第15話 クッキー

「うう……こんなんどうすりゃいいんだよ……てか、こんなことは前回はなかったろ?」



 孤児院から帰ってからアーサーはずっと頭を抱えていた。神父が求めている人材の条件がそれほど厳しかったのだ。



「アーサー様大丈夫ですか? 何かを悩んでいる時は甘いものを食べるとよいと聞きます。もし、よろしければこちらを召し上がってください」

「これはクッキーか。それにこれは……」



 そういって彼女が差し出したのは市場で買ったクッキーにジャムが添えられており、一緒に出された紅茶の香りがいつもと違うことに気づく。

 


「アーサー様がとても楽しみにしていたので、コックさんに聞いて、クッキーにあいそうなジャムと紅茶を選ばさせていただきました。これならばより、お口に合うと思いますよ」


 

 そういって得意げにほほ笑む彼女と、前の人生でこんなものしかありませんがとクッキーのかけらをくれた彼女の笑顔がかぶって彼は思わず涙ぐみそうになる。



「ありがとう……よかったらケイも食べないか?」

「嬉しいです。ですが、仕事中にお菓子をたべてしまってよろしいのでしょうか?」

「じゃあさ、俺の悩みを聞いてくれよ。甘いものを食べると思考力が上がるからな。必要なことなんだ。だから、一緒にたべよう」

「もう……わかりました。その代わり紅茶を淹れるのは私の仕事ですからね。おかわりが欲しい時は言ってくださいね」



 アーサーのセリフにケイは嬉しそうにほほ笑んでむかいの席に座る。そして、紅茶を淹れると、なぜかクッキーを一つつまんで……



「アーサー様、あーん」

「え……?」


 なぜか、アーサーの口元に持ってきたケイに困惑の声を上げる。すると、彼女はキョトンとした様子で首をかしげる。



「あの……子供たちにこう食べさせていた時に視線を感じたのでアーサー様もしてほしいのかと思いましたが違いましたか……?」

「いや……じゅあ、せっかくだからいただこうかな……」



 なんかケイって自分を子供だと思っていないだろうかという疑問が頭をよぎったが、せっかくの好意を断るのも申し訳ないと思い、遠慮なくいただくことにする。

 アーサーが口をあけるとサクサクとした食感と素朴な味が口の中に広がる。それは……前の人生での牢屋で食べた味を思い出し……彼女を幸せにしようとアーサーはあらためて誓う。



「うふふ、美味しかったですか?」

「ああ、ケイもたべてくれ。好きなんだろ?」

「では、遠慮なくいただきますね」



 しばらく。お茶とクッキーを二人で楽しんだ後に、先ほど何を悩んでいたのか訊かれ、せっかくだからとアーサーは自分の悩みを話す。



「なるほど……孤児院で勉強を教える人が見つからないですか……」

「ああ、金銭の額はここのメイドと同じ金額にするから問題はないと思うんだが、仮にも俺の名前の孤児院だからな。働く人間もそれなりの格が求められる。ただ孤児院での仕事というのは、城のメイドと比べると人脈をつくりずらいからな……」



 アーサーは神父から聞いた問題点をケイにそのまま説明する。生まれついての王族である彼にはあまりよくわからないが、何々様に仕えていたということがステータスになるらしい。

 確かに周りの貴族たちはパーティーでも誰々と交流があるとか、どんな仕事をしているとか自慢していた気がする。



 本当にめんどくさいな……だけど、何とかしなくては……



 何とか善行ポイントをためねばまたギロチンが待っているのだ。いざとなったらメイドたちに土下座でもして孤児院にいってもらおう。そう思いながらクッキーをかじる。



「アーサー様……でしたら、私が行きましょうか?」

「え?」

「私は平民ですが、今はアーサー様のおかげで専属メイドをやらせていただいております。格としては問題ないかと……」

「それはだめだ」



 ケイの言葉を遮ってアーサーがその提案を断る。彼にとってはケイは最後まで自分を見捨てなかった存在で……そのお礼に彼女を幸せにすると誓ったのだ。孤児院に行くのが不幸だと思わないが、彼女には自分の傍に幸せになってほしい。

 それに……彼女が近くにいると自分が落ち着くのである。ちょっと私情をはさむ。アーサーは我儘なのである。



「お前にはずっと俺を見ていてほしいんだ。それとも……ケイは俺から離れたいのか? なら無理強いはしないが……」

「いえ……そんなことはありません。私はアーサー様にずっと仕えていたいと思います」



 問答無用で提案を断られて、出過ぎた真似だったかと少しびくっとしていたケイだったが、アーサーの素直に自分を必要としている言葉にうれしくなったのを、誤魔化すようにクッキーを口にしてほほ笑えむ。

 そんな彼女を見て、アーサーは「ふふふ、やはり甘いものは効果があるな」などと見当違いなことを思うのだった。

 


「それではどうしましょうか?」

「ああ、一応これからうちのメイドたちを呼んで、孤児院に行ってくれる人がいないかと聞いてみようと思うんだが……そうだな、まだクッキーはあるんだよな。だったら、みんなの分のクッキーと紅茶の準備をしておいてくれ」

「孤児院の時といいみんなにふるまわれるのですね、アーサー様はお優しいですね」



 もちろん、それは優しさではない。クッキーと美味しいお茶を渡せば、ちょっとくらい機嫌がよくなって、こっちのお願いを聞いてくれるのではないかという打算である。

 女子は甘いものが大好きだからな。現にケイもクッキーを食べたら嬉しそうにしてくれたし……。あとはそうだな……俺の名前の孤児院だから何とか協力してくれとお願いしてみるか。誠心誠意頼めば誰かしら引き受けてくれるだろう。


「あ、でも、またこうしてケイと食べたいから……」

「大丈夫ですよ、まだまだたくさんあるからご安心ください。明日も一緒に食べましょうね」



 わかっていたとばかりに可愛らしいものをみつめるような視線を向けながらケイはアーサーにほほ笑むのだった。

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