第14話 アーサーの力
その少年はベッドに横たわりながら何かを書いていた。頬はこけており、どこかはかない感じがする彼の、手の届く範囲にあるサイドテーブルには様々な分野の本が積み上げられていた。
アーサーたちがやってくると少年は何かを書いていた手を止めて彼らに向き合う。
「神父様……この人たちは……?」
「ああ、ベディよ。この方はお前のことを治療をしにきてくださったんだよ」
「そうなんですか……ですが、お断りします。お気持ちはありがたいのですが、この孤児院は裕福ではないのです。だから、治りもしない僕の治療のためにこれ以上お金を無駄にするわけにはいかないんです」
ベディと呼ばれた少年は本当に申し訳なさそうに頭を下げる。その態度と、礼儀正しい態度からは確かな知性を感じる。そして、彼の言葉を聞いていくうちに一つ疑問が浮かぶ。
「なあ、ケイよ。治療って結構な額のお金をとるのか?」
「はい、そうですね。奇跡の対価を寄付金という形でいただくのが一般的です。ただ、なかなか高額なので高名な商人の方や貴族の方くらいしか腕の良い人には頼めないんのです。安い方は腕もそれなりで一時的に良くはなっても痛みが再発する可能性が高いとか……」
「なるほどな……」
ケイの解説にアーサーは納得する。マリアンヌとの会話からゴーヨクなどの取り巻き貴族たちがかなりの治療費を要求していたことは聞いていたが、他の治癒を使える連中も同様らしい。
これがモルガンと言っていた『治癒魔法の独占』か……彼女の『あなたは何も知らないのね』という馬鹿にした言葉を思い出してイラっとする。
だが、今はそんなことはどうでもいいな。
「それよりもだ。なんでお前は俺が治せないっておもったんだ?」
「それは……その……僕のこの病はただの病ではなく、魔物に襲われたときに毒が入ったのが原因らしくて……治療をしてもすぐに再発しちゃうんです。だから……」
そういうとベディは肘から先のない左腕を掲げる。この世界には様々な魔物がいる。おそらく、左腕を噛まれて毒に侵されてしまい、全身に移る前に、仕方なく切断したのだろう。それでも、すでに毒は体に回っており、むしばんでいるということか……
普段は世間知らずだが、治療に関しては経験豊富なためアーサーは状況を即座に見抜く。
「以前も治療していたものが言っていたのですが、体内全体を毒がむしばんでいるため、一気に治療をするのは困難だと……」
ベディの言葉を補足するように神父が説明をする。
「読み通りだな。病の再発か……だが、それは単にそいつの腕が悪いだけだな。俺をなめるな。俺はすべてをヒールするぞ。それが体内の奥にある毒の根源であろうがなぁ!!」
「あっ……」
アーサーは世間知らずで、少し我儘なところがある少年だ。そんな彼だが、一つだけ絶対の自信を持っているものがある。それは治癒能力である。彼が彼として生きてきた中で最も重要視され、誇りに思っていた能力なのだから当たり前だろう。
プライドを傷つけられたアーサーは有無を言わさず、少年の体に触れようとしたが彼は必死に体を動かして避ける。
「いいんです。治りもしない治療なんかにお金を使うよりも、僕はみんなが美味しいものを食べてくれた方が嬉しいですから」
彼のベッドの上に広げてある本は様々な分野の本だった。そして、自分なりにまとめていたのだろう。ノートにはきれいな文字で色々と書き込まれていて……
それを見てアーサーは彼を動揺させるために煽る。
「じゃあ、それはなんなんだ? なぜ、勉強なんかしているんだ? 体が治ったときのために勉強をしているんじゃないのか?」
「それは……」
アーサーは生まれてこの方勉強をしようなんて思ったことはないし、目の前のベディの気持ちなんてわからない。だけど、難しいだろうに何個も付箋が貼られており、何度も書き直したノートを見て何も感じないほど愚かではない。
