第9話 アヴァロン

城の中心部から少し歩いたところにそれはあった。扉の中では何人もの文官がせわしなく働いているのが見える。



「アヴァロンか……懐かしいな……」

「はい、困った方に関しての情報を得るならばここが一番良いかと思いまして」



 ここは国の機関で行政をつかさどる機関『アヴァロン』である。貴族達の間でおきた問題はもちろんのこと王都に住む領民たちの意見もここにあつまるのである。

 もちろん、ここのことは彼の頭にもよぎっていた。だけど、できれば来たくはなかったのである。



「さて、どうするか……」

「そうですね……責任者の方に聞けば力を貸してくれるかもしれませんよ」

「責任者か……」



 アヴァロンの責任者という人間にアーサーは心当たりがあった。というかぶっちゃけ苦手だった。やっぱり帰ろっかな……と思ってしまうくらいに……

 そう、アーサーは決して善人でない。民衆のために自分を犠牲にしようと思うような人間ではないのだ。ケイの時は彼女に恩があったからこそ優しくしただけに過ぎない。見知らぬ人間のために進んで嫌な思いをしたいかというと……とても微妙である。

 善行ポイントを稼ぐ方法は他にあるんじゃないだろうか?



「そういえばあいつ牢獄にいったらしいぜ」

「ああ、あの剣鬼……ランスロットだっけか……色々とやらかしてたからなぁ。当然じゃないか? ひょっとしたら処刑されるかもしれないな」



 その時だった。役人たちの雑談が彼の耳に聞こえ、地下牢で過ごした時の記憶とギロチンの感触が思い出されて体がぶるっとするのを考える。



「大丈夫ですか、アーサー様?」



 顔色を悪くする彼を心配するケイの言葉で彼女に人の役に立ちたいと言ったときの喜んでくれた笑顔が思い出される。

 ギロチンは嫌だ!! それにこの笑顔を裏切れるかよ!! ギロチンへの恐怖と恩人の期待を裏切りたくないという気持ちが彼を前へと進ませる。

 そして、俺はケイに外で待ってもらい室長室へと向かう。



「貴様!! 私をアーサー皇子の教育係から外した上に、処罰するとはどういうことだ!!」



 室長室を開けると、そこには輝くような銀髪に鋭い目つきの美少女モルガンと、中年のでっぷりとした高価なアクセサリーを身に着けたゴーヨクが言い争っていた。



「ですから、あなたがアーサー皇子のお金を使い込んでいた証拠はすでにつかんでいるのです。慌てて、証拠を隠滅しようとしたようですが、遅かったですね。使用人にも優しておけばあなたの未来も変わったかもしれませんよ」

「な……あいつら、まさか……」



 冷笑しながらモルガンが、ゴーヨクにみせびらかすようにして書類の束を机の上に置くと、彼の顔色が青くなっていく。


 なにこれ、こわい……とんだ修羅場の最中に来てしまったようだ。


 というか、ゴーヨクが教育係を外されるなんてことは前の人生ではなかったぞ。俺が驚いていると、モルガンと目があい……彼女がにやりと唇をゆがめた。



「おや……ちょうどいいタイミングで来客がいらっしゃったようですね」

「アーサーさまぁぁぁ助けてください!! この女が私をはめようとしているのですぅぅぅぅ!!」

「うおおお!!?」



 アーサーの存在に気づいたゴーヨクが半泣きになりながら、しがみついてきた。先ほどまではモルガンに怒鳴っていたというのに涙目でこちらに訴えてくる姿は、かわいそうな被害者に見えるから相変わらずすごい演技力である。

 


「モルガン……詳しい事を説明してくれるか?」

「はい、この男があなたの私財を私物化していたので、その証拠を見せて話していたところです。すでに、司法の方にも報告書を提出しています。このまま何もなければこの男は裁かれるでしょう」

「アーサー様!! 私はこの女にはめられたのです!! あなたが幼少の時から面倒を見てきた私がそんなことをするはずがないでしょう!! あなたならば私を助けれるはずです!!」



 確かにそうだ。王族である彼ならば、この程度の証拠ならば簡単にもみ消すことができるだろう。それだけ貴族や王族の権力は絶大であり……前の人生でモルガンが問題視していたことなのだ。



「なるほど……どちらかが嘘をついているという事か……」



 二人の視線がアーサーに集中する。ゴーヨクは散々自分を利用したのだ。前の人生では気にも留めなかったが悪い噂もよく流れていた。

 おそらく、今回の件の事だけでなく、アーサーを利用し続けていたのだろう。そして、モルガンは確かにむかつくが、間違ったことは言わなかった。どちらを信用するかなんて決まっている。

 アーサーがゴーヨクににやりとほほ笑えむと、彼は救われたとばかりに声をあげる。



「ふん、小娘が調子に乗りおって!! 城を追放されるのは貴様の方だ!! さあ、いってやってください、アーサー様」

「モルガン……」

「はいなんでしょうか?」


 無表情にこちらを見つめてくる彼女にアーサーは命令をする。



「部下を呼んでこの男をとらえろ。そして、こいつの館や取引のある人間を徹底的に調査しろ」

「は、わかりました。お任せください」

「な……アーサー様、なんで!! 私は……」

「俺を散々利用しようとした……だろ?_」



 ゴーヨクに最後まで言わせずにアーサーは冷たく言い放つ。すると彼は一瞬顔を歪め、即座に逃げ出そうとする。

 まずい、外にはケイがいる。人質にされたら大変だとアーサーが慌ててゴーヨクを捕まえようとした時だった。



「氷の蔓よ、咎人を捕えよ」



 冷たい声色とと共に魔法が放たれて、扉の周囲に氷の蔓が生まれ、ゴーヨクを拘束すると彼の体が凍っていく。



「あ…あ……」

「まったく……醜い氷像ね」



 さすがに命までは奪っていないだろうが苦悶の表情を浮かべて凍り付いたゴーヨクを見てモルガンはそんなことをいいやがったのだ。

 こええ……!!

 


 そして、凍り付いたゴーヨクをモルガンの部下が慣れた感じで運んでいき二人っきりになる。すると彼女は先ほどとは違ういつものくだけた口調でこういった。



「それで……何の用なの? あなたがここに来るなんてはじめてじゃないかしら、アーサー。」



 そりゃあ、前の人生ではなるべく関わらないことにしていたのだから当たり前である。


 こいつに頼れば嫌味を言われるのはわかっていたからな。別に逃げていたわけではない。俺はモルガンがこわいわけではないし、二回目の俺ならば口でも負けはしない。そう……彼女を口で言い負かすのが申し訳ないから避けていただけだけである。


 と脳内で言い訳をして小物っぷりを発揮するアーサー。そして、彼女を見つめながら要件を伝える。



「俺でも誰かの役に立ちたいと思ってさ……そのために力を貸してもらおうと思ってな」

「へぇー、あなたがそんなことを言うなんてね。ようやく、私の言うことを聞く気になってくれたのかしら?」



 彼女はふっと冷笑を浮かべた。そして、それを見てああ、こいつのこの態度が懐かしいなと彼は思う。



 今は婚約者でなくただの幼馴染