第47話 ドワーフとアーサー

アーサーたちが踏み入れた鉱道では何人ものドワーフたちが必死な形相で、つるはしを持って壁を叩いていた。

 壁の表面には様々な光輝く鉱石が見え、確かにこんな風に輝く石の埋め込まれたアクセサリーを貴族令嬢たちが身に着けていたなぁと思い出す。


 そう、だからこそ異常なのだ。本来は様々な宝石に加工できるはずの鉱石に一切目もくれずに、ひたすら作業をしているのだから……

 普通の人間だったらとてもではないがそんなドワーフに声を掛けることなんてできないだろう。そう、普通の人間だったら……



「なあ、ドワーフたちよ、お前らは何か困ったことはないか?」

「リチャード様!?」



 本来ならば喉から手が出るほど欲しいはずの鉱石にも目もくれず一生懸命作業に集中しているドワーフたちにどう声をかけるつもりかと、アーサーを見守っていたガウェインだったが、普通に大声でよびかける彼に思わず驚きの声をあげる。

 そう、アーサーは空気が読めないのである。



「……」



 案の定無視されるアーサー。 

 カンカンカン!! アーサーの言葉に一瞬視線を送ったドワーフたちはすぐに興味をなくしたかのように作業へと戻っていった。

 


「なあ、ドワーフたちよ、お前らは何か困ったことはないか?」



 聞こえなかったのかな? と今度はもっと大声でアーサーは訊ねる。もちろん、彼は王城でケイに『使用人たちに何か困っていることはないか?』と聞いてそれではだめだと注意をされていることは覚えている。


 だが、今回のアーサーは王族という身分を隠しているし、善行ノートによってドワーフたちが困っていることを知っているのだ。

 だからこそ、聞けば教えてくれるだろうと考えたのである。ケイからのアドバイスを聞いて自分でもちゃんと考えての行動である。そう、アーサーはほんのちょびっとだけど成長しているのである。



 とはいえ、普通の人間ならば、全然知らない人間に何か困っていることがあるか? と聞かれてもごまかすだろう。その理由を知るには困っている人間の信頼を得たり、様々な情報を得て推理する必要がある。



 だが、世間知らずな彼にはわざわざ謎を追求するという発想がなかったのである。そして、それは短気なドワーフには効果的だった。



「なあ、ドワーフたちよ、お前らは何か困ったことは……」

「うるせえな!! さっきから聞こえてて無視してんだよ!! 忙しいのがわからねえのか!!」



 無限ループかな? と思われるアーサーの言葉に耐え切れず、近くにいた白髪交じりのひげを生やしているドワーフがイライラとしながら怒鳴りつける。

 そして、彼はアーサーを睨みつけて八つ当たりのように事情を説明するのだった。



「俺たちはプリム嬢を助けるために昔あった化け物との戦いでふさがった鉱道を掘って、奥にいる魔物からオリハルコンを奪わなければいけねえんだよ!! 寝る間も惜しんで頑張ってんだ。邪魔をするんじゃねえ!!」

「昔あった戦い……『開拓騎士フリューゲル』の戦いか!!」

「またオリハルコンか……」



 かつての魔物との戦いに少し興奮した声をあげるガウェイン。そんな中アーサーは何度も聞く『オリハルコン』という言葉にそれがよっぽど希少なものだと覚えていた。そして、彼は思う。



 そんな貴重なもので作ったアクセサリーをケイにプレゼントしたら喜んでくれるんじゃないか? ここでドワーフたちを助けて『オリハルコン』を見つければ善行ポイントもゲットできてお土産もできる。まさに一石極ウマ鳥ではないだろうか?



 もちろん、そんな国宝級のものをプレゼントされればケイも卒倒するし、慌ててすぐに返すことになるのだが、アーサーにそんなことがわかるはずはない。まことに迷惑なプレゼントである。


 そして、アーサーは疲れ切っているドワーフたちを見てにやりと笑った。



「なあ、お前らは寝る間も惜しんでいるってことは疲れているんだよな?」」

「ああ、そうだよ!! そんなん見ればわかるだろ!! だけど、俺たちが頑張らなきゃプリム嬢は……」



 ドワーフのいう通り彼らはみな憔悴しており、顔には疲労の色が濃い。それでも執念だけで必死に体を動かしているのだろう。

 その動きは精彩に欠けているのが素人であるアーサーにでもわかった。



「これからすることをここだけの話にするって約束をするなら作業を手伝ってやるよ。どうする?」

「は? お前みたいな貧弱な人間の……な……体が軽くなった!! 疲労が回復したぞ」



 そう、アーサーは文句を言いかけたドワーフの手に触れて、治癒魔法を使い疲労を癒したのである。驚くドワーフを見てにやりと笑う。



「どうだ、俺の力は役に立つだろう?」



 善行ノートが癒すなと書いていたのは貴族の令嬢だけだ。こいつらはどう見ても貴族の令嬢じゃないし……疲労の回復なんぞ、大したことじゃない。ほかの治癒師たちもやっていたことだ、正体もばれることはないだろう。



 むろん、アーサーとて何の打算もなく治療したわけではない。ドワーフの困りごとを助け処刑フラグをまぬがれることと、こうして手伝ったらちょっとくらいオリハルコンをわけてくれるんじゃないかなというせこい考えの元である。



「すげええ!! 酒をたっぷり飲んでぐっすりと寝た時みたいに疲れが吹き飛んだぞ!!

「ガゼフ、本当か……おい、人間の小僧、俺にもやってみてくれ!!」



 ガゼフという名前らしき白髪交じりのドワーフの反応に他のドワーフたちも次々にアーサーの元にやってくる。



「ふふ、任せるがいい!!」

「うおおお!! すげえ、温泉に入った時よりもすっきりした!! これなら二十四時間働けるぞぉぉぉ!!」



 アーサーの治癒魔法にドワーフたちが歓喜の声をあげる。まるで社畜の鏡のような言葉だがそれも無理はないだろう。彼らはそれだけ必死だったのだ。

 そして、少し離れたところでガウェインは驚愕の声を漏らしていた。



「本来ならば使用者の方の負担が激しいはずの疲労回復魔法をこんなにも連続で使用できるだと……この力やはり……この人がマリアンヌを治療してくださったに違いない」



 そう、アーサーの言う通りに確かに疲労回復魔法自体はそこまでの治癒能力を必要とはしない。だが、なぜいまいち普及しないのか? それは術者への負担が大きすぎるのだ。

 本来ならば貴重な治癒師一人の全力を使って二、三人を治療をするだけということもあり効率が悪いのである。

 こんな風に連続で疲労を癒すという芸当をできるのはアーサーとエレインくらいなのだが、周りに治癒師の友人がいない(普通の友人もいないのだが )……アーサーはそのことを知らなかったのである。

 そしてなにはともあれ体力を回復してもらったドワーフたちの作業は無茶苦茶効率よくすすむのだった。



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