第48話 工房にて

「ここはあれだ、石がキィーンってなったタイミングでここをバンバン叩くんだ。こんな風にな!! あとはここがこうなったら冷やせ、ミスると使い物にならなくなるから気をつけろよ」



 ゲイルはベディとイースの目の前で手本を見せながら説明する。いや、説明になっているかわからないが少なくともゲイルは説明をしているつもりだった。

 実は人間がドワーフの技術を習いたいといってやってきたのはこれが初めてではなかった。

 ドワーフたちは子供を残しにくいという特性があるため、後継者問題に悩まされており、技術の喪失をおそれていたこともあったので当初は人間の職人たちを歓迎していたが問題がおきていた。



 だいたい人間がドワーフの仕事の真似をできるはずねえんだよ……



 一生懸命ゲイルの話を聞いている二人を見つめながらそう思う。

 それは種族の違いだ。大地との親和性の高いドワーフは鉱石をみただけでその状態を理解することができる。それに人間よりもはるかに頑丈である。

 そのため教えてほしいと言ってやってきた人間たちはドワーフたちの教えが意味不明なうえに無茶な肉体労働をさせられていると思い込み例外なく逃げ出してしまった。


 その結果、ドワーフは人間に無茶ぶりをするという噂が立ってしまい彼らに教わろうとするものはいなくなっていたのだ。

 だから、ゲイルは最初この子たちはあの軽薄そうなリチャードとかいう貴族に無理やり連れられてきたのだと思ったのである。



「どうだ、わかったか? やってみろ」

「「……」」



 子供ということもあり、過酷な肉体労働はさせるつもりはないが、基本技術はいつものように教えてみたがやはり反応は芳しくない。

 現に彼らもゲイルが手本を見せたあとに、実演させようとしたが彼らは少し作業をして動きをとめてしまった。

 リチャードの思いつきに子供たちはのせられてしまったのだろうとため息をつきながら優しく諭す。



「やっぱりお前ら人間にはドワーフの技術を習うのは難しいんだ。あきらめな」

「それは違います」



 だけど、その予想が間違いだとゲイルは知らされることになる。



「あの人は僕らにチャンスをくれたんです。身分による差別がすごいブリテンで、孤児にすぎない僕らでも食べるのに困らない技術を学ぶチャンスをくれたんだと思います。ドワーフの技術を僕らが得れば仕事に困ることはなくなるでしょう」

「ああ、そうだぜ。あの人はちょっと抜けてるところがあるけどさ。俺たちに家庭教師をつけてくれたりしてさ。このブリテンを変えようとしてくれてるんだよ」



 二人の子供たちの目にはその貴族への信頼の色があった。



 あの何も考えていなさそうなあほヅラの貴族のどこにそんな人望があるというのだ……?



 この場合はゲイルの判断が正しい、アーサーは確かに最近人へのやさしさを覚えたがあくまで善行ノートの通りに行動をしているだけにすぎない。

 だけど……病をいやしてもらっただけでなく、腕まで治してもらったベディビエールのアーサーへの信頼はすごいものだった。それはもはや信仰ともいえるくらいに……

 その結果彼はアーサーの思いつきに過ぎない、ドワーフの仕事を覚えさせるということをベディは本気でできると信じているから提案されたと考えていたのである。

 そして、体が弱いためにひたすら本を読んでいたベディにはあらゆる知識があった。



「だいたいわかってきた。イースやるよ!!」

「ああ、肉体労働は俺に任せておけ!!」



 そういうとベディの指示の通りにイースが作業を始める。どうせ失敗すると思ったゲイルだったが、このあと予想外のことがおきる。



「ミスリルは一定の温度まで温まったら加工できるようになるけど、過度に熱を与えるとだめになるんだ。ほらこのタイミングで冷やして!!」

「ああ、任せろ!!」

「な……」



 それはありえないことだった。こいつらは鉱物の声が聞こえないはずなのになんでこんなにちゃんと適切な対応ができるのだ……?

