第42話 領主の館にて
時は少しさかのぼる。
この街の露店で燻製肉を楽しんだアーサーたちはゆったりとしたスピードで領主の屋敷を向かっていた。
「この格好は変じゃないか?」
「そんなことありませんわ。いつもの優しい感じのアーサー様も素敵ですが、髪を立てたアーサー様も素敵ですわ!!」
馬車の中はマリアンヌによってちょっとした騒ぎになっていた。そう、アーサーは第二皇子であり王位継承者の一人である。ゆえに敵が多い。そのため今回の旅はお忍びなのである。
露店ではフードをかぶるだけだったが、これから会う人間は地方領主とはいえ貴族ということでがっつりと変装をしているのだ
「一応確認しておきますわね。アーサー様ならば大丈夫だとは思いますが、これから先は間違ってもアーサー様の名前には反応しないでくださいまし、今のあなたはリチャード男爵ですので」
「ああ、わかっているよ。俺はアーサーじゃない。リチャードだ。初歩の治癒魔法しか使えない地方貴族だろう?」
モルガンに怒られるのが怖くて必死に設定を覚えているからか、どや顔で返事をするアーサー。実に心配である。
ちなみにケイと一緒にいるときにアーサーと呼ばれても反応しないゲームをしていたのだが、成功率は50%だった。実に心配である。
「さすがですわ。リチャード様はモルガン様の部下であり、あの方の紹介で子供たちにドワーフの技術を教えるためドルフを訪れたというのも忘れないでくださいね」
「ああ……」
再確認すると聞きたくない名前が出てきてしまいアーサーは思わず顔をしかめた。そう、今回の仮の身分はモルガンの部下なのだ。器の小さいアーサーは地味に気にしていた。
しかも、子供たちにドワーフの仕事を教えてあげたいので付き添いに行くと言ったら『本当の目的は言わないでいいわ。どうせ、あなたのことだから何か考えがあるんでしょう? 帰宅したら答え合わせをしましょう』と満面の笑みで見送られたのである。
もちろんアーサーに深い考えなんぞあるはずもない。彼からしたら「なにいってんだこいつ?」という感じだったがちょうどよかったので黙っておいたのである。
「あと、俺は今回貴族を治癒しない。だから怪我には気をつけろよ」
「それは……なぜ……?」
その理由はもちろんマリアンヌが貴族令嬢だからなのだが、善行ノートに書いてあったともいえずどう説明しようかと頭を悩ませていた時だった。
マリアンヌが何かに気づいたとばかりに目を見開いた。
「そうですわね。今のリチャード様はただの地方貴族ですものね。強力な治癒能力を使えば疑われますもの。だから特別である私はもちろんのこと、話題になりやすい貴族は治癒しないということですわね。ほかの人間にも厳命しておきます。私たちが無意識のうちにリチャード様の治癒能力に頼ろうとするのを注意してくださったんですのね。さすがはリチャード様ですわ」
「ああ……??」
感極まったとばかりに目を輝かしているマリアンヌに顔に? を浮かべながらアーサーは答える。そして、彼らの馬車が領主の館について、アーサーとマリアンヌが通される。
彼らを迎えた領主は五十歳くらいの壮年の男性である。なぜかはわからないが、顔色が悪く睡眠不足なようだ。
「エドワード様お久しぶりですわ。こちらが手紙で紹介したリチャード様ですわ」
「……リチャードです。領民にドワーフの技術を教える許可を頂き感謝します」
マリアンヌの紹介を受けアーサーが一瞬遅れた後に綺麗な礼をする。もちろん、アーサーにアドリブなどはできない。事前に発言することを決めており、あとはマリアンヌがサポートするのである。
今も実はエドワードにみえないようにマリアンヌが裾を引張って、それを合図にアーサーは動いたのだ。その姿はできの悪いおもちゃのようである。
普通ならばこいつ大丈夫か? と思うこところだが、マリアンヌもちょっと世間知らずなことと、盲目的に慕っている彼の役に立てることからあまり気にしていないようだ。
「ああ。気にしないでくれ。彼らは別に技術を秘匿しているわけではないからね。ただ、その修業は厳しい。逃げ出さないことを祈るよ」
エドワードの言葉に頷いてから、エドワードの隣の空席を見つめマリアンヌは首をかしげる。
「そういえば……プリムはどうしたんですの? 久々にお話をしたいのですが……」
「申し訳ない……プリムは今病気を患っていてね……ベッドから起き上がれないんだ」
娘が病気になっているからか、ちょっと顔色の悪い領主エドワードにマリアンヌが悲痛な表情を浮かべ、アーサーも頑張って悲痛そうな顔をする。
「そうですの……早く治るとよいのですけど……重い病気ですの?」
「ああ、確かに大変な病気だ。だが、プリムのことなら問題はない。あてがあるからね」
そういうとエドワードは微笑む。だけど、その瞳がどこか薄暗いのはアーサーの見間違いだっただろうか?
「シーヨク様がアーサー様に取り次いでくれているらしくてね。我らがドルフの秘宝にて鉱山の奥深くに眠りし『オリハルコン』でできたアクセサリーを献上すれば治療してくれるらしいんだ。ふふ、確かに希少なものだが、娘の命には代えられないからね」
「アーサー様が……?」
そうなんですの……? とばかりにアーサーを見つめるマリアンヌだったが、それに対してアーサーは表情を変えない。
「なるほど……何か考えがおありなのですね」
その様子にマリアンヌは勝手に納得するが、もちろんアーサーはそんなことを考えていなかった。彼が考えていたことは……
よっしゃーーー!! 名前を呼ばれても反応しなかったぜ!! 俺もできるじゃん!!
そう、少し空気の読めるようになった彼は内心どや顔をしていたのだった。
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