第16話 メイドたちの勘違い
「アーサー様いったいどのような御用でしょうか?」
主であるアーサーから呼び出されたマリアンヌは緊張しながら口を開く。そして、緊張をしているのは彼女だけではない。ほかの五人のメイドも同様だ。
五人が五人とも貴族令嬢の次女や三女だったり、有力な商人の娘であり、アーサーの御つきのメイドの中でも教養の高い五人である。全員が全員彼の専属メイドを目指し、彼の世話をしてきた五人だ。
「ああ、そんなに緊張をしなくてもいい。今日はみんなにお願いをしにきただけなんだ。ケイ。お茶を淹れてくれないか?」
「はい、わかりました。少々お待ちくださいね」
アーサーの言葉と共にケイがみんなのお茶を淹れていく。その光景をマリアンヌは複雑な表情で見つめていた。たまたま人数が足りないからと選ばれた平民の彼女がアーサーのおつきのメイドになり、専属メイドにまで成り上がるとは思わなかった。
その仕草は最低限のレベルになっているが、まだまだだとマリアンヌは思い自分の指導が足りなかったということを悔いる。
アーサー様は彼女のどこがよかったのでしょうか?
専属メイドになれなかったことは正直悔しい。自分は元々彼の専属メイドになるために色々と努力をしてきた。礼儀作法はもちろんのこと、家事だって積極的にやり、後輩の指導だって一生懸命やった。特に彼に助けられてからはより一生懸命にやっており、他の人にもほめられたのだ。だけど、自分は選ばれなかったのだ。
正直ケイに対して複雑な感情は抱いているが、それはそれだ。彼女には専属メイドとしてアーサー様に尽くしてほしいと思う。
そう思っているとケイが大量のクッキーを持ってきてみんなに配っていく。
「これは……?」
貴族達が好むクリームたっぷりのお菓子ではなく、平民が好むような質素な焼き菓子を渡されることにマリアンヌだけでなく、他のメイドも困惑の色を隠せない。
王族である彼がなぜこんなにものを……?
「これは俺の大好物でな。みんなも遠慮なく食べてくれ」
そういうと彼は嬉しそうにクッキーを口にして、紅茶を飲む。勧められたからにはこちらも手をつけないわけにはいけない。
「いただきます」
まずはメガネのメイドのエリンが口にして、マリアンヌもつられるように口に含む。
意外と悪くない……
普段は甘いお菓子ばかりで一つ食べれば胸焼けしてしまうのだが、これならばいくらでも食べれてしまいそうだ。そして、飽きたら添えられているジャムをつけると味が変わり飽きが来ないのだ。
意外な発見に驚いていると、アーサーが咳ばらいをする。
「それでみんなにお願いがあるんだ。俺の生誕を祝った記念で作られた孤児院があるだろう? 誰かそこの子たちに勉強を教えに行ってくれないか? もちろん、給金は今までと変わらないから安心してくれ」
メイドたちがざわりと騒いだのは気のせいではないだろう。正直その話題に関しては彼女たちメイドの間でも話題になっていた。アーサーの突如の孤児院への訪問。そして、呼び出される我々、そこから何かしらの仕事が振られるのは予想していた。
だけど、孤児院で勉強を教えるですか……。
別に子供に勉強を教えるのは構わない。だけど、相手が孤児だというのがいただけない。彼女たちのような貴族の令嬢たちがアーサーのメイドをしているのは有力な貴族に顔を覚えてもらうためである。
彼についていくことによって、他の貴族の目について求婚されるケースもあるし、顔見知りになっておけば後々得をすることもあるのだ。だけど、孤児院にいけばそれは望めなくなる。
だから、他のメイドたちは難色を示していたのだが……マリアンヌは躊躇なく手を上げた。彼女は彼に……アーサーに忠誠を尽くすためにメイドをやっているのだ。彼が困っているのならば力になるのである。
「その仕事わたくしが引き受けますわ」
「おお、本当か、ありがとう。よかったらもっとクッキーを食べるか?」
「ええ、いただきますわ」
「すいません、私も立候補させてください」
そして、クッキーを追加でもらっていると、伊達メガネをしたメイドのエリンが何かに気づいたかのようにして、手を上げる。
彼女の急な反応にマリアンヌは一体どうしたのだろうと思っていながら、嬉しそうな顔をしたアーサーから仕事内容を説明を聞くことになり、彼女たち以外のメイドは退出していく。
そして、再びアーサー様が口を開く。
「二人ともありがとう。これから二人には俺の代理として、孤児院で働いてもらう。何か必要なものがあったら遠慮なく言ってくれ」
「アーサー様の代わりにですか……」
信じられない言葉にマリアンヌが思わず聞き返すと、隣のエリンが「やはり……」と何かを察したようにうなづいた。
それも驚くのは無理はないだろう。だって、彼の代理人とは、たかがメイドである私たちの行動に彼が責任を持つという事である。つまり専属メイドと同じ立場である。そもそもだ、わざわざこんな風に彼女たちのご機嫌を取らずとも、ただ命令をするだけでよかったのだ。
