第18話 すべてを見通す皇子アーサー
「うふふ、流石ね。アーサー皇子」
孤児院からの報告書に目を通しているモルガンの形の良い唇から笑みがこぼれる。神父からの報告によると、彼の命令で優秀なメイドが二人も勉強を教えてくれることになったようだ。
「嬉しそうですね、モルガン様」
「ええ、アーサー皇子は本当にすごいわ。彼のおかげで孤児院の子供たちの学力は上がるでしょうね。これは未来を変える行動よ」
「なるほど……ですが、一つの孤児院の子供の学力があがったくらいで何が変わるのでしょうか?」
モルガンの部下が怪訝な顔で彼女に問うと、まるで自分の事のように得意げな笑みを浮かべてモルガンは答えた。
「全てが変わるわ。まずは王族が平民に教育をうけさせる。ブリテンの長い歴史の中でもあまりないことよ。しかも、ただ教育を施すだけじゃない。わざわざアーサー皇子は自分のメイドを送ることにした。貴族令嬢が平民に何かを教えるなんて誰もしなかったわ。それだけでもすごいのに、彼は孤児院で治癒魔法を使ったの。その意味がわかるかしら」
「いえ……ですが、アーサー様が好き勝手に人を治癒するのはモルガン様も反対されていたはずでは……?」
モルガンの弾むような言葉に部下はしばらく考えるが、申し訳なさそうに首を横に振った。その反応がわかっていたかのように彼女は誇らしげに笑った。
「ええ、そうね。無差別に治癒をするというのならば私は彼に文句を言ったでしょう。だけど、今回の治癒は違うわ。ただの人間を癒したんじゃない、自分の名前で作られた孤児院にいる平民を癒したのよ」
モルガンの言葉に部下もハッとした顔で声をあげる。
「つまり、アーサー様は本来は貴族でも大量の寄付金を積み、何年も待たねばならない治癒能力を子供に使う事によって、自分の味方ならば平民であっても重用すると言う事を示したのですね!! 先ほどの教育もそういうことですか!!」
「そう、ようやくわかったかしら。アーサー皇子は自分の味方であれば平民でも重用するということを行動をもって示したの。これにより、商人や平民たちの支持は彼に集中していくでしょうね」
部下の言葉にモルガンは満足そうにうなずいた。もちろん完全に勘違いであるし、ちょっとした火傷を負ったケイの治療もしているのだが、そんな事を知らない彼女達は、興奮気味に話を続ける。
「今回の事で彼の関心を引きたいと思っている貴族達から『アーサー孤児院』に寄付金が集まり始めたわ。このままうまくいけば一部の貴族は平民を雇うことをも検討するかもしれないわ。アーサー皇子のご機嫌を取ろうとみんな必死なのよ」
それほどまでに彼の治癒能力は貴重で強力なのだ。これまでは一部のとりまきが完全に彼の治癒魔法を牛耳っていたが、彼が平民を治癒した事でそれも変わった。
彼の味方になれば自分も治癒してくれるのではないかという貴族たちが動きはじめるだろう。
「ですが、それではこれまでの取り巻きだった貴族たちが黙っていないのでは?」
「そうね、だから、あのタイミングでゴーヨクの悪事をあばいたのでしょう。後ろめたい貴族たちはまずは証拠隠滅を図るはず……それに私の方でも手を打っておいたわ。諜報部を使って、彼らが虐げていた平民たちに関しての情報を表面化させておいたの。火消しが終わるまでは彼らはしばらく大人しくせざるをえないでしょうね」
「うわぁ……平民を差別しないアーサー様に、自分の領地の平民に対してひどい事をしているのがばれたら、まずいですもんね……」
「でしょう。それにそれはアーサー皇子のこれまでの立ち回りがあったからこそ効果があったのよ」
アーサーの立ち位置は特別だ。強力な治癒魔法を持っているが世間離れをしているために、あまり政権争いにも参加していなかったし、周りの貴族のお願いで治癒をすることはあれど、自分からは誰かを治療することはなかった。まるで自我がないかのように……
つまり、アーサーは道具のように使われていただけであり、特定の派閥に肩入れしていたわけではないと言えるのだ。あくまでも依頼をされたから治癒をしたと言えば問題はないのである。
おそらく、とりまきの貴族たちは世間知らずの皇子を好き勝手つかっていたつもりなのだろうが、あえて、自分を特別な立ち位置に置いて、治癒能力の高さが国中に広まったタイミングで行動をおこしたのだ。
これによって、モルガンが悩んでいるこの国の問題の一つである貴族と平民の格差も少し縮まるだろう。
流石です、アーサー皇子……
なまじ頭がいいからか勝手に勘違いして、勝手にアーサーの評価をあげていくモルガン。もはや宗教に近い。
「とはいえ、あいつらも自分の保身にはたけているわ。さっさともみ消して、再びアーサー皇子に媚を売りに来るでしょうね……その前に手をうたないと……」
彼の取り巻きの貴族たちは決して無能ではない。特に政治に関してはモルガンですらいいようにやられる可能性があるのだ。
もしかしたらアーサー皇子ならばそれすらもうまく利用するかもしれないが……
「なるほど……ですが、彼らが力を取り戻す前に、どこかしらの貴族などと協力をしなければ流石のアーサー様も自由には動けなくなる可能性がありますよね。平民たちへの理解が深いアグラヴェイン卿はモードレット様を次期王にと推していますし……」
「そうなのよね……」
もしも、平民にも人望のあるアグラヴェイン卿が力を貸してくれるならば、ありがたいのだが、あっさりと断られてしまった。
モードレットへの忠誠もあるのだろうが、なぜか、彼はアーサー様が治癒能力を持っていると言う事を知ってから避けている気がするのだ。
「うちの家だけではとてもじゃないけど大貴族達には勝てないし……かと言って教会は基本中立ですもの……」
部下の言葉にさすがのモルガンも頭を抱える。この世界では治癒能力が重宝されていることもあり、教会は国家とは別として強力な力を持っているのだ。
そして、彼ら教会はあえて権力争いには距離を置いている。なんとか貸しを作る事ができればいいのだが……さすがのモルガンもどうすればいいかは即座には思いつかない。
「せめて聖女様とアーサー様が仲良くなったりすればいいのだけれど……」
教会でもっとも優れた癒し手である聖女の言う事ならば教会も多少は話をきいてくれるだろう。だけど、どうやって仲良くなればいいのかわからない。
モルガンと部下が仲良く頭を抱えているところだった。ノックの音が響いて、一人の少年がやってきた。噂のアーサーである。
「すまない……今度聖女と会食をするんだ。その時の馬車を準備してくれないか?」
「え……流石です、アーサー皇子!!」
「これがアーサー様の慧眼なのですね、すごいです!!」
「はっ?」
馬車を借りる手続きをしただけなのに、なぜか喜んでいるモルガンとその部下にアーサーを間の抜けた声をあげるのだった。
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