていったのを思い出していた。



「流石です。アーサー様……ブリテンの問題を客観的に考えてらっしゃるのですね」

「ふふん、俺はアーサー=ペンドラゴンだぞ。この程度当たり前だろう」



 感心するウィスダムだが、もちろんアーサーが賢いわけではない。単に以前起きたことをそのまま言っているだけである。だが、褒められれば褒められた分調子になるのであった。

 そして、隣にすわるベディを見て付け加える。



「それに俺は知っている。彼ら民衆だって俺と同じ人間だ。俺たちと同じように悲しんで喜んでいるんだ。それに彼らががんばっているからこそ美味しいクッキーがつくられて、ケイと一緒に楽しんだりできるんだ。そんな民衆をないがしろにすれば破滅が待っているのは必然だろう」

「アーサー様……」



 アーサーの言葉にベディが感動したように目をうるわせる。もちろんだが、アーサーは自分の評価を上げるために言った言葉ではない。


 前の人生では平民の人生を知らなかったから今の彼は知っているのだ。孤児院で一生懸命生きている孤児たちを……鉱山で大切なもののために頑張るドワーフたちを……そんな彼はもう、身分が違うからと違う生き物だとは思えなかった。

 そして、何よりも……彼が最も信頼するメイドであるケイも平民で、美味しいクッキーを作ってくれて最近は顔を出すと、こっそりと新商品の試食をさせてくれる屋台のおっさんも平民なのだ。彼らがいなければアーサーの今の人生はなかったのである。

 これは今回の人生でアーサーが学んだ知識と経験だった。



「ふふ、それはわかってらっしゃるなら、もう歴史から学ぶことはないかもしれませんね……」

「お!! 勉強が終わるのか!! 合格ってことだよな!!」

「はい、それでは明日からは法律の勉強をしましょうか。あなたの敵は法律の裏道を狙ってくる場合がありますからね。モルガン様より重点的に教えておいてくれと命じられております。とりあえずこれを明日までに読んできてください。あした質問しますからね」

「うへぇ……」


 

 分厚い本を机に置かれ思わずげんなりとするアーサーにベディとウィスダムが苦笑する。



「ベディ一緒に勉強するぞ!! 図書館へ行く!! 今日は泊っていけ」

「え、ですが僕が王城に泊まるなんて……」

「いいんだよ!! わからないことがあったらお互い教えあうぞ」



 遠慮するベディをアーサーは逃すまいと必死だった。アーサーは基本的に勉強嫌いであり、調べ物も苦手である。賢いベディをうまく使って楽をしようという作戦なのだ。あいかわらず小物である。

 さぼることも考えたがモルガンに「アーサー様は予習もろくにやってくださらない」とチクられるのを恐れたのである。

 だが、ベディも教師ももちろんそんなことに気づかない。



「最高の教育を受けさせてくれるだけでなく、城の図書館まで解放してくれださるなんて……ありがとうございます!!」

「ああ……? そうだな」



 きょとんとした顔をしながら、ベディを引き連れ部屋を出ていくアーサーだった。

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