第60話 それぞれの王道
そこまでの道中ですれ違う人間から視線を受け、ひそひそと何やら噂話をされているのがわかったがアーサーは気にも留めなかった。
なぜなら彼らの視線に悪意がないのもわかっていたからである。
コンコン
「誰かしら、私は忙しいのだけれど……」
「ああ、悪い。お前にちょっと用があってな」
それは普段ならばあり得ないことだった。婚約者になったとはいえ追い詰められた状況でもないのにアーサーがモルガンの元を訪れたのである。
そして、モルガンはというと……
「もう……来るなら事前に言ってよね。私にだって準備があるんだから……」
かつての冷たい様子はどこにいったのやら顔を赤く染めて、視界の端にある鏡で自分の髪型や服に乱れがないかをさりげなく確認するモルガン。
ちょっとした乙女心である。
「お前にお願いがあるんだ」
もちろんそんなモルガンに気づかないアーサーである。彼が本題に入ろうとすると、モルガンは心得ているとばかりに答えた。
「大丈夫よ。エドワードの娘であるプリムを治療した件についてのロッド皇子への派閥への根回しはすんでいるし、彼女を襲ったであろう可能性も考えて、シーヨクが暗殺者ギルドや犯罪者ギルドに何かを依頼していないかの調査も行っているわ。あなたの後ろ盾を失った以上情報は出てくると思うわ。あの男は近いうちに破滅するでしょうね」
「すごいな……」
何も指示をしていないというのに色々なことを手配しているモルガンに思わず感嘆の言葉をアーサーは漏らす。
すると彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
「あなたほどではないわよ。私はあなたならばこうすると思ったことをやっただけですもの。それよりも……ガゼフというドワーフから手紙をもらったわ。ゲイルというドワーフをあなたの孤児院に住まわせてくれって。その代わりにドワーフの技術を全て教えると言っているわ。これはすごいことよ。自由を好むドワーフが王都に来て、しかも、子供たちに教えるためだけに来るなんてどんな魔法を使ったのかしら」
「まじか……」
わざわざプリムの治療にゲイルが来るのを不思議に思っていたがこういうことだったか……予想外のことに思わず声をもらす。
「すごいわ、アーサー皇子。教会の聖女だけでなくドワーフたちの信頼まで勝ち取るなんて……あなたはどんな王になるのかしら? 今からあなたの将来が楽しみだわ」
「……モルガン、お願いがあるんだ」
「何よ、改まって……私にできる事だったらなんでもするわよ。だって、私はあなたの婚約者ですもの」
前の人生と同じ言葉を前の人生とは違う表情でモルガンが口にする。かつて冷たい目でそういった時とは違い彼女からは深い信頼と、熱い何かを感じる。
今から言うことを伝えれば彼女の態度は前の人生の様に戻ってしまうかもしれない。
だけど、アーサーに迷いはなかった。
「俺に政治を教えてくれないか?」
「何を言っているの? 私なんかよりもあなたの方がずっと賢いじゃないの」
「違うんだ。俺が今までうまくいったのはまぐれなんだよ」
困惑するモルガンにさらに言葉をぶつける。そう、これまでのことはたまたまうまくいっていただけに過ぎない。
今回だってアーサーの考えだけでシーヨクにいいようにされていただろう。今回はたまたまうまくいった。だが次はどうなる? こう何度もまぐれが続くとは限らない。
だから、俺は自分で考える力を手に入れなければいけないのだ。
アーサーは今回の件で理不尽な貴族の行動を目にした。アーサーは今回の件で自分が思考停止して、貴族に頼まれるがままに治癒をする愚行が招いた事実を知った。
そして、これはいつの日かケイや孤児院の子供たちにぶつけられるかもしれないのだ。アーサーはそんなのは嫌だなと思ったのだ。
「まぐれって……何を言って……」
「俺はまだ世間知らずの馬鹿皇子ってことだよ……」
さすがに『善行ノート』のことは伝えないが困惑するモルガンに教えを乞うことにした。この行動がどう転ぶかはわからない。
だけど、アーサーは自分の意思で王としての道を見出そうと一歩踏み出したのである。
ここは王族のみが眠る墓地である。そこに一人の少年とメイドがいた。少年は墓の前に花を添えて何かを祈っている。
「そろそろ風が出てきました。このままでは風邪をひいてしまいますよ、ロッド様」
「うるさい、誰が口を開いていいと言った? メイド十五番。俺と母上の会話の邪魔をするな」
メイド十五番と呼ばれた少女の言葉に吐き捨てるように返事をしたのはロッドだ。彼は祈るのをやめるとメイド十五番に話しかける。
