第10話 アーサーとモルガン
「それは……」
驚愕の声を上げているモルガンを見て器の小さいアーサーは無茶苦茶調子に乗っていた。前世ではいつも自分のことを馬鹿皇子などと言っていた彼女が驚くのを見ていると何とも心地が良い。そう、アーサーはとっても器が小さい男なのである。
「……ちょっとは考えているようね。では、治癒能力を使わないであなたにできることはなんだと思うの?」
「そうだな……俺は第二皇子な上に治癒能力持ちだ。わざわざ俺が何かしなくても、俺の関心が欲しいために媚を売ってくる貴族たちを利用するとか色々とあるだろう? 例えばそいつらがじゃぶじゃぶとつかっている無駄金を、民衆のために使わせるんだ。悲しいことにこの国には様々な問題があるからな。俺がそれらの問題に興味があるように思わせて、遠回しに援助を求めれば誰かしら協力してくれるやつはいるだろう」
アーサーの言葉に彼女の先ほどまでの冷たい視線が徐々に熱を帯びていく。
「ふぅん……では、アーサー皇子。今、王国が抱えている問題というのはどういうものかわかるかしら?」
彼女が彼をアーサー皇子と呼んだのは初対面以来だったろう。そして、彼女の目にわずかに尊敬の念が宿ったのを彼は見逃さなかった。
やっべえ、すげえ気持ちいい!!
かつて自分をずっと馬鹿にしてきた彼女の敬意に満ちた瞳に気を良くした彼はついついしゃべり続ける。
「あたりまえだろう。数を上げればきりはないが……最も大きなものは民衆と貴族との格差の問題。騎士による特権の大きさの問題、そして、食料問題などもあるな。そして……治療魔法の一部の独占だな……そして、それを解決するためには……」
もちろん、これはアーサーが考えた意見ではない。かつてのモルガンがこの国を良くしようと彼やほかの貴族たちに訴えていた意見である。
「あなた、そこまで見ていたっていうの? 私よりも具体的じゃないの……」
モルガンが感嘆の吐息を漏らすが別に驚くことではない。記憶の片隅にあったモルガンのアドバイスを元に、散々『善行ノート』を読み込んでこれから起きるであろう未来を知っているアーサーは、より具体的にそれっぽく言っているだけである。
そう、これはカンニングである。言うなればテスト問題と解答を片手に、ここがテストに出ますよといっているようなインチキである。そして、それは、今のブリテンでは普通の人間に話しても、そんなわけはないと一笑されるようなものだった。
「なるほど……だから、あなたは民衆と貴族との格差の問題を解決する一歩として、平民を専属メイドにしたっていうことなのね……そして、私の元に来たのは改革の一歩を踏み出す準備がととのったということかしら」
何やらぶつぶつと勝手に話を進めて納得するモルガン。彼女は天才だった。だからこそ、アーサーが言っていた問題がおきることを薄々だが、予見しており、より具体的な意見を持つ彼に驚愕をすると共に敬意を抱くのは当然のことだったのだ。
「普段貴族の言いなりになっているふりをしていたのは油断させるつもりだったのね……これまでの無礼をお許しください。アーサー皇子……私は自分だけがこの国を未来を憂いているなとどうぬぼれていたみたいね……」
モルガンがこれまでの態度が嘘のように敬意に満ちた目で見つめ、アーサーに頭を下げるのを見て、彼は何かいけない性癖に目覚めそうになる。だって、これまでこちらを馬鹿にしていた彼女がこんなに自分を尊敬に満ちた目で見ているのだ。気持ち良すぎる。
ケイが扉の外にいなければ「ふははは、俺にひざまずくがよい!!」と大声で言っちゃうくらい調子に乗っていた。だけど、それも彼女が次の言葉を発するまでだった。
「あなたの考えはわかったわ。だけど、第二皇子であり治癒能力を持つアーサー皇子だけど、将来的にどうなるかはわからないけど、今は王位継承者にすぎないし、独断で改革を進めるだけの権力はないと思うわ。それだけの権力を得るには貴族や民衆から注目を集め、発言力を高めることが必要だとわかっているのでしょう。だから、私に本心を打ち明けて、私の……『アヴァロン』の情報網と人手を使って、誰かを助けて協力者を増やしていき権力を高めていこうということね」
「……??」
アーサーの意図を得たとばかりにモルガンはにやりと笑う。アーサーからしたら何笑ってんだという感じだが、ようやく理解者を得たと勘違いしている彼女の言葉は止まらない。
「あなたが言った未来における問題を解決するための発言力を得るためにやるべきこと……私もいくつかは、考え付くけど、あなたの意見を教えて。アーサー皇子はどのようなことをして、発言力を高めるつもりなのかしら? 私もできる限りの協力はするわよ」
初めて見る彼女の自分を尊敬するような微笑と仲間を得たという嬉しさに満ちた柔らかい感情に彼は言葉を失う。
やっべえぇぇぇ、そうだぁぁぁぁ!!
