第59話 理想の王

 シーヨクとの騒動からすぐにモルガンから招待されたエドワードは、いまだ意識の戻らないプリムとゲイルを連れて、王都にある城へと来ていた。



 目的はもちろん今だ目が覚めぬプリムの治療である。



 ロッドの派閥である彼がアーサーの元へ行くには本来は面倒な手続きを踏まねばならないのだが、今回はシーヨクの暴走のお詫びということで治療をしてもらえることになったのだ。



「やたら格式張っているな……肩がこるぜ」

「そういうことを言うな、ゲイル。ようやくプリムが目を覚ますかもしれないんだ。アーサー皇子は世間知らずで気難しい方だと聞く。失礼のないようにしてくれよ」

「わかってるって。余計なことはしゃべらねえよ。貴族様はめんどくさいからな」



 きょろきょろしているゲイルをエドワードがたしなめると彼はわかっているとばかりに頷いた。普段口調は荒いが、こういう時はきっちりとできることを知っているのでそれ以上はエドワードも言わない。

 そして、彼はプリムを見つめて言葉を続ける。その目はとてもやさしい。



「それに、俺だってプリムには早く目が覚めてほしいんだ」



 ゲイルが一緒にきたのはプリムと親しかったことと、ガゼフがどうしても王都でやらせたいことがあるから連れて行ってくれと頼んだことにある。

 それに彼がプリムを心配してくれてることは知っている。そして、プリムと相思相愛だということも……親としてはちょっと複雑である。

 


「それにガゼフのやつに頼まれた用事もあるしな……」

「ああ、例の件か……ガゼフはすでにモルガン様に話は通っていると言っていたがアーサー皇子は本当に許可してくれたのか……?」

「さあな、あのおっさんはアーサー皇子に会えばわかるとか言っていたけどな……」


 

 扉の前にメイドの姿を確認した二人は押し黙って足を進める。彼女は優しく微笑むと、扉を開いて、席に座るように促した。



「それではアーサー皇子がいらっしゃいます。そんなに緊張しないで大丈夫ですよ。よかったらテーブルの上のクッキーでも食べてお待ちください」

「ありがとうございます」



 メイドの言葉に従って座るエドワードとゲイル。エドワードは王族であるアーサーのメイドが黒髪の平民であることに驚きつつも、テーブルの上にあるクッキーに手を付ける。



 普通のクッキーだ……



 城の料理人に特別に作らせたものでもなく、一般に市場で売っているものだ。現に素朴な味を好むドワーフのゲイルはうまそうに平らげている。

 

 アーサー皇子はどんな人間なのだ……? 孤児院を訪れたりと平民びいきということは聞いていたが……食事まで平民のものを好むというのか……? 

 しかも、黒髪のメイドはただのメイドではない。なぜならば、彼女が身につけているのは専属メイドの証明である王家の紋章の入ったメイド服だ。このブリテンで平民を専属メイドにするだと!?

 


 予想外のことにエドワードが困惑していると先ほどの黒髪のメイドが扉を開けて、一人の少年がやってきた。



「アーサー様がいらっしゃいました」

「「な……」」



 少年の顔を見てエドワードとゲイルは絶句する。だって、彼は髪型と服装こそ違えどマリアンヌがつれてきた貴族のリチャードだったからだ。

 だけど、その表情はには威厳があり、王の覇気のようなものを感じる気がする。



「初めまして、ドルフの領主エドワードに、職人のゲイルだな。話はモルガンから聞いている」

「何を言ってるんだ、リチャード、これはどういう……」

「ゲイル、いいんだ!! これでいいんだ!!」



 アーサーをリチャードと呼ぶゲイルをエドワードが必死に止める。それて驚くと同時に彼は感動していた。


 アーサー皇子がわざわざ身分を偽ってドルフに来た理由が分かったからだ。おそらく派閥の問題で自由にドルフに行けないので身分を隠してシーヨクの暴走をとめに来たのだろう。もしも、正体がばれれば、自分の派閥が責められるにも関わらずだ。



「初めまして、アーサー皇子。私の娘を治療してくださるとのことですが……」

「ああ、話は聞いている。この子だな」



 そういうと寝かしつけられたプリムの額にアーサーは手をかざし、暖かくまばゆい光が彼女を包む。エドワードの家の専属の治癒師があきらめたほどの病だ。

 どれほど時間がかかろうとも見守っていよう……そう思った時だった。



「治ったぞ。やはり鉱山地方とは関係のない毒が原因になっているな。こっちでも背後関係を洗っているから安心しろ。何、犯人の目星はついているさ。お前の娘が病気になって得する人間を俺は知っているからな」

「は……? え……?」



 そう言うと困惑しているエドワードに声をかけてアーサーはさっさと部屋を出て行ってしまう。扉の外で「うまく演じれたかなー」「かっこよかったですよ、アーサー様、専属メイド(お姉ちゃん)として鼻が高いです」という声が聞こえたのは気のせいだったのだろう。

 


 いや、そんなことよりもだ。プリムの治療を終えるには早すぎる。まさか、アーサー皇子ですら治療をあきらめてしまったのか……

 そう思い慌てて追いかけようとした時だった。



「おい、エドワード!!」

「なんだ、アーサー様がいってしまうんだぞ!! あの人が最後の希望なんだ。私はなにがなんでもあの人に……」



 と、そこまで言って気づく。もう何か月も目を覚まさなかった自分の娘が目をひらいていることに……



「お父様に……ゲイル……? ここは……?」



 久しぶりに声を出すからかかすれてはいるが間違えるはずもない。プリムの声だ。



「プリム……プリムーーー!!!」



 ゲイルがいるというのにエドワードは年甲斐もなく涙を流してプリムに抱き着いた。もちろんそれを嗤う人間はいない。なぜならばゲイルもまた涙を流していたからだ。



「ちょっとお父さん!? ゲイルまでどうしたのよ?」



 困惑するプリムをよそに二人の男の泣き声が部屋に響く。そして、彼らは思うのだ。自らの身の危険や王としての立場が危うくなるにもかかわらず部下の不正を正し、圧倒的な力で困っている人間を治癒するアーサーこそが信じるべき王だと。

 心優しき聖王の正当な後継者であると……

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