第51話 鉱山の奥で
シーヨクの暴言によって意気消沈しているドワーフたちを見て、彼らのリーダーであるガゼフはどうにもできない自分の無力さを悔いていた。
彼は先代領主フリューゲルと共にこの鉱山に眠る魔物を封印した歴戦の猛者であり、皆のまとめ役を務めている。
そして、彼にとってプリム達は家族のような存在だった。ドワーフの寿命は人間よりも長い。そんな彼は今は亡き親友フリューゲルに彼の子供たちとこの領地を託され、エドワードを息子の様に育て、プリムを孫のように可愛がった。
その甲斐あってか彼らも差別主義者の多いブリテンの貴族でありながら亜人のドワーフたちに偏見を持たずに接することができる立派な人間に育ったのだ。
だからこそ「娘を助けたい」とそう言って頭を下げてきたエドワードのために鉱山の奥底にあるオリハルコンを採掘するという無茶な依頼も受けたのである。
皆はいろいろと我慢してよくやってくれている。これ以上頑張れなんて言えるものか……
本来ドワーフは自分が作りたいものを作り、認めた人間にそれを売り、その金で酒やうまいものを食うという自由奔放で刹那的な生き方を好む種族である。
だから、今回のように何かを強制されるのを何よりも嫌う種族なのである。そう思っていると視線を感じる。名前はリチャードだったか……強力な治癒能力を持った貴族の坊主だ。
「なんだ、坊主? こんな状況でも死ぬほど働けってか?」
「いや、ドワーフを怒らせたら怖いと聞いていたが実際はそんなことはないんだなって思ってな。本気で怒っているならシーヨクをぶち殺しにでも行くかと思ったが、こんな風に腐っているだけとは予想外だったから驚いたんだ。思ったよりもおとなしくてよかったよ」
「「な……」」
その言葉にガゼフは驚きの声をあげる。この男は何を言っている……? 貴族を殺すなんて大罪だぞ。さすがにそんなことをするはずが……ないだろうか……?
我々はドワーフだ。その性質は自由奔放で刹那的な生き方を好む種族である。なんで人間たちに合わせる必要があるんだ?
「くっくっく……」
いきなり笑い出したガゼフに隣のドワーフがぎょっとした顔をする。だが、そんなことはどうでもよかった。
ああ、忘れていたよ……そうだ。我々はドワーフなのだ。人間ではないのだ。そもそもフリューゲルだって俺たちドワーフに人間にあわせろなんて一言だって言ったか?
「言うじゃねえか!! お前!! そうだよな!! なんで俺たちドワーフたちがつくったものをあの貴族に全部わたさなきゃいけねえんだよ。おかしいだろ!! ぶっ殺しに行くぞ!!」
ガゼフがそういうと周りのドワーフたちは一瞬ぎょっとした後ににやりと笑う。
「ばっか、そんなことをしたらエドワード様やプリム様に迷惑がかかるだろうが!!」
「だったらどうすんだよ!! このままシーヨクの野郎のいいなりになるってか!?」
「ちげえよ、あいつだって持ってる金には限度があるんだろ? だったらさっさとオリハルコンをゲットして、鉱物も売りまくってあいつを破産させてやるんだよ!! おい、坊主、礼はするから疲れたやつから癒してくれ!! 片っ端から鉱石を掘るぞ」
いつの間にか意気消沈していたドワーフたちは怒号と共に作業を始める。その勢いはかつてないほどである。
社畜と化していたドワーフたちはアーサーの一言でドワーフとしてのあり方を思い出したのだ。そうだ。人間の言うことを聞くんじゃない。人間の想定を超えるほどやってやればいいのだ。
「ありがとうよ、坊主……いや、リチャードだったな。お前のおかげでドワーフの生き方を思い出したわ。いつの間にか俺たちはひよっていたようだ。今から俺たちの力をみせてやるよ!! 回復を頼むぞ!!」
「あ、ああ……」
アーサーの返事もろくに聞かずにガゼフも鉱山を掘り始める。
ああ、わかっている。人間の貴族が冗談でも「貴族を殺さないのか?」なんて言うはずはない。本心で言うやつがいたらそいつはただの馬鹿だ。
我々に発破をかけたのだろう。
そういえばこの鉱山に眠る魔物とたたかったときもフリューゲルが『ドワーフたちはそんなに臆病なのか?』と煽ってきたのを思い出す。
その時はむかついてぶん殴ってやったがあとで、自分たちの気合をいれるためだと知って恥ずかしくなったものだ。
だから、今回は素直にのせられてやるよ。
アーサーにかつての親友の姿をみたガゼフはにやりと笑いかける。もちろんアーサーがその信頼に満ちた笑みに気づくことはない。
気合の入ったドワーフたちによって鉱山はどんどん掘り進められていく。疲れたらすぐにアーサーが癒し、また作業を繰り返すことによってすさまじい速さで掘り進められていき、壁がくずれるように穴があくと、昔使われていた坑道へとつながった。
地図を手にしたドワーフが声をあげる。
「おおー、もうちょっとだ。地図によるとここらへんにオリハルコンを身にまとった魔物がいる。そいつからオリハルコンをはぎ取るんだ。ただし、この鉱道は昔に作られたものだ。崩れやすいから気をつけろよ!!」
「おーーー!!」
ガゼフの言葉に他のドワーフたちが威勢よく声をあげる。そんな中アーサーは気になったことがあった。
「オリハルコンは魔物から採れるのか?」
「ん? ああ、そうだ。体全体を硬く虹色に輝いているオリハルコンに覆われている魔物がいるんだ。ただ温厚で戦闘力はないから身の危険はない。安心しな」
「ふーん、そうなのか」
「……本当にやばいやつはまだ眠っているはずだしな」
危険がないとわかったアーサーはすでにガゼフのつぶやきを聞いていなかった。狭い鉱道の中でアーサーは興味深そうに、鉱石を見つめていた。その鉱石の色は真っ黒でケイの髪色を思い出させる。
これで作ったアクセサリーをプレゼントしたら彼女は喜んでくれるかな……? そんなことを考えて手に触れた時だった。
「アーサー様!?」
「え? ぎにゃぁぁぁぁぁぁ!!」
咄嗟に本名を呼ぶくらい焦っているガウェインが反応するがもう遅かった。ボロボロだった地面はアーサーの与えたショックによってその支えがくずれて地面が崩れ落ちていくのだった。
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