第55話ドワーフの称賛

リチャード達を救出するためにやって来たガゼフの目に入ったのはガウェインとかいう騎士が鉱物でアシッドメタルスライムの核をつぶすところだった。そして姿を見て、彼は驚きを隠せなかった。



 当たり前だ。五大害獣『アシッドメタルスライム』……それは先代領主であり、ガゼフの親友のフリューゲルが率いる騎士団と、ガゼフについてきたドワーフたちで力を合わせても倒すことはできず、眠らせることしかできなかった強力な魔物だったのだ。

 その力は絶大で……歴戦の戦士であるドワーフや騎士たちがその触手の前になすすべなく溶かされて潰されていくのを見て恐怖と怒りを感じたのをいまだに覚えている。



 そして、正攻法では勝てないからと、大金を払ってマーリンという高名な魔法使いにえさである鉱石に睡眠の魔法を封じ込めてもらい、鉱山の奥に仕掛けたのだ。それを知らずに喰らった『アシッドメタルスライム』が眠りについた隙に鉱山の道を封じたのだ。

 そこには貴重な鉱石である『オリハルコン』を身に宿すハルコンタートルが生息していたが、背に腹は代えられず、封印することにしたのである。



「お前ら、アシッドメタルスライムを倒したのか!! 一体どうやって……?」

「ああ、ドワーフの方々ですか……やはり、こいつが五大害獣の一匹であり、かつてドルフを滅亡しかけたという『アシッドメタルスライム』だったのですね」



 鎧とマントの一部を溶かされ、すべての力を使い果たしたとばかりに、持っていたオリハルコンの塊を床に置いて壁に寄りかかったガウェインは、リチャードを見つめて誇らしげに言った。



「私はただとどめを刺しただけですよ。すべてはあのお方がおかげなのです」

「リチャードが……か?」



 そういわれると鉱石を指さしながらどや顔をしているリチャードが身にまとう服は全体的に溶けており、ところどころ肌が露出しているもののなぜか傷一つない。

 怪訝に思っているとガゼフにガウェインはまるで英雄に出会った少年のように目を輝かせながら語る。



「あの人は私ではアシッドメタルスライムに勝てないと知るやいなや、あえて自分の身を差し出して囮になったのです」

「何を言っているんだ!! アシッドメタルスライムの酸は強力なんだぞ!! ミスリルで作られた鎧を装備していたドワーフたちだって、すぐに溶かされ……まさか、あいつは溶かされると同時に癒したのか!!」


 

 驚愕の声をあげるガゼフにガウェインが得意げな笑みを浮かべながらうなずいた。



「はい、しかもそれだけではありません。あのお方は触手越しでは解毒魔法が通じないと知るや否やアシッドメタルスライムを挑発し、自らを食べさせて体内から解毒して弱らせたのです。私はとどめを刺しただけにすぎません。おそらく、騎士なのになにも役に立てなかった私に手柄を譲ってくださったのでしょう」

「そんなことできるはずが……いや、できているからここにいるのか……だが、そんな強力な治癒能力を持っている人間はエルサレムの聖女エレインと、アーサー皇子くらいしか……まさか!!」

「ふふ、それはご想像にお任せいたします」



 その言葉でガゼフはすべてを理解した。目の前の少年の正体はアーサー=ペンドラゴンなのだと。

 そもそもだ、あの頻度で疲労を回復させることができる時点でただものではないと気づくべきだったのだ。

 ガゼフもアーサーの噂は知っていた、ただのその噂では『聖王』と同じくらいの治癒能力を持ちながら、治癒に大金を要求する強欲な人間と聞いていたが……

 まさか、これから寄付金を要求されるのかとアーサーを見つめると目が合った彼が笑いながら話しかけてくる。



「心配をかけたようだな。いきなりはぐれて悪かった。それよりもオリハルコンに、これだけの鉱物があれば足りるだろう?」

「……足りるとは……?」

「ん……? だって、お前らが言ったじゃないか? 『さっさとオリハルコンをゲットして、鉱物も売りまくってあいつを破産させてやるんだよ』ってな」

「な……」



 アーサーはまるでこれらの鉱石をガゼフたちが自由に使っていいとでもいう風に言ってきたのだ。その言葉にガゼフは驚きを隠せず聞き返す。



「これを俺たちがつかっていいのか?」

「何を言っているんだ、当たり前だろう? お前らは鉱石が欲しいからがんばって鉱道を掘っていたんだろ。これだけあればお前の危機も救われるだろう? 俺が鉱石を持っていても何の役にもたたんしな」



 当たり前だというように言うアーサーを見て、一瞬でも彼を悪く思った自分を恥じる。基本的に魔物のドロップは倒した人間のものである。

 だが、目の前のアーサーはすべて譲ると言ったのだ。しかも、これでシーヨクの鼻を明かしてやれというのである。そしてガゼフは確信する。



 彼がわざわざ身分を隠してやってきたのは自分の治癒能力を利用し、悪用するシーヨクを許さないという事なのだろう。自分の部下の横暴を自ら止めに来たのだ。

 王族でありながらなんと素晴らしい人間なのだろう……


 奇しくもマリアンヌと同じ結論に至ったガゼフだった。



 もちろん、実際のアーサーは世間知らずなので魔物を倒したものが鉱石の所有権を持っているということを知らないだけなのだが……

 


「ああ、でも、そうだな。俺のお世話になっている女性にオリハルコンのアクセサリーを送りたいんだ。少しだけ使って作ってくれないか?」

「ああ、俺に任せろ!! 最高傑作をつくってやるよ!!」

「あ、ああ……」



 気合を入れて答えるとなぜかアーサーが引いていたが、救世主の存在に興奮しているガゼフの目に入らなかった。


 フリューゲル……ブリテンの未来は明るいぞ。聖王の後継者が現れて、アシッドメタルスライムを倒してくれた上に、お前の孫も救ってくれるんだ。俺は……この人についていきたくなったよ……



 ドワーフは基本的に格式張っている上から目線の貴族とは相性が悪く心を開くことがなかなかない。だからこそ王都ではドワーフを見ないのだ。

 だが、共に戦ったり恩を感じて心を開いた人間には一生をかけて恩を返すという習性がある。そして、ここでドワーフのリーダーであるガゼフが、アーサーに恩を感じたことが彼の人生に……善行ノートに書かかれるであろう未来にどう影響を与えるだろうか……?

 

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