「愚かなるアーサーは平民たちにもチャンスをあげるらしい。小うるさいモルガンにそそのかされたのかな? 全く……無能な家畜に過ぎない奴らに優しくするなんて実に愚かなことだ……そう思うだろう?」
「……」
ロッドの言葉にメイド十五番は答えない。それは何か不満があったからというわけではない。無駄だとわかっているからだ。
なぜなら彼は彼女に話しているのではない。彼女を通して平民全員に向けて怨嗟の言葉を吐いているだけに過ぎない。
「元アーサーの派閥の貴族も何人かは俺を担ぎ上げるつもりのようだ。ふははは、俺が王になったら平民に優しい顔なんて見せはし
ない。家畜のように飼ってやるよ。中途半端に優しくすれば何か勘違いした平民どもはすぐにありもしない権利を主張してくるからなぁ……」
アーサーを見つめるとき以上の憎悪の念を目に宿しロッドは言葉を続ける。
「俺は忘れない!! 貧民街にパンを配給していた心優しき母上が身に着けていた宝石を奪おうとした愚かな平民のことを!! そして、母上を殺した愚かな平民のことをなぁ!! 俺は俺による貴族の国を作るぞ!! そこは俺たち特権階級の世界だ!! 愚かな平民たちは家畜のように働いていればいいんだよ!!」
「……」
憎悪に満ちた目で語るロッドにメイド十五番と呼ばれた少女は何も答えない。ただ、その瞳に宿る感情はとても悲しそうだった……
ここは王城にあるとある人物の部屋である。
「アーサーがドルフに行ったらしいが何か知っているか、モードレッドよ」
「いえ、初耳ですね。アグラヴェイン」
正面の仏頂面の男……アグラヴェインにモードレッドはすました顔で答える。それを見て彼は眉をひそめこう言った。
「お前がアーサーの私室を訪れたすぐあとにむかったそうだが……?」
「偶然でしょう。私は最近騒がしいので余計なことをするなと忠告しただけですよ。それとも私があなたを裏切ったとでも?」
「……」
アグラヴェインはしばらくモードレッドを見つめていたが視線を外して、アーサーの部屋のある方を見つめる。
「まあいい、わかっているな。モードレッドよ。お前が王になるのだ。俺はそのためにお前を救ってやったのだから」
「もちろんです。わかっていますよ。アーサー兄さんでは王にふさわしくないですからね」
「ああ、そうだ。あの男には思慮が足りない!! 志が足りない!! 優しさが足りない!! 器が足りない!! 政治力が足りない!! 足りないものばかりだ!! だからあの男を殺し、誰かに治癒能力を引き継がせなければいけない!!」
まるでこの世すべての憎しみを込めたような言葉を吐くアグラヴェインにモードレッドはいつものように笑みを浮かべて頷くのだった。
「ふー、やっと掃除も終わりましたね。それにしてもアーサー様が下さるプレゼントって何でしょうか? お土産の燻製肉のおかわりをもらえるのかな?」
アーサーの部屋を掃除し終えたケイは燻製肉の味を思い出して思わずにやける。彼はオリハルコンで作られたアクセサリーをプレゼントしようとしているのだが、知らぬが仏だろう。多分卒倒する。
「だけど、最近忙しそうだけど大丈夫でしょうか? 専属メイド(おねえちゃん)として心配ですね」
最近のアーサー様はとても大変そうだ。モルガン様の元で彼女の仕事を手伝ったりいろいろと教わってるらしい。
「まあ、婚約者なので一緒にいてもおかしくはないんだけど、専属メイド(お姉ちゃん)としてはちょっと寂しいですね」
そんなことをつぶやいて、ケイは自分の胸の奥底がなぜかチクリと痛んだのを感じる。
まさか、私はモルガン様に嫉妬してる? いやいや、そんなのは畏れ多すぎますし、そもそもアーサーは自分にとって弟ですよ。
そう言い聞かせて換気のために窓を開けて外に出るケイだった。
そして、風によってアーサーの机の上に置いてあった黒いノートがパラパラとめくれる。
『ドワーフの危機を救ったことにより善行ポイントが30ポイントアップ。平民たちに仕事を与え善行ポイントが20ポイントアップ。プリムの危機を救ったことによって20ポイントアップ。善行ポイントがたまり処刑フラグが回避されました』
パラパラとパラパラとページがめくれる。すると赤い文字で書かれた文字が見える。
『平民を贔屓したせいでロッドの派閥と敵対しました。目立つ行動をしたためモードレットの派閥が敵に回りました。世界線が変動します。王位継承権争いが勃発します』
アーサーが本来行わなかった行動をすることによって未来は良くも悪くも変化する。そして、モルガンと完全に手を組み平民たちも助ける王を目指す彼の未来はまだ誰も知らない。
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