「あっ……」
ベディが動揺した隙に、問答無用とばかりに治癒魔法を発動させる。まばゆい輝きと共に、彼の体内にある病を浄化していく。
ああ、確かにこいつは厄介だな……だが、俺の敵ではない。
必死に抵抗する病魔に対してさらに力を強めていく。本来このレベルの毒の場合は治療に定期的に通って徐々に治療をする必要がある。それは単純に治療魔法の使い手の力が一気に病を治し切るだけの力がないからだ。これまで彼を治療してきた人間もそうだったのだろう。そして、この孤児院には頻繁に治療をするだけの金がなく、中途半端な治療になってしまっていたのだ。
だが、何事にも例外がある。それがこの世界でも五本の指に入るほどの治癒魔法の使い手であるアーサー=ペンドラゴンであり、貴族たちが都合よく使おうと余計なことを考えさせまいとしていた彼の能力なのである。
「え……体が軽くなっていく……」
「それだけじゃない。俺はいったはずだ。すべてを治すと」
アーサーが得意げに笑い、彼の失われたはずの左腕を偉そうに顎でしめす。
「え? 僕の腕が……切ったはずの腕が生えている!! それに動ける、動けるよ!! 体が軽いよ!! 神父様!!」
「おお、奇跡じゃ。アーサー様の奇跡じゃ!!」
「これが……アーサー様の力……」
喜ぶ二人を見てアーサーはふふんとばかりにどや顔でほくそ笑む。およそ治療に関してだけは彼は自信とプライドを持っているのである。
最初から欠落してでもない限り、彼に治せないものはない。それこそ古傷であってもだ。
「流石です。アーサー様、むやみに治療はしないとモルガン様とお話をしていましたが、やはり苦しんでいる人は放っておけませんもんね」
「あ……」
ケイのふと思い出したような言葉に一気に真っ青になるアーサー。だけど、彼は我慢できなかったのだ。自分の能力が侮られることが……そして、何よりもこんな小さな子供が痛みにずっと耐えていることが……痛みを知らない時ならばともかく、痛みを知った今の彼には我慢ならなかったのである。
「ふふふ、アーサー様はお優しいのですね。ご安心ください。モルガン様に怒られるときは一緒に怒られましょう」
「ケイ……ありがとう」
彼女の優しい言葉に感謝しながら、モルガンに文句を言われたら、自分の名前のついている孤児院の病人を治さないのは自分の沽券にかかわるのだと、こんなところに俺を派遣したお前が悪いのだとと、何とか言い訳を考えておく。
貴族は名誉を大事にする生き物だから説得力もあるだろうと必死に言い聞かせるアーサーだった。
「ありがとうございます。先ほどは失礼なことを言ったのに……治療をしていただいて……」
「気にするな、それよりも友達に報告してやれ。きっと心配をしているのだろう?」
「はい、みんなに報告してきます!!」
そして、少年が出ていくと神父が涙を流しながら感謝の言葉をアーサーに伝える。
「ありがとうございます!! ここに来ていただけるだけでなく、治療までしていただけるなんて……本当にアーサー様は聖王様のようです!!」
「はっはっはー、それほどまでじゃないさ。ケイよ、ついでに子供たちにちょっとクッキーをわけてやれ」
「なるほど……そのためにクッキーをたくさん買ったんですね!! さすがはアーサー様です。みんな喜ぶと思います!!」
ベディや神父に立て続けにほめられて気分を良くしたアーサーはいつもよりも太っ腹である。ちなみに聖王というのはこの国を作ったとされる歴史上の人物であり、品行方正で理想の王とよばれている人物のことである。信仰の対象であり、神に仕える彼の口から出るとはおべっかではなく本音ということを意味する。そんな風にほめられて良い気分にならないはずがなかった。
嬉しそうに部屋を出ているく少年と神父を見つめていたアーサーだが慌てたようにケイに言う。
「あ、俺たちが食べる分はとっておいてくれよ」
