第58話 モルガン

 あれはアーサーが旅立つのを見送って数日たった時の話だった。モルガンはなぜ彼がドルフに行ったのかずっと考えていた。

 名目上は孤児院の子供たちに仕事を教えるということだったが、そんなものは建前だということはわかっていた。なぜならばドワーフの技術を人間に教えるという計画はすでに失敗に終わっており、不可能だというのが貴族達の常識だったからだ。



「そりゃあ私は頼りないかもしれないけど、もう少し真意を教えてくれればいいのに……だって、私たちは婚約者なんだから……」


 

 室長室でモルガンは自分の言葉に顔を真っ赤にしてしまう。アーサーの味方をすることを決めた彼女は彼がドルフに旅立った直後に王様と直に話し合って婚約話をまとめたのである。

 これで彼女は幼馴染から婚約者へとランクアップしたのだ。



「うふふ、これであなたのことを正式に支えられるようになったわよ」



 いつもの冷笑ではなく、まるで恋する乙女のように可愛らしく笑いながら、アーサーがいるであろうドルフの方を見つめるモルガン。普段の彼女を知っている人間が今の笑顔を見たら幻覚か何かだと勘違いするだろう。

 それほどまでに幸せそうで……ちょっとだらしない笑顔だったのだ。


 コンコン


 ノックの音が響くと同時にモルガンの表情がいつもの無表情に戻り冷たい声がひびく。



「何のようかしら?」

「は!! モルガン様にお手紙が届いていたのでお持ちいたしました」



 自他ともに厳しいモルガンに少し緊張した様子で部下が慌てて要件を言ってくる。そして、手紙を渡すと即座に出ていく。

 本当は照れ隠しなのだが、いつもよりも冷たく感じた部下は彼女の機嫌が悪いと勘違いし、慌てて逃げだしたのである。



「いったい誰なのかしら……アーサー?」



 モルガンは差出人の名前を見て大きく目を見開いた。そして、丁寧にペーパーナイフで封を切る。



『シーヨクが俺の名を使ってドルフの貴重な鉱石を奪おうとしている。断罪するから証人になってくれ』



 オリハルコンという貴重な鉱石を譲ってもらうことと、ドワーフの工房で作成したものを全て買い取る契約をしているらしい。

 宝石好きなあの男のやりそうなことである。だけど、気になることがあった。



「これはどういう意味かしら……?」



 手紙の内容にモルガンは形の良い眉を顰める。まさか、アーサーが好き勝手しているシーヨクを見つけたので断罪する……という意味ではないだろう。



 なぜならばドルフの領主はロッド皇子の派閥である。彼がアーサーを王位継承でライバル視しているのは城にいるものならば誰でも知っている。アーサーがいるということが公になれば彼やロッドの派閥の貴族が黙ってはいないだろう。冷戦状態だというのに、貴族たちが真っ二つになりかねないのである。そうなれば他国が付け入るスキを与えてしまう。



「つまり……リチャードという仮の立場でも断罪できるように力を貸せということかしら……だけど、シーヨクは保身に関しては天才的なのよね……」



 実はアーサーの取り巻きの貴族をいつでも投獄できるように情報をいろいろと集めていたのだ。シーヨクと同様にアーサーを利用していたゴーヨクが投獄されたからか、彼はそれまで雇っていた平民たちをクビにし新しい平民たちは適正な金額で雇っているのだ。



「この方向では責めるのは無理そうね……となると……気になったことと言えば最近頻繁に王都の商人と会っていることくらいかしら……」



 シーヨクは大貴族である。別に商人と商談をすることはおかしくない。だけど、なんでこんなに売っているものがばらばらなのだろうか?



 そう思ったモルガンは商人たちを調べることにした。そして、一つの事実をつかむ。



「全員、身内に病を持つ人間がいる……つまりアーサー皇子の力を必要としている人間ということね……」



 それでようやく理解した。つまり、アーサーはシーヨクを断罪するから彼の影響力を削っておいてくれということなのだろう。

 通常ならばそんなことは難しいが今の彼女はアーサーの婚約者である。王家から正式に婚約者の座を得たモルガンと、ただの取り巻きの一人にすぎないシーヨクとではどちらを大事になるか利に敏感な商人ならばわかるはずだ。

