第49話 リチャードとシーヨク

 やたらと豪華な装飾に、手の指すべてに大きな宝石を埋め込められた指輪を身に着けた男……シーヨクがやってくると同時に、場の雰囲気が一気に静まり返る。

 ドワーフたちの間にあるのはあからさまな嫌悪感。そんななかアーサーはというと……



 やっべえーーー!! 俺がお忍びで来ているのがばれるーーー!!



 周りの空気なんぞ関係なく無茶苦茶焦っていた。ロッドの派閥であるエドワードがおさめる街に来ていることがばれるとかなりまずいから絶対気をつけろとモルガンから口を酸っぱくなるほど言われているのだ。

 面倒なことになる前に逃げようとしたアーサーだったが……



「おい、お前……何を逃げようとしている!!」



 当然何の訓練も受けていないも受けていないアーサーの動きなんてバレバレである。そして、不機嫌そうなシーヨクと目があってアーサーは見当違いのことを考えていた。



 こいつ……こんな顔もするんだな……



 だって、アーサーがいつも見ていたシーヨクは常に媚を売るような笑みを浮かべて、へこへこしていたのだ。そして、それは前の人生でもそうだったが今回でも変わらなかった。

 彼は定期的に宝石などをお土産として持ってきてこちらの機嫌をうかがっていた。しょっちゅう珍しいものを手に入れてくるとメイドが驚いていたが、ここで購入していたのだろう。



「悪いが俺がここに……」

「こんなところに貴族がいるとはな!! おおかた酒でもおごって安値でドワーフの作品を手に入れようとしたのだろう? だが、残念だったな。ここの工房の商品は儂がすでにエドワードからすべて買取済みなのだ。儂を通してなら売ってやってもいいぞ。まあ、相場の二倍はもらうがなぁ!!」



 どや顔で検討違いのことを語るシーヨクにアーサーは驚愕を隠せない。


 

 こいつ……俺に気づいていないだと? 



 確かに今のアーサーは髪の毛を上げて、服装もいつもより安いものに変えている上に、鉱山から帰ってきたので薄汚れているためぱっと見ではわからないかもしれない。

 だが、シーヨクとアーサーは何度も会食をしており、彼の依頼で治療だってしたこともあるのだ。



「く……一つの工房のものをすべて買い占めるのは禁止されてるだろ!! なんで俺らの作品をお前にだけ売らなきゃいけないんだよ……」

「くっくっく、残念だったな。貴様らの雇い主であるエドワードも長い間拒否をしていたがようやく納得してくれたんだ、契約書もあるぞ」

 

 

 悔しがるドワーフたちを馬鹿にするようにシーヨクが紙をかかげながら笑う。


 そこには『工房の商品を市場の相場にあわせて、エドワードが1% シーヨクが99%購入する。支払いは必ず30日以内に行う』と書かれていた。


 そう、ブリテンでは一応独占を禁止する法律がある。だが、それは抜け道がいくつもあるずさんな法律だった。例えばほかの貴族がシーヨクに名義を貸すだけで、そんなものはすり抜けてしまえる。

 特に管理すべきドルフの領主が関わっていれば簡単だろう。


 本来ならば正されなければいけないが、権力を持っている貴族たちはそのずさんな法律のおかげで好き勝手できているのだ。わざわざ正そうとする人間はモルガンのような高潔な心をもつ人間くらいしかいないだろう。



「くっそ、契約書はしっかりしていやがる」

「ふふん、当たり前だ。モルガンあたりがしゃしゃり出てきては面倒だからな」



 ゲイルの言葉にシーヨクはにやりと笑う。シーヨクとて城を出入りする貴族である。ゴーヨクがアーサーとモルガンによって断罪されたことは知っていた。

 これがもしも理不尽な金額での取引だったら問題にできるが、価格自体は市場の相場であり、今のブリテンでは合法なのである。



「なんでエドワードはこんな取引を……」

「仕方ないさ、儂はアーサー皇子と懇意にしているからな。儂の紹介がなければエドワードは自分の娘の治療をアーサー皇子に頼むこともできんのだ」

「ぐぐぐぐ……オリハルコンだけじゃなくて、他の鉱物までお前の手にはいるのか……」



 シーヨクの言葉にゲイルが悔しそうにうめき声をあげる。だけど、アーサーはそれどころではなかった。シーヨクに気づかれなかったのがショックだった……というわけではない。



 彼は初めて実際に目撃したのだ。平民が貴族に虐げられているところを……そして、自分が治癒能力しか見られていないという現実を……



 前の人生でモードレットは言っていた。『あなたは人の心がわからない』と……


 前の人生でモルガンは言っていた。『自分で考えないと利用されるわよ』と……


 

 こんな風に貴族が権力を盾に理不尽なふるまいをしているのはプリテンのそこらかしこでおきているのだろう。シーヨクがちょっと変装しただけのアーサーに気づかなかったのは彼に価値があるのは治癒能力であり、アーサー自体には興味がなかっただけなのだろう。


 彼はわかったつもりでいて本当は何もわかっていなかったのだ。平民と貴族の貧富の問題も……自分の能力が利用されているだけという愚かさも……



「まあいい、お前らがさぼればさぼるほど娘の治療が遠のくことを忘れるなよ!!」



 そういうとシーヨクは乱暴に扉を閉めて出ていった。そして、先ほどまでの熱はどこにいったやらみんなへこんだ様子で工房は静まり返る。


 いや、一人だけ例外がいたアーサーである。彼は怒っていた。それはもちろん、先ほどのシーヨクの理不尽な言動への怒りもある。だけど……それ以上に感じていたのは……



 勝手に俺を利用した上に俺にきづかないだと!! 馬鹿にしやがってぇぇぇぇ!!



 そう、彼の器は小さいのである。その怒りは彼を普段は行わない行動にうつらせていた。工房から帰ったアーサーはマリアンヌに頼んでとある人物に急ぎで手紙を送らせたのだ。

 この行動がどう転ぶのかは神のみぞ知る。

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