第57話モルガンロンパ

 突然の乱入者に場が混乱するのも無理はないだろう。モルガンを知っているマリアンヌやシーヨクはもちろん、面識のないエドワードは困惑の表情で彼女を見つめている。



「部外者は入れるなと言っていたのにあいつは何をやっているんだ?」

「あなたの部下を責めないであげてください。彼はまじめに仕事をしましたよ。ただ、私が命令したんです。彼の身分では私に逆らえないのもの」



 憤慨しているエドワードに対してモルガンは無表情に説明する。そして、怪訝な表情を浮かべている彼に見せつけるようにして、自分の家の紋章が刻まれたローブの胸元を見せつけるようにして指差した。



「その紋章は……まさか……」

「自己紹介が遅れましたね……私の名前はモルガン=ルフェイ。アヴァロンの責任者を務めさせていただいています」

「失礼なことを言ってしまい申し訳ありません。それで……王都の期間であるアヴァロンの責任者であるあなた様がいったい何をしにこんな僻地まで……」


 モルガンの正体を知ったエドワードが慌てて頭を下げる。それだけ同じ貴族でも彼女と、地方領主の彼とは身分が違うのである。


 二人の話を聞きながらアーサーはちょっと焦っていた。なぜならばモルガンに手紙を送って呼んだのはアーサーだったからである。

 彼の計画では先ほどのやり取りでシーヨクを追い詰めて自分の正体を明かしたのちに、エドワードに言って捕らえてもらいモルガンに直接渡すという作戦だったのだ。

 ちゃんと成果をだしたんだぞと、彼女にどや顔をするのと、好き勝手やっているシーヨクをモルガンにいじめてもらおうとしたのだ。


 だって、こいつに延々と尋問何てされたら俺ならば発狂するからな。



 と思っていたのだが、想像以上に彼女が来るのが早い上にシーヨクを全然追い詰めることができていないのである。



「おい、モルガ……」

「リチャード、私の命令を聞いてドルフに潜入ご苦労様です。あとは私に任せなさい」

「ひえ!!」



 そういうと彼女は微笑んで珍しくウインクなんかしてきたものだから、アーサーは思わず悲鳴を上げてしまう。



 なんで、こいつこんなに機嫌良いだよ、こわ!!



「ふん、こいつはお前の部下だったか……だが、私が何をしたというのかね? 私は契約通りに商品を買い、珍しい鉱石をもらったお礼として、たまたま商売の取引があったエドワード殿にアーサー様をしょうかするだけだぞ。何の罪だというのかね? 異国ならばともかく、他派閥とはいえ貴族同士の商売を禁じる法律はないはずだが……?」

「そうね、確かにそれは罪ではないわ。だけど、アーサー皇子は宝石に興味を持ってなんていないと思うけど……? 彼がオリハルコンのアクセサリーを欲しがっていたなんて聞いたことないわよ」



 アーサーからの手紙で事情を知っているモルガンの追及にもシーヨクは顔色一つ変えずに答える。



「ああ、その件か……オリハルコンは珍しい鉱石だからな。アーサー様にお見せすれば必ず喜んでくださると思ったのだ。私の勘違いだったら謝るが……その時は私が責任をもってアーサー様に治療を頼んで見せよう。それならば問題はないなエドワード殿」

「な……はい……問題はありません」



 聞いていた話は違うと抗議しようとしたエドワードに余計なことを言うなと目線で釘さすシーヨク。一瞬悩むも、付き合いのないモルガンよりも多少は関係性があるシーヨクに従った方が確実だと思ったのだろう。そのまま押し黙った。

 シーヨクが勝利を確信してほほ笑むがモルガンは無表情のまま口を開く。



「そう……さすがと言うべきかしら。ゴーヨクの件で警戒をしていようね。その保身にかける情熱を少しでもこの国をよくすることに使えばあなたの人生も変わったでしょうに……」

「貴様!! なんだ、その言い方は!! 親からアヴァロンを継いだだけの小娘が調子に乗るなよ!!」



 モルガンの口調が明らかに変わった。それに対してシーヨクが激怒する。それも無理はないだろう。シーヨクもまた皇族であるアーサーと関われるほどの大貴族であり、身分はモルガンと同格だ。