 顔に疑問がでていたのだろう。ベディビエールが答える。



「僕は勉強が得意なんです。だから、あの人がドワーフさんの所に連れてきてくれると聞いた時に色々な鉱石やあなた方ドワーフのやり方について調べたんです。そして、僕が実際にあなたの技術を見て、完全に理解して……」

「体の弱いこいつのかわりに俺がやるんだよ!! こんな風にな!!」



 それは確かにいびつだったが、ミスリルの加工に成功しており、これまでの人間たちとは違うことを証明していた。

 それこそ、これから教えて何度も繰り返せばドワーフの技術にたどり着ける……ゲイルがそう思うくらいには……



「多分リチャード様は僕らならできるって思ってつれてきてくれたんです。だから僕らはあの人の期待に応えたい。あの人ができるって思ったらできるんです!!」


 

 ベディの確信に満ちた言葉にゲイルもリチャードを信じてもいいかなと思えてきた。彼は人間の貴族たちの見下した態度が好きではなかった。しょせんは汚らしい職人だと見下しているのである。


 だが、例外はあった。ドワーフたちとともに戦って鉱山を魔物から奪い返したと言われるフリューゲイルやその息子のエドワード、汚れるのも気にせずに鉱山に入りドワーフたちに差し入れなどをくれたりするプリムである。

 特にプリムに至っては子供のころからかわいがっているからかゲイルに懐いており、毎日お弁当を作ってくれるくらい友好的な関係を築いていた。



 この二人が信頼するリチャードはどうなのだろう……?



 そういえば彼が最初に来た時もドワーフを見下した様子はなかったのではないか? そう思った時だった。

 乱暴な音と共に扉が開かれる。鉱山で作業をしていたはずのドワーフたちが帰ってきたのだ。



「おい、お前らなにをやっているんだ。今夜も鉱山にこもって作業をするはずだろう?」

「いやー、それがよーこの貴族様が手伝ってくれたおかげですごい作業が進んだんだよ」



 そういって、ドワーフたちが誇らしげに紹介してきたのはリチャードだったのだ。





 なんだこいつら……?

 


 アーサーはやたらと感謝して酒を飲ませてくるドワーフたちに困惑していた。教育上悪いので、子供たちはガウェインが別室に避難させたあと宴会が始まってしまったのだ。



「おお、あんたはすごいな!! 俺たちと対等に飲めるなんてすげえじゃねえか!!」



 喉が焼けるような強力な火酒をすすめられるまま飲んでいるとドワーフたちがやたらと親し気に笑いかけてくる。


 ドワーフにとって酒を飲むということは最大限の親交方法であり、酒が強ければ強いほど彼らはその相手を信頼するのだ。特にドワーフの好む酒はアルコール度数が高くほかの種族は即座に酔いつぶれてしまう。

 だが、アーサーの体質はアルコールを毒と考えているのか、即座に分解するのである。相当強力なアルコールなのか、ガウェインは三杯ほど飲んで倒れてしまったが、その倍以上飲んでいるアーサーはピンピンしていた。

 そう、無限に酒を飲めるアーサーはドワーフにとっても気に入られたのである。



「あんたは本当にすごいひとだったんだな……」



 なぜか、むちゃくちゃ失礼な態度をとってきたゲイルすらなぜか尊敬に満ちた目で見つめてくる。正直おっさんのツンデレなんぞ嬉しくもないがほめられて悪い気はしない。

 そして、アーサーは調子にのりやすいのである。



「ふははは、この程度の酒では足りんぞ。もっともってこい!!」

「おお!! 言うじゃねえか、じゃあ、今度は俺と勝負だ!!」



 調子に乗って瓶からそのまま酒を飲むアーサーを見て、ドワーフたちが楽しそうに声をあげる。モルガンが来たら説教コース間違いなしである。

 そんな風に騒いでいる時だった。扉が乱暴に開けられる。



「貴様ら何を騒いでいるんだ? オリハルコンはみつけたんだろうな?」

「お前は……」


 

 入ってきたのは高級そうな生地の服を身にまといすべての指に宝石の埋め込められた指輪をしている貴族だった。

 そう、やってきたのはシーヨクだったのである。

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