第13話 アーサーと孤児院
市場を楽しんだ後、ようやく目的地へとついた。アーサーはクッキーを持つのを手伝うか? とケイに聞いたが『専属メイドの仕事です』とさすがに断られてしまった。
「アーサー様、こんなところにいらっしゃるなんてどうされたのですか?」
「ああ、気にするな。ちょっと様子を見てみようと思ってな」
事前にモルガンが話を通しておいてくれたはずだが、半信半疑だったようで、アーサーの訪問に孤児院の神父が慌てた様子で出迎えてくる。
何の用かって? 俺も聞きたいですとは言えないアーサーである。
実際の所はなんかモルガンが勝手に納得して勝手に孤児院に行くことになったのから聞かれても困るというのが本音である。
「すごいですね……ここの孤児院は『アーサー孤児院』っていうんですね。アーサー様の名前と一緒なんで素敵です」
「そうなのです、ここはアーサー様の生誕を記念して作られたのですよ。だからといって、あのアーサー様が本当にいらっしゃると聞いた時は感動のあまり泣きそうで……ありがとうございます」
そういう神父はアーサーを見て本当にその目に涙をためている。よっぽど嬉しかったのだろう。だが、それも無理はない。
本当の性根こそあれだが、彼の治癒能力の高さは教会関係者の中でも有名であり、このように神格化してみている関係者も多いのだ。
そして、アーサーはというと……
そんな孤児院あったのか!?
全く持って初耳である。いや、本当は初耳ではなかったのだろうが、興味ないと聞き流していたのだ。そして、彼はただ自分が顔を出すだけで、こんなに喜んでもらえることに困惑をしていた。
「何を言っている。俺とて、自分の名前が付けられている孤児院なのだ。興味がないはずがなかろう。これからも頼むぞ」
「はい!! ありがたきお言葉、ありがとうございます!!」
「うふふ、アーサー様すごいです!!」
知ったかぶりだというに、今にも感動で泣き出しそうな神父と、その様子を見て、尊敬の念を込めた視線をケイに向けられてアーサーは嬉しさのあまりニヤニヤとしてしまいそうなのを必死にこられる。
なんだこれ、ただ来ただけでこんなに感謝されるものなのか? 俺ってすごくない? ただ、存在するだけで善行ポイント溜まりまくるんじゃないか?
と、非常にご機嫌であった。そりゃあ、彼とて感謝をされたことがないわけではない。だけど、治癒魔法を使ったわけでもなく、こんなに喜ばれたのははじめてだったのだ。
「こういうのも悪くないな……ごはぁ」
そんなことを思いながら扉を開けた瞬間だった。顔面にすさまじい衝撃を感じたとともに嫌な音が響く。
「アーサー様!! 大丈夫ですか?」
「こら、誰だ。バケツを投げたのは!! アーサー様お許しを!!」
ふらついたアーサーに心配そうにケイが寄り添い、神父が顔を真っ青にして子供たちをしかりつける。なにせ、相手は第二皇子である。最悪孤児院の取り潰しすらも考えられるし、子供は処刑されることだってありえるのだ。
子供たちも見慣れな立派な服を着た人間にバケツをぶつけてまずいことをしたとわかっているのか、震えている。
「ふふ、まったく子供たちは元気だなぁ」
だが、みんなの予想に反してアーサーは何事もなかったかのように笑顔を浮かべていた。これは別に彼が突然温厚になったというわけではない。普段の彼だったらふざけんなクソガキ!! とぶちぎれていただろう。
だが、今の彼はモルガンに尊敬の目で見られた上に、神父にも来ただけで喜ばれてちょっとうれしかったのだ。そして、極めつけはこっそりと潜ませている『善行ノート』にある。
それは昨晩のことだった。モルガンの所から戻った彼が机の上にで見たのは光り輝く『善行ノート』だったのである。そして、そこには???とあった部分に『孤児院の問題を解決せよ』と青い文字で書いてあったのだ。
つまり……この孤児院でおきている問題を解決することができれば、彼はギロチンフラグから逃れることができるのである。
そうとわかっていれば笑顔も浮かんでくるものである。きわめて自己中心的な笑みを浮かべながら彼は申し訳なさそうにしている子供たちにいう。
「みんな知ってるか? バケツはな。ぶつかると痛いんだぞ。遊ぶのはいいけど気を付けような」
「「はーい」」
「アーサー様……なんとお優しい……」
「まさに聖人じゃ……儂はこの孤児院で働けて幸せに思いますぞ……」
ケイが感嘆の声を、神父がアーサーの偽りの器の大きさに感動して涙を浮かべる。かつてのアーサーを知るものがいれば……例えばモルガンあたりが一緒に行動していれば、流石にぶちぎれないのはおかしいと思う所だが、幸いにもケイはまだ、彼と接した回数がすくなく、神父はわざわざ孤児院に足を運んでくれる慈悲深い王族というフィルターがかかっているため、素直に感動していた。実に節穴である。
そして、素直に返事をする子供たちに気をよくしたアーサーは言葉を続ける。
「それとちゃんと勉強をするんだぞ。そうすればきっと立派な人間になれるからな」
もちろん、これも彼の言葉ではない。幼少の時にろくに勉強をしなかった彼にモルガンが注意した時の言葉である。自分ができないことを他人には躊躇なく言える男アーサーである。
「……そんなことをしても死んじゃったら無駄だろ。大体誰に習えっていうんだよ。ここにはろくに勉強を教えてくれる人だっていないんだ」
「こら、イース!!」
「だって……こいつ、いきなり来て偉そうな事を言って……勉強したくてもずっと痛みで苦しんでいる人間だっているのに……」
一人の少年が声を上げる。彼から見れば大人であるアーサーにも一切ひるまずに睨みつけてくる様子にただならぬものを感じ、守るようにケイがアーサーとの間に入ろうとしたが、彼はイースと呼ばれた少年の方に足を進めた。
一瞬びくっとするイース。だけど、アーサーの言葉は予想外のものだった。
「痛みで苦しんでいるか……、そいつの元に連れていけ。治療しよう」
「アーサー様!! まさか、私の時と同じように……」
「そんな!! あなた様の貴重な奇跡を私達平民に使うなんて恐れ多すぎます!!」
慌てふためくケイと神父だったがアーサーは気にしない。彼は元々我儘な皇子なのである。
「だってさ、痛いのは痛いんだ。ましてやずっとなんて辛いに決まっている」
かつての彼だったら気にもしなかっただろう。だけど、彼は……アーサー=ペンドラゴンはもう痛みを知っている。ましてや、苦しんでいるのはおそらく自分よりも年下の人間なのだ。
牢獄での苦痛を思い出して、アーサーは苦いものを噛んだように顔をしかめるのだった。
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