 だが、政治にかかわってきた年数が違う。本来ならば、彼女が敬語を使わねばならないのである。だけど、彼女は詫びることなく、嘲笑うかのような表情でシーヨクをみつめる。



「ほめているのよ、シーヨク。アーサー皇子からの命令がなかったら私ではあなたに勝つことはできなかったでしょうね」

「アーサー様の命令だと……?」

「ええ、ドルフを行き来するあなたを不審がったあの人は身辺を調査しろと命じたの」

「「なっ」」



 驚愕の声をあげたのはシーヨクともちろんアーサーである。いや、だって、彼は手紙に『シーヨクが俺の名を使って貴重な鉱石を奪おうとしている。断罪するから証人になってくれ』という言葉を罵詈雑言と共に書いて送っただけである。

 そんな命令は一言もしていないのである。



「あの人は珍しくあなたに怒っていたわ。そして、それを見て、ピンと来たの。あなたのようにアーサー皇子のことを利用する人間は何人かいるわ。そのなかであなたにだけ怒っていたから何かをやらかしたのでしょうね。そう思ってあなたの領地の平民への扱いがひどくないかを調べてみたわ」

「ふん、私は適正にやっているだろう」

「ええ……ゴーヨクが捕まってから平民の使用人を全員替えているのは不思議だったけど、彼らは特に不満はなさそうだったし、待遇にも問題はなかったわ」

「ならば……」

「だから、今度はあなたの取引先を洗ってみたの。そうしたらあなたは何人かの商人からアーサー様に治療してもらう見返りとして、お金を援助してもらう約束をしていたわね」

「それの何が悪い!! もちろんアーサー様や王にはちゃんと金は払う!! 王族に直接と話せない人間の代わりに仲介にはいるのは何の問題もないだろう!!」



 シーヨクの言葉はもっともである。アーサーに治療を依頼できるほどの人間は身分の高い貴族でなければ難しい。だから、金のある商人からその見返りに賄賂のような形で援助をもらうのは褒められたことではないが犯罪ではないのだ。



「ええ、でもちょっとお金をぼりすぎでしょう? だから、私が代わりに仲介をすることにしたわ。あとエドワード殿の娘さんのことも私が責任をもって、アーサー様に取り次ぐわ。今回の件でうちの派閥のシーヨクが迷惑をかけたみたいだしね」

「は……? 待て待て、何を言っているのだ? 私の客を貴様は横取りしたというのか? だが、あいつらとて私を敵に回すほど愚かではないはずだ。それに貴様は無派閥のはず……」

「ひえ!!」



 困惑をしているシーヨクに対してモルガンがにたりと笑った。これはいつも嫌味を言うときの行動である。

 前の人生を思い出して、アーサーは思わず悲鳴を上げてしまう。



「何を言っているのかしら? 将来夫となるべく人間を支えるのは当たり前のことでしょう? それに、彼ら商人は身分を大事にはしないけど、利に聡いわ。アーサー皇子の取り巻きの貴族に媚を売るよりも、その妻に媚を売った方が得だと思ったんでしょうね」

「「「は?」」」



 今度は三人の声が重なった。もちろん、シーヨクとマリアンヌ、そしてアーサーである。



「確かに今のあなたを罰することは難しい……だけど、アーサー皇子の名前を勝手に使ってお金を集めていたことを彼が知ったらどう思うかしらね。それに……商人たちからの寄付金がないのに、これだけのドワーフの作品を買えるのかしら?」

「ぐぬぬ……」

「そして、影響力が無くなったあなたが隠していたどあろうこれまでの悪事をいつまでもみんな庇ってくれるかしらね?」



 ガゼフが持ってきた見積書を片手にシーヨクを冷たくあざ笑うモルガン。だがアーサーはそれどころではなかった。



 まって、こいつが妻とか何を言っているんだ? いや、確かに前の人生では婚約者だったが、それももっと先のはずで……



「もう一度自己紹介をしましょう。私の名前はモルガン=ルフェイ。アヴァロンの責任者を務めさせていただいています。そして……アーサー皇子の婚約者であり、将来妻となる人間よ」



 彼女はアーサーをどこか熱を帯びた目で見つめ、珍しく顔を赤く染めてそんなことを言うのだった。



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