第39話 孤児院にて

子供たちの声が響く中アーサーは大きなため息をついていた。



「どーっすかな……」



 今日はモルガンの提案ではじめた月の一度の孤児院訪問なのだが、モードレットから受けた話のせいで全然集中できない。

 アーサーはとある理由でドワーフにあまり良いイメージを抱いていないのである。だが、モードレットに貸しを作ることができるというのは大きいと思う。

 このまま、あいつのお願いを聞いてあげたら、革命がおきても処刑じゃなくて国外追放くらいにしてくれるかもしれないしな……

 



「どうしました、アーサー様。悩み事なら専属メイド(お姉ちゃん)に話してくださいね」



 孤児院の子供たちの様子を見ながら頭を抱えているアーサーに、心配そうに訊ねるのはもちろんケイである。専属メイド(姉)である彼女はいつでもアーサー(弟)の良き相談相手になろうと頑張っているのである。



「ああ、ありがとう。じゃあ、さっそく……ケイのドワーフのイメージってどんな感じだ?」

「そうですね……手先が器用で子供とお酒が大好きというイメージでしょうか……ただ、絶対怒らせてはいけないと聞いたことがあります」

「ああ、そうだ。彼らは身内が傷つけられたら、一族全員で復讐するくらい団結力が高いんだよ」



 ケイの言葉にアーサーは嫌なことを思い出した。なぜなら復讐に関しては実体験だからである。どうやら、ドワーフの身内の治癒を、とりまきの貴族が勝手に断ったのか相当恨まれていたようで、革命軍にはドワーフの集団が参加していたのである。

 小柄な体型でありながら巨大なハンマーを振り回して襲ってくる光景は正直無茶苦茶怖かった。あのモルガンすら、冷や汗をかいていたくらいである。



「ドワーフと言えばブリテンの鉱山には『ドルフ』というドワーフ街がありますわ。そこで作られた細工品を見たことがありますがとても精巧で美しかったですわよ」

「おおー、さすがマリアンヌねーちゃん、博識ー!!」



 マリアンヌが澄ました顔でケイの言葉に補足しながらアーサーにお茶を入れている。すると子供たちも楽しそうに声をあげる。

 彼女はアーサーの命令で定期的に訪れて子供たちに教育を施しているのからか孤児院にすっかり馴染んでいるようだ。

 時々ベディビエール以外の子供から厳しすぎると愚痴られるが、一生懸命教えてくれるからか、評判は良い。



「おお、マリアンヌ。いつもありがとう!! お前のお茶は美味しいな」

「……ありがとうございます!!」



 変わらず澄ました顔で答えるマリアンヌだが、その顔が朱色に染まり、子供たちがそれを見て楽しそうに声を上げる。



「よかったね、マリアンヌねーちゃん。アーサー様に褒められたね!! わざわざ実家から高い茶葉をもってきた甲斐があったね!!」

「今日はアーサー様が来るからってすごいおしゃれもしていたもんね!!」

「……うるさいですわね、宿題を増やしますわよ!!」



 貴族の彼女にもすっかり孤児院の子供たちはなついてくれているのか、子供たちは楽しそうににやにやしている。

 アーサーは、なんで顔を真っ赤にしているのか不思議に思いながらもマリアンヌに話しかける。



「マリアンヌはドワーフの鉱山について詳しいんだな」

「ええ、私の友人に『ドルフ』の領主の娘がいるんですの。今は実家に帰ってしまいましたが、王都にいたころはよくお茶会を一緒にしてましたわ、いつも素敵なアクセサリーを身に着けていたんですのよ」

「すごいです。ドルフで作られたアクセサリーは精巧で美しいと有名ですからね。女性たちの憧れです!!」



 ケイとマリアンヌがキラキラと目を輝かせて語る。アーサーにはよくわからないが煌びやかな石で作られたアクセサリーは女性たちにとってかなり魅力的らしい。

 

 そういえば……取り巻きにもおっさんだがそういうのが好きな奴がいたな……


 その貴族が前の人生では『世にも珍しいものをアーサー様にプレゼントいたします』とか言っていたのを思い出す。結局何か問題がおきたのかアーサーの手にわたることはなかったのだが……



「ただ、最近はドワーフたちの職人たちも後継者不足で悩んでいるらしく、どんどんアクセサリーの量が減っていて頭を悩ましていましたわ」

「そうなんですね……だから、最近アクセサリーの金額もあがってしまっているんですね……」

「そうですの、何人か人間の職人が技術を学びに行ったのですがうまくいっていないようで……」

「ふぅん、なるほどな……」



 少し残念そうなマリアンヌの言葉を聞いてアーサーは『善行ノート』に書いてあったと事を思いだす。


 ドワーフたちにもいろいろと問題があるようだな。モードレットの願いもあるし、ちょうどいいかもしれない。

 とはいえ、どうするか……



「人間でも教われるんですね、だったら僕でも、職人になれるでしょうか?」



 興味深そうに声を上げたのは机の上で勉強をしていたベディである。彼は興味深そうにアーサーたちの話に入ってくる。



「お前は勉強が好きなんだろう? 何かを作ったりするのも興味があるのか?」


 

 驚きの声を上げるアーサー。勉強好きというだけでも理解できないのに、更に学ぼうとするベディにビビったのだ。

 モルガンにグチグチ言われ仕方なく勉強していた彼からしたら異常にうつったのである。



「はい、勉強も好きですが、アーサー様のおかげで腕も治ったので何か手に職をつけたいなと思うんです。僕らができる仕事はそれくらいですから……」



 彼は聡い。平民と貴族でできる仕事の差が激しいことをもう知っているのだろう。それを何とかするのもアーサーが生き延びるためには必要なのだがまだ方法がわかっていないのが現実だ。



「ベディがやるなら俺もやるぜ!! 力仕事なら病弱なこいつよりも俺のが上手だからな!!」



 一瞬暗くなった雰囲気をかき消すかのようにベディの親友のイースも声をあげる。そんな子供たちを見てマリアンヌがクスリと笑ったあとはまじめな顔をする。



「そうですわね。彼らは子供が大好きですし、何かを教わるのも少しならいいかもしれません。希望者を募って遠足にでも行くのも良いかもしれませんわね。ですが……本格的に習うとなると種族の差が……」

「なるほど、それはありだな!!」



 マリアンヌの言葉の途中で名案とばかりにアーサーが声をあげる。ドワーフの後継者問題も解決できて、ベディたちも経験ができる。まさに一石二鳥ではないだろうか?

 マリアンヌが大事なことを言おうとしていたのに、都合の良い耳をしたアーサーには自分の都合の良い部分しか聞いていなかったのである。

 子供好きなら、揉めないだろうと楽観的に考えたアーサーはベディとイースに笑いかける。



「よし!! お前ら!! 一緒にドルフに行くぞーー!!」

「わーい、外出だ!! 勉強さぼれる!!」

「アーサー様……聞いてくださいまし……」



 アーサーの言葉に歓声をあげるイース。このままではまずいとマリアンヌが止めようとするが……それを制したのは意外な人物だった。



「マリアンヌ先生……多分アーサー様は僕たちならできるって信じてくれているんだとおもいます」

「ですが……ドワーフの技術は……」

「大丈夫です……僕にも考えがありますので」



 困惑しているマリアンヌと決意に満ちた顔のベディには一切気づかないアーサーだった。

 


 

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