もしかしたら、これは自分たちの忠誠心を試す試験だったのではないだろうか? マリアンヌの頭にそんな考えがよぎる。そして、自分は認められたのだ。そう思うと胸があつくなるのを感じた。
「アーサー様、お任せください。わたくしが必ずや孤児院の子たちの学力を上げて見せますわ!!」
「私もいることはお忘れなく、このエリンもがんばらせていただきます」
「あ、ああ……ありがとう」
気合を入れて返事をするとなぜかアーサーはちょっと驚いたようにうなづいた。
「アーサー様は予想以上の人だったわね。あんな風に私たちを試すとは……」
仕事に関して詳しい説明を聞き終えて一緒にアーサーの部屋を後にしたエリンが驚愕と共にそんな言葉を漏らす。
「やはりそういうことだったのですわね。あれはこちらの忠誠心をためしていたのでしょう?」
同様の事を思っていたマリアンヌが同意したが、エリンは肩をすくめて馬鹿にするように笑った。
「あら、あなたはわかっていたから立候補をしたわけではなかったのね。なんであそこにクッキーがあったと思う?」
「それは……私たちにお願いごとをするから、たまたまたくさんあったクッキーをおすそ分けをしたのではなくて……?」
マリアンヌの言葉に彼女は鼻で笑った。その様子に、思わず下品な罵倒をしそうになるが、悔しいが頭の回転では商人としての英才教育を受けているエリンに勝てないので彼女の言葉を待つ。
「うふふ、そんなわけないでしょう。アーサー様は王族なのよ。私たちに甘いものを食べさせて機嫌を取りたいならばシェフに頼んで豪華なスイーツでも食べさせるでしょう? そんな中あえて、平民たちのお菓子であるクッキーを配ってあんなにほめたのは……つまり、アーサー様はこれから平民たちのことも大事にすると私たちに訴えたのよ」
「な……、ああ、だから、わざわざ平民のケイを専属メイドにしたのですわね……」
そう考えればケイが専属メイドに選ばれたのも納得がいく。今回のクッキーといい、わざわざ孤児院に足を運んだことといいこれまでのアーサーからは考えられない行動だとはマリアンヌも思っていた。
あれは彼なりの意思表示だったのだ。だけど、なぜ平民を……と思っているとエリンが言葉を続ける。
「ええ……元々貴族ばかりの社会で今のブリテンは行き詰っていたわ。おまけに貧富の差も広がるばかりで、不平不満はたまっているの。それらを打開する策として平民の運用を考えているのでしょうね。まさか、モルガン様やモードレット様以外にもそのことに気づいている方がいたなんて……」
「その一歩として自分の名前のある孤児院の平民たちに立派な教育を施して、将来的には自分の部下にするということかしら?」
マリアンヌがアーサーの深い考えに感銘を受けながら言葉を震わしていると、エリンが得意げな顔でうなずいた。
「でしょうね。しかも、わざわざ自分の代理として扱うとまでおっしゃったのよ。今回の件にはかなり力をいれているみたいね。これは面白くなってきたわ。私はアーサー様を見くびっていたようね」
「そんな重要な任務を私たちに……」
マリアンヌは思わず息を呑む。先ほどの話し合いはエリンのいう通り試験だったのだろう。本来だったら皆が嫌がる孤児院の教育という仕事を提示して、エリンが言った情報からアーサーの考えを推測できるだけの知性を持つ仲間を探していたという事なのだ。
そして、これからアーサー様が平民を重用するとなれば孤児院の子たちにまず声をかけるだろう。そうなれば、その教育係だった自分たちも同じく重用されるに違いない。
これは……そのための試験だったんですわね……
あいにくマリアンヌは気づくことはできなかった。だけど、まぐれとはいえ自分も受かったのだ。だったら、全力でやらねば失礼だろう。それに……彼女はメイドたちに様々なことを教えてきた実績と、忠誠心ならば誰にも負けない自信がある。
「お互いがんばりましょう。専属メイドは一人じゃないしね。孤児院で成果をだせば、ひょっとして貴族であるあなたも専属メイドに選ばれるかもしれないわ」
「そうですわね。ちなみにあなたもアーサー様の専属メイドを狙っているんですの?」
「うふふ、それはどうかしらね……ちょっと予定を思い出したので私はここで失礼するわね」
意味深な笑みを浮かべてエリンは王城の方へと歩いて行った。彼女は商人の娘という事でアーサーだけでなく様々な貴族とも顔見知りだ。色々と予定があるのだろう。
私も負けていられませんわね!! アーサー様の期待に答えねば!!
マリアンヌは気合を入れて顔をぱちんと叩く。気合たっぷりのマリアンヌの教育にベディ以外の子供たちがげんなりとするのは別の話である。
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