彼女が前の人生で語り、何とかできるように考えろと言ったことはアーサーが後継者に勝ってからの話である。
今の彼はただの第二皇子であり、王位継承権こそあるものの後継者として確定したわけではないので、何かを思いついても実行に移せるだけの影響力はないのである。
もちろん、アーサーはモルガンにどや顔をしたいだけで、細かい事は考えていなかった。そもそも彼が動いたのも善行ポイントを稼いで助かりたいだけであり、ブリテンの未来なんて考えていなかったのだ。そんな彼に意見なんてあるはずもない。
だが、このまま実はなんも考えていませんでしたーー!! と土下座すればゆるしてもらえないだろうか?
「……どうしたのかしら?」
何も言わない彼にモルガンの瞳が一瞬うたがわしさの色が映る。『実は未来のモルガンの意見をパクりましたーてへへ、ぺろ』とか言ったらどうなるだろうか? 馬鹿にしているのかとぶちぎれられそうである。
こいつ怒ると怖いんだよなぁ……
以前なぜかこれ見よがしに『拷問百科』という本を読んでいるのを見せてきたのを思い出して全身を寒気が襲う。
それにだ……こいつは昔から彼に王族らしくあれと訴えてきた。
そして、こいつだけだったのだ。国が傾いてもアーサーと共にこのブリテンを復興させようとしていたのは……婚約者ではあったけど、自分と彼女の間に愛情はなかったと思う。だけど、モルガンだけがアーサーを常に叱咤激励し、とある事情で婚約破棄をさせられた後も貴族として最後まで彼の元にいてくれたのだ。
あの日々は正直地獄だった。それまでこちらにこびへつらっていた人間が冷たくしてくるのを何度もあった。こっちの話なんてはなから聞く気などなく、馬鹿にしてくるだけのやつらがたくさんいた。
お前はこんな状況でもずっと頑張っていたんだよな……
だからだろう自己満足かもしれないが今ここで彼女を失望させたくないと思ったのだ。だから、アーサーは考える。彼女はかつて自分にどうしろと言っていた?
「孤児院……」
それは彼女がいつの日か言っていた言葉だった。孤児院をどうにかしろと言っていた気がする……どうだっけな……アーサーが必死に頭を回転させていると彼女は目を輝かせたのだ。
「なるほど、確かにあの孤児院の活性化は有用ね!! 流石よ、アーサー皇子、早速手配するわ」
「ああ……頼むぞ。ありがとう」
ついぽつりと言った言葉に満面の笑みを浮かべるモルガンにアーサーは冷や汗をかきまくって脳内クエスチョン状態なのを隠して笑顔をうかべると、なぜか、彼女はもじもじとして迷った末に口を開いた。
「いえ、こっちこそ、あなたのおかけで助かったわ。アヴァロンを継いだばかりの私には、情報網と、人手はあるけど、要求を通すだけの権力がなくて途方にくれていたんですもの。これで……あなたが権力を得ることができればこの国をかえることができるはずよ。それと……」
彼女は言葉を一度きって、唇をゆがめた。
「さっきはゴーヨクよりも私を信じてくれてありがとう。嬉しかったわ」
そういうとなぜかモルガンは顔を赤らめるのだった。なにこれこわいんだけど……などと失礼なことを思うアーサーだった。
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