「うふふ、もちろんです」
すこし情けない言葉に、ケイは微笑ましいものを見るようにクスリと笑った。少し気恥しさを感じながらも自分の感情が高揚している事にきづくアーサー。
ベディの笑顔を見た時にお礼を言われて本当に嬉しかったのだ。こんな風に治療をしたことはこれまで何度もあった。こんな風に感謝をされたこともあった。
だけど……こんな風に自分の胸が暖かくなるのははじめてだった。
「どうされましたか、アーサー様」
彼の様子がおかしい事に気づいたのか、ケイが心配そうな顔で訊ねてくる。
「ん……ああ、それがだな……さっきの子供の笑顔を見たら俺も嬉しいって思ったんだ。こんな風に治療したのは何度もあるのに、こんな気持ちになったのは初めてなんだよ」
「なるほど……」
アーサーの言葉に一瞬考え込んだケイだったが、彼に優しく言い聞かせるように口を開いた。
「これまでのアーサー様は誰かに治療をするときは、他の方にお願いをされていたのではないでしょうか?」
「ああ……そうだな。確かに貴族から頼まれる事ばかりだったな……」
「だからですよ。今回アーサー様はご自分の意志であの少年を治療されました。だから、感謝の気持ちも誰かへのじゃない。アーサー様へのものだという実感が湧いたのではないでしょうか」
「そう言う事だったのか……」
ケイの言う通りだった。前の人生ではとりまきの貴族の指示通りに治癒をしただけであり、自分の意志でだれかを治療した事なんてなにもなかった。
「そうか……誰かを助けると、助けたほうも幸せな気持ちになれるんだな……
「アーサー様……」
初めて知った衝撃の事実に思わず言葉を漏らすと、アーサーは柔らかい感触と甘い匂いに包まれる。ケイが彼を抱きしめたのである。
「うおおお、ケイ……?」
「そうなんですよ。だから、人は助け合うんです。これからいろいろと学んでいきましょうね……」
驚く彼を抱きしめながら優しく頭を撫でるケイ。アーサーはなぜ彼女の声が震えているのか、だきしめるまえに悲痛な顔をしたのかわからない。
だけど、彼女に優しく包まれるのは嬉しかった。
元気になったベディを見た子供たちはクッキーが配られたことも加えてみな楽しそうに騒いでいた。彼らをなだめるのには、神父だけではなくケイも手伝うくらいだった。
ケイはすごいな……
ケイは彼らにも人気で、彼女にクッキーを食べさせてもらっている子までいたくらいである。心優しい専属メイドを誇らしげに見つめながら、鞄を開けるとまだ『善行ノート』が輝いていないことに気づいて眉をひそめる。つまり、まだ問題は解決していないのだ。ほかにも何か問題があるのだろうか? そこで、先ほどの少年の言葉が思い出された。
『……そんなことをしても死んじゃったら無駄だろ。大体誰に習えっていうんだよ。ここにはろくに勉強を教えてくれる人だっていないんだ』
おそらく死んじゃうっていうのは先ほどの少年のことだろう。そして、勉強を教える相手がいないというのは……
先ほどの少年のベッドを見ると、教材はそろっているようだが……
気になったアーサーは神父に声をかける。
「さっき、子供が教えてくれる人がいないっていっていたな。もしかして人を雇う金がないのか?」
「ああ、痛いところをつかれてしまいましたな……」
アーサーの言葉に神父は頬をかく。先ほどの様子からしてあまり裕福ではないようだ。それならばモルガンに相談してみるのもいいかもしれない。これは無駄遣いではないので多少は融通はきくだろう。
「金が足りないのなら何とかするが……?」
「いえ、違うんです。お金の問題ではないのです。ここで働く資格があり、働きたい人間がいないんです」
「は……?」
まるで謎解きのような神父の言葉に頭をかかることになるのだった。
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