第40話 いざ、鉱山へ
馬車の中でアーサーは善行ノートの中身を思い出していた。モードレットが来訪してから、輝いたノートに追加されたことが二つあったのだ。
『ドワーフの危機を救え!!』
これはまあわかる。革命軍にドワーフが参加していたことから自分たち王族は彼らの願いを踏みにじってしまったのだろう。モードレットがどう関わっているかはわからないが、その不満を事前に解消すれば俺の処刑フラグは遠のくはずだ。
あばよ、ギロチン!!
それよりも、問題はもう一つの赤字で追加された文字だ。
『とある貴族の少女に治癒能力を使ってはいけない』
これを見たときはアーサーは思ったものだ。いや、待ってくれよ。俺のアイデンティティであり、得意分野なのだが?
だが、『善行ノート』がこれだけはっきりと示してきたのだ。よくわからんが治療をすれば彼の処刑フラグにつながってしまう行動なのだろう。
そして、もう一つ問題はある。
「アーサー様お疲れになっておりませんこと? 紅茶はいかがですか?」
「いや、大丈夫だ……」
「そうですか……」
しょぼんとした顔をするマリアンヌ。
五分後経過……
「アーサー様体がかたくなっておりませんこと? 肩をおもみしましょうか?」
「いや、大丈夫だ……」
「そうですか……」
アーサーが断ると一緒に馬車に乗っていたマリアンヌがしょぼんという表情をする。そう、本来は専属メイドであるケイが一緒にいるはずだったのだが、体調を崩してしまったのである。
彼女は意地でもついて来ようとしたのだが、アーサーとしてはケイの体調の方が大事である。というわけで今回はマリアンヌとドワーフの仕事に興味を持ったベディとイースに、護衛の騎士たちをつれての移動をしているのである。
「では……アーサー様はこれから行く鉱山街ドルフをどれくらいご存じでしょうか?」
「そうだな……ドワーフたちが鉱山で採れるミスリルなどの鉱石を細工して作る装飾品が有名な街ということくらいしか知らないな……俺もいくつかもっているがかなり高価だとはきく」
本来ならばドワーフの作った細工は人によっては有り金はたいてでも得たいものなのだが、アーサーは世間知らずな上に芸術への造詣も薄いためその程度の認識しかないのである。
やたらと自慢してくる貴族が取り巻きに一人いて、そいつが自慢してきたのは記憶に新しいが、それくらいの印象しかない。
孤児院でのやり取りでようやくケイにプレゼントしたら喜ぶかなと思った程度である。
「ただ、ドルフの領主のことはさっぱりわからん。マリアンヌは顔見知りなんだよな」
「はい、もちろんですわ、ドルフの領主様には私の方からちゃんと話は通しておきましたから、ご安心くださいませ」
王族であるアーサーは地方貴族に過ぎない領主を知らないのは仕方がないことともいえるが、これからお世話になるというのに勉強不足は否めない。もしも、モルガンがいたら嫌味を言っていただろう。
そんなやる気のない回答にもマリアンヌは得意げに笑みをうかべた。そう、彼女はアーサーの力になれるのがうれしいのである。
「はい、そういわれると思って資料をお持ちいたしましたわ」
やたらと大きい革製のカバンを取り出すとその中からやたらと分厚い紙の束が出てくる。まるで辞書のようである。
その様子にアーサーは思わずげっと呻きそうになる。まさか、これ全部伝えるつもりなのか……?
「この領地を開拓した人間……今から百年前『開拓騎士フリューゲル』はドワーフと共にこの鉱山に住む魔物を倒したんですの。その功績を認められ、彼はここの領主になったんです。そのためか、フリューゲルの一族とドワーフの仲は相当良いんですの。私の友人も、よく一緒にピクニックや酒宴をしたと言ってましたわ」
そこまで言ってマリアンヌが少し気まずそうに続ける。
「そして……ロッド様の派閥の貴族でもありますわ」
「だから、モルガンは俺に偽名を使って変装しろって言ったんだな」
そう、馬車を手配するためにモルガンを訪れたときに彼女はむっちゃしぶい顔をしていたのである。それも当たり前だろう。
王位継承権を争ってロッドとアーサーの派閥が対立していることは城にいる人間ならば誰でも知っている。他派閥の貴族の元に、アーサーが行けば余計な火種を生みかねない。そんなところに行くのは何かやむを得ない事情があるか、何も考えていない愚か者だけだろう。
『あなたの作る世界にこの訪問は必要なことなのね……』
もちろんアーサーは後者である。だが、アーサーへの評価がカンストしかけているモルガンはそうは思わなかった。決意に満ちた表情をして、かなり無理をしていろいろと手配をしてくれたのである。
その代わりの条件が偽名を使うことと、変装することだったのだ。
「だけど、俺とロッド兄さんは仲良しだ。変装なんかしなくてもちゃんと話せば『別にいいぞ』っていってくれそうなものだが……」
「うふふ、アーサー様は冗談がお上手ですわね」
「……?」
重ねて言うがロッドとアーサーの派閥が対立しているのは周知の事実である。だけど、アーサーのキョトンとした顔にマリアンヌは一瞬自分が間違っているのかと不安になる。
王族の人間関係ですし、私が思うよりも複雑なのかもしれませんわ、この話題はあまり触れない方がいいかもしれませんわね……
と思いアーサーが興味を持ちそうな話題をふった。
「あとはそうですわ……突出するものとして、ドワーフたちが出す火酒と燻製肉というのも有名ですわね。かなりおいしいとか」
「ほう……燻製肉か!!」
聞きなれない食べ物にアーサーの気分がのる。エルサレムで極ウマ鳥を食べた経験からすっかりB級グルメに目覚めたアーサーである。
それに美味しかったらケイにもお土産として分けてあげたいなと思っているとマリアンヌはやり遂げたといった顔でにこにことこちらに微笑んでいる。
「……それで終わりか? 随分と資料があるようだが……」
「はい……これはアーサー様のご質問にいつでも答えれるようにメモしただけですもの。気合を入れて作りすぎてしまいましたが、興味のない話を聞かれされてもお辛いでしょう?」
アーサーの言葉に少し恥ずかしそうにはにかむマリアンヌ。その様子にアーサーは怪訝な表情をする。
「聞かれるかわからないのにそんなに調べてきたのか……いったいなんでだ?」
アーサーの疑問はもっともである。そもそもメイドの仕事はアーサーの身の回りのお世話である。こんな風にアーサーの質問に答えるのは本来ならば仕事の範囲外でありわざわざ調べものなんかしなくてもいいのである。
「それはその……アーサー様のお役に立ちたいからですわ。私……あの時顔を治療していただいて本当に感謝しているんです。私にとって『特別』頑張る理由になったんですの」
「あの時か……」
マリアンヌがさしているのはアーサーが善行ポイントを稼ぐために治療した時のことだろう。アーサーとしては己の保身のために治療しただけなのだが、こんな風に感謝されるとむずがゆい気持ちになる。
だけどこう感謝されるのは悪くないと思うアーサーだった。
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