 ましてや、ゴーヨクを投獄し、取り巻きの貴族から脱却しようとしているという噂がたっているアーサーなのだ。なおさらである。



「全く人使いが荒いんだから……」



 そして、彼女はシーヨクが声をかけた商人に治癒魔法についての話し合いを済ませ、急いでドルフへと向かうのだった。

 口では少しツンツンしているが頼ってもらったから嬉しそうだったのは気のせいではないだろう。




 そして、ドルフについたモルガンはシーヨクを言い負かし、悔しそうにしているに彼に最後の一言をつげたのだった。



「あなたがドルフでやっていたことはこのリチャードが調査してくれていたわ。それにエドワード殿もアーサー皇子が治癒してくれるとわかったら、シーヨクに何をいわれたか証言してくれるわよね」

「はい、もちろんです!!」

「うふふ、アーサー皇子にもあなたのやっていたことを教えてあげれば怒るんじゃないかしら。罪に問われるかはわからないけど、あの人の派閥から追放されたあなたの未来は楽しみね」

「うぐぐぐ……貴様……」

「なにかしら、文句があるなら聞くわよ」



 シーヨクは歯を食いしばってにらみつけるもモルガンがつめたく一瞥すると情けない悲鳴をあげたのだった。





「ひぃ!!」



 アーサーはモルガンに詰められて情けない声をあげるシーヨクを見て、ちょっと同情していた。

 あいつ怒るとこわいんだよな……



「はは、ざまあみろ!! お前が払えないくらいくらいたくさんの商品を作ってやるからな!!」



 そして、そのまま逃げていくシーヨクにガゼフが言葉を浴びせる。その様子に満足したらしきモルガンが、アーサーの方に視線を送ってくるが、なぜか複雑そうな表情をしている。



 まるで、自分は何か失敗してしまっただろうか……とばかりに心配そうな顔だ。



 実際のアーサーは状況が読めずに混乱しているだけなのだが、そんなことを知らないモルガンは、自分に対して微妙な顔をしている彼を見て何か失敗してしまったのかと不安にかられたのだ。今の彼女は恋する乙女なのである。

 だけど、そんな彼女の耳に朗報がはいる。



「ああ、なるほど、リチャードがオリハルコンのアクセサリーを欲しがっていたのはそういうことなのか!! 任せろ、俺が国宝級のをつくってやるよ!!」

「なるほど……いつもお世話をしてくれる人に渡したいとおっしゃっていたのは妻になる人物に渡すということだったのですね。ふふ、モルガン様に渡すのかと聞いたときに否定したのは照れ隠しだったのですね」

「は、お前らなにを言って……」



 アーサーの正体を知っているガゼフとガウェインの何やら勘違いした言葉をアーサーが止めようとするがもう遅かった。この距離ではモルガンの耳に入ってしまっているだろう。



 今回助けたお礼として、ちょっと貴重な鉱石で物を作ってもらうくらいは一般的ならばアリだが、アーサーは設定だけとはいえモルガンの部下としてきているのだ。不正を嫌う彼女の耳に入ったらどうなることか恐れているのである。

 おそるおそる彼女の顔をうかがうと無表情にこちらを見つめてくる。



「ひっ」

「……まったく何を考えているのよ。気持ちはうれしいけど、オリハルコンのアクセサリーなんて受け取れるはずがないでしょう?」



 いや、お前に渡す気はかけらもないのだが……? と答える前にガゼフが口をはさんだ。



「それは困るのう、俺たちドワーフは本来は気に入った人間のためにアクセサリーを作るんだ。この男はオリハルコンを手にいれるために五大害獣すらも倒したんだぞ。俺の生涯をかけた傑作を受け取ってもらわないと、こちらの気が済まん」

「また、五大害獣を……」

「そうですよ、実際戦ったからこそわかります。あのような強敵に立ち向かったのは誰かのためにだったのですね……私もわかります!! マリアンヌのために生き延びねばと必死でしたからね!!」

「私のために……」



 二人の言葉にモルガンは無表情だが徐々にその顔が赤くなっていく。



「ねえ、アーサー」

「はい、なんでしょうか?」



 どんな皮肉を言われるかと思わず敬語になってしまうアーサー。



「その……ありがとう。嬉しい……だけど、無理をするなら私にも一言言ってね……」



 顔を赤らめるモルガンはいつもと違いとても可愛らしく感じた。そして、彼女の言葉にケイがエルサレムで言われたことを思い出した。



 ああ、こいつもなんだかんだ俺のことを思っていてくれた人間なんだよな……



 前の人生ではケイとは違う形で支えてくれたのはモルガンだった。彼女もまた最後まで見捨てないでいてくれたのだ。口は悪かったけど……無茶苦茶悪かったけど……



「ああ、気を付けるよ」



 そんなことを思い出したアーサーは珍しく素直に答えるのだった。

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