第12話 アーサーという少年
前の人生でアーサー=ペンドラゴンという男は冷酷な男だと民衆に言われていた。王族という民衆とはあまり接する機会がない立場でありながら、そう言われるようになったのはとある事件がきっかけだった。
「今日もありがとうございます。アーサー様、あなたさまのおかげで、伯爵の命は助かりましたぞ」
「ふん、あの程度の病、俺の力の前ではないも同じだ」
「いやいや、あの病は聖女すらも匙を投げたのです。流石はアーサー様でございます」
その日もアーサーはゴーヨクから依頼されて、治療を終えた帰りだった。彼のおべっかにまんざらでもない笑みを浮かべながら馬車に乗ろうとした時だった。
「アーサー様!! あなた様はどんな傷でも治せると聞きました。私の息子の病を治してください!! この子はまだ五歳なのに痛みに苦しんでいるんです!!」
「うう……」
みすばらしい服を身にまとった女が泣いている子供を抱えながら彼の前に駆け出してきたのだ。
無礼な態度にアーサーは眉をひそめるも、女の必死な表情にどうでもいいが助けてやるかと治癒能力を使おうとした時だった。
「貴様!! アーサー様に失礼であろう!! だいたいこの御方の力は平民ごときに使われるものでは無いんだ。お前ら、この女を捕らえろ!!」
「おい……俺は別に……」
「アーサー様、ご自分の力をご自覚ください。あなたは特別なのです。特別な力は特別な人間にのみ使われるべきなんです」
「むぅー、そういうものか……」
アーサーは怪訝な顔をしながらも、ゴーヨクの言う事に従う。ゴーヨクは彼が幼い時からの付き合いであり、世間知らずな事もあり、納得してしまったのだ。
それにこういうことは初めてではなかった。
なにかを叫んでいる女を見て、不思議と胸がざわつくのを無視しながら馬車に乗ろうとしたときだった。
「なにが聖王の生まれ変わりだ!! 貴族しか治療しない権力の犬め!!」
その言葉と共に一人の男が大声をあげて、アーサーに向けてボウガンを放つ。慌てて護衛の騎士達が取り押さえるがもう遅かった。その矢はアーサーの隣にいるゴーヨクに向かって行き……
「ひぃぃ!!」
「大丈夫か? まったく……武器を他人に向けてはいけないということは俺だって知っているぞ」
悲鳴を上げるゴーヨクを庇って広げたアーサーの手にささるが、彼は表情を一切変えないでその矢を引き抜いた。すると、不思議な事にその手のひらには傷一つない。
即座に再生したのである。
「アーサー様ありがとうございます。流石ですな……」
「別に気にするような事ではない。お前らは傷を負うと痛いんだろう?」
何事もないようにして、馬車に乗ったアーサーに民衆の不気味なものを見るような目が集中する。そう、アーサー=ペンドラゴンは圧倒的な治癒能力を持って生まれ、しかも、自分は即座に傷や病が治るのだ。その上、痛覚というものがないのである。
痛みは危険信号である。怪我も病も危険ではない彼には、痛覚がないのだ。彼が痛みを感じるとしたら、それはその強力な魔力を封じられたときだけであろう。
騒動もおちついて、走る馬車の中でアーサーはふと気になったことを貴族に問う。
「あの男はどうなるんだ?」
「そうですな、未来の王を傷つけたのです。もちろん、処罰をあたえますぞ」
「そうか……まあ、たいしたことなかったのだ、大ごとにしなくていいからな」
「はっ!! 少し痛い目にあってもらうだけですよ」
「痛い目か……そうか、ならいいな」
先ほど説明した体質の通り、アーサーに痛いというのはわからない、だけど、昔乳母が転んで泣いていた兄に「痛いの痛いのとんでいけ」と言っていたのは覚えている。
簡単に飛ぶくらいならば大したことではないだろう。アーサーはそう思って許可をするのだった。
後日アーサーを襲った男が全身傷だらけの状態で発見され、アーサーは冷酷な男だと、いう噂が広がり、革命のきっかけの一つになったのは別の話である。
「うおおおおお、すげええ!! 人がいっぱいだぁ。始めて歩いてみたけど結構活気があるな」
孤児院に向かうためにアーサーとケイは城下町を歩いていた。ずっと城で生活をし、移動も馬車だった彼にとってこの光景はとても新鮮にうつる。
そして、それは彼が人生をやり直していることも関係している。以前の彼は他人に興味もなかったが、一度地獄を味わって……ケイの優しさに触れたりなどして、他の人間に興味を持ち始めたこともあり、様々な人が生きている光景は興味深いのだ。
きょろきょろとあたりを見回しているアーサーにケイが微笑ましそうに笑みを浮かべる。
「アーサー様、はしゃぎすぎですよ。城下町は初めてなんですよね。では、私が案内します。迷子にならないように手をつなぎましょう」
そう言ってケイがアーサーの手を取って歩く。完全なるおねえさんムーブである。そして、アーサーの方も、街を歩くのは初めてという事もあり、専属メイドと主人はこんな風に歩くのかとあっさり受け入れる。
なんだこれ……香水か? 甘い匂いに、暖かい手に包まれると不思議なきもちになるな……
などど女性慣れしておらず、初めての体験とケイの手の柔らかい感触にちょっとドキドキはしているのだが……
「なあ、ケイ。あれはなんだ?」
アーサーの指を差した方向には何やら香ばしい香りをあたりに充満させている吊るされた肉の塊らしきものをうっている屋台が目に入った。
「ああ、あれですか。露店ですよ。ああやって目の前で調理して作ってくれるんです」
「そんなものがあるのか、そう言えば聞いたことがあるな」
見慣れない光景に目を輝かせるアーサー。彼にとっての料理というのは専属のシェフが作り、それが運ばれてくるのを待つだけだった。そして、牢獄に入った時はゴミみたいなものが、運ばれてくるくらいだったのである。
屋台でできたての料理を食べるのって不思議とすごい美味しいんですよ。
そう話してくれたのも牢屋で彼の身体をふいてくれていたケイだった。あの時いつか食べてみたいと願ったものだ。
「食べてみたいな……」
「もう、ダメですよ。アーサー様は先ほどお昼を食べたばかりではないですか? 食べすぎは健康に悪いんですよ」
「えーでも、ちょっとだけなら……」
「ダメです。アーサー様のお体の事を思って言ってるんですからね。そのかわり、今度こっそりと買ってきてあげますから」
「はーい」
お姉さんっぽく注意をするケイの言葉に素直に従って諦める。はたから見ると聞き分けの無い弟と、しっかり者の姉であり、彼らの関係が王族と専属メイドだとはだれも思わないであろう。
マリアンヌや他のメイドたちが見たら卒倒しかねない光景だが、ケイはちょっとした勘違いをしているし、ちゃんと注意をしてくれる相手が時々会う兄くらいしかいなかったアーサーも悪い気はしていないので問題はないようだ。
こんな風に意見を否定されるのはあんまりないが……悪くないな……。
モルガンの時は言い方にいらっとしたものだが、ケイの口調は柔らかいし、こちらのことを心配してくれているのが分かるので嫌な気はしない。
それに、自覚はなかったが、無意識に彼はこういう風に言ってくれる人を求めていたのかもしれない。あまえたがりの素質があったようだ。
しばらく歩くと、ほんのりと甘い香りが漂ってきた。
「あれは知ってるぞ、クッキーってやつだろう」
話に聞いていた屋台を見たアーサーはテンションがあがり、次の屋台を指さした。そこにはごく美味しそうなクッキーが並べられており、子供たちが嬉しそうに物色している。
「うふふ、アーサー様は博識ですね。流石に食べた事はないと思いますが、貴族の方々が食べるようなお菓子と違いクリームなどがないので甘さは物足りないもしれませんが、あれも中々美味しいんですよ」
「ああ、知っているよ」
そう、アーサーは知っている。前の人生で牢獄につながれた時に『私の好物なんです。いつか、これをお腹いっぱいに食べるのが夢なんですよね。お口に合うかはわかりませんが、よかったらどうぞ』と彼女がこっそりとくれたのだ。それは王族の彼が口にしていたお菓子と比べてずっと質素な味だったけど、革命が終わったばかりで、彼女も裕福ではないだろうに、彼女がアーサーのためにくれたそれはとても美味しかったという事を覚えている。
彼は屋台に近付いて、クッキーを見つめると、傍に控えている彼女に金貨を渡す。
「これで好きなだけ買うといい、ケイはクッキーが好きなんだろ?」
「アーサー様、渡しすぎです!! これではお店のやつが全部買えちゃいますよ!!」
いきなり、大金を渡されてケイが慌てる。これは彼女の一か月分の給料である。確かにクッキーはぜいたく品ではあるが、あくまで平民にとってである。これだけの金額があれば比喩でなく、買い占めてしまえるだろう。
「日持ちするんだろう? よかったらこれにあう紅茶をいれてくれ、あとで一緒に食べよう。それとケイの家族や他の人にくばってもいいぞ」
「アーサー様も召し上がるのですか……これはその……貴族の方の口には合わないかもしれませんが……」
慌てて断ろうとするが、アーサーが善意で言ってくれていることと、彼が興味を持っている事に意外性を感じてどう答えようか悩む。
「そんなことはないさ。実は以前食べて美味しかったんだよ。それにケイの好物を知りたいんだ。ダメかな?」
アーサーが少し恥ずかしそうにはにかみながらそう言うと、ケイは一瞬驚いたように目を見開いた後ににこりと笑った。
その様子が可愛らしくて、ケイの母性本能がくすぐられたのはここだけの話である。
「わかりました。では、お言葉に甘えて買いましょう。ただ、金貨全部だと、持ち運ぶのも大変なので半分くらいにしますね」
彼のちょっと不器用な優しさを感じたケイは店主からクッキーを買うために声をかけた。思ったよりも量が多く、持ち運ぶときに後悔したのはここだけの話である。
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