第52話 アーサーとガウェイン
「あー、びっくりした」
いきなり地面が崩れかなり深いところまで落ちたアーサーだったが、折れた足や手とショックでつぶれた内臓も瞬時に癒えて何事もなかったかのように起き上がる。
注意力は皆無だが相変わらず治癒能力だけは天才である。
「すごい綺麗だな……」
服に着いた土を払いながらあたりを見回すと鉱石が光をもっているかのように輝いており、どこか幻想的ですらある。
その光景は無教養なアーサーですら感嘆の吐息をもらすくらいだった。だけど、そんな場合ではないと現実に引き戻るかのようにうめき声が聞こえてきた。
「うう……」
「おい、大丈夫か!!」
額から血の流し、足もあらぬ方向に曲がって、うめき声を上げているガウェインに駆け寄るとアーサーは即座に治療を開始する。ガウェインはどう見ても貴族令嬢ではないから大丈夫だろうという判断である。
「アーサー様……私なんかに貴重な力を……」
「うるさい!! お前がいなかったら俺は困るんだ」
「アーサー様……私のことをそんなに頼ってくださって……」
何やらガウェインは驚いているがアーサーの言葉は本気である。
いや、だって、マジで一人だとどうにもならんからな……
ガウェインがいなければアーサーは火も付けれないし、地図だってろくに読めないのだ。もちろん鉱道の歩き方なんかわかるはずもない。こんなところに一人になったら破滅フラグしかないだろう。
魔物に襲われても何とか逃げられるだろうが、飢えたらつらいし普通に死ぬと思う。
それに……こいつは俺を助けるために手を差し出して一緒に落ちたのだ。見殺しにするのは寝覚めが悪すぎる。
9割自分の保身のために治療をしているのだが、ガウェインは戦場でアーサー以外の治癒師が重病人を癒すのにとても苦労しているのを見ているからか、感極まったように声をあげる。
現にここにいたのがアーサーでなく並みの治癒師だったら、疲労で倒れ、二人とも息絶えていた可能性もあるくらいなのだ。
「もう、体が軽い……この速さでの治療……やはりあなたがマリアンヌの額の傷を癒したのですね……」
アーサーの治癒能力に驚きながらも確信をもって問うガウェイン。
「……なんのことだろうな」
うかつにマリアンヌに治癒魔法を使ったのが万が一でもモルガンにばれたらまずいと思ったアーサーがすっとぼけるとガウェインは、感極まったとばかりに涙を流してアーサーの手を取った。
「善行を主張しないそのつつましさ、そして、圧倒的な治癒能力!! あなたさまこそがブリテンの王にふさわしい!! このガウェイン、あなたに忠誠を誓います。私がこの身にかえてもあなたをお守りしましょう!!」
「あ、ああ……」
今、自分の命も救ってもらっただけでなく、何よりも大切な妹を救ってもらったというのにそれを主張しないアーサーの態度に感動しているのだが、もちろん彼には通じない。
こいつこんな状況なのにくっそテンション高いな……
と若干引いているアーサーだった。まあ、いきなり護衛の騎士がハイテンションになったらビビる。それはさておき、完全に傷が治ったガウェインはあたりを見回した。
「鉱山のかなり深いところまで来てしまったようですね……整備されていない鉱道には魔物が出るといわれますが、ご安心を!! 私は剣技に自信がありますし、何よりも太陽がある限り三倍の力を発揮するのです!!」
誇らしげにガウェインは胸を張って自分の力を説明する。この世界にはアーサーやエレインの治癒能力のように特殊能力を持っている人間がいる。
ガウェインも同様にそういった力を持っているということなのだろう。だが、ここで一つ問題がある。
「でも、鉱山だから太陽が見えないだろ」
「ふふ、私の太陽は常にここにあるのですよ」
その質問を待っていたかのように彼がマントの裏側を晒すとそこには様々な年齢の少女が描かれたはがきサイズの絵が大量に縫い付けられていた。
いや、この少女の顔は見たことあるな……まさか……
「これ全部マリアンヌか……」
「さすがですね、アーサー様!! そう、これは0歳から今現在にいたるまで、誕生日のたびに描かれたマリアンヌの肖像画を模写したものなのです!! どうです? わが太陽(マリアンヌ)はかわいいでしょう!!」
「あ、ああ……」
誇らしげなガウェインに何と答えていいかわからず困惑するアーサー。
まあ、兄妹ならばありなのか……? いや、ロッド兄さんやモードレッドの絵画とか金をもらってもいらねえな……
そんな、彼らの会話を中断されるかのように何かが奥で動く音がした。
「早速魔物のようですね!! わが力をお見せしましょう!! なに、五大害獣でも出ない限り敵ではありませんよ!! そう、今の私は阿修羅すらも凌駕する存在だ!!」
意気揚々と音の方へ向かうガウェインにアーサーはついていくのだった。
「そんな馬鹿な……ハルコンタートルが喰われているだと……」
アーサーたちを救助すべく、鉱山の奥に進んでいったガゼフは目の前の光景に信じられないとばかりにうめき声を上げる。
そこには体を覆う鉱石を全て喰われ、干からびた死体と化したハルコンタートルという魔物がいた。
「そんな……無茶苦茶頑丈なこいつをこんな風にするなんてどんな魔物だ?」
ドワーフの一人が驚愕の声をあげるのも無理はない。ハルコンタートルは戦闘力自体はそこまではないもののその体にオリハルコンを覆っており、圧倒的な守備力を誇るのだ。
だからドワーフの英知を全て使った特製のつるはしを使ってなんとか削ろうとやってきたのである。なのにこんな風になっているなんて……
「俺はこんなことをできる魔物を知っている……」
「まさかその魔物って……」
ガゼフの言葉にドワーフたちがおそるおそる先を促す。彼らの表情は恐怖と絶望で染まる。そう……彼らの脳裏には一匹の魔物が浮かんでいた。
数年前にこのドルフを襲った危機の原因となった魔物である。
「ああ、かつて俺らが鉱山を守るために戦った。あいつだよ……五大害獣が一匹通称『鉱山喰いアシッドメタルスライム』だ!! もう目を覚ましているとはな……」
それは鉱山と共に生きるドワーフたちにとって、最悪な天敵となる魔物だった。貪欲な食欲をもつアシッドメタルスライムは鉱石に含まれる微量の毒を餌に成長し、徐々に体を大きくするのである。そして、ひたすら鉱山にある鉱石を喰らうのだ。
その力と食欲は圧倒的で比喩でなく鉱山を喰らいつくすのである。かつてフリューゲルとドワーフたちが力をあわせ戦い、多大なる人員をあてても倒すことはできずに、睡眠の魔法のかかった鉱物を食わせてようやく眠らしたのである。
そんなやつに襲われたらリチャードと護衛騎士だけではまず助からないだろう。
「急ぐぞ!! あの小僧たちがあぶねえ!! あいつらだけでも助けねえと!! 借りを借りっぱなしでいたらドワーフの名がすたるぞ!!」
自分たちに活をいれてくれた新たな友人の危機にガゼフは叫び声をあげる。もちろん、ガゼフだって怖い。だけど、自分たちを助けてくれたリチャードを見捨てるなんて絶対にできなかったのだ。そして、それはほかのドワーフたちも同様である。
彼らは急いで駆け出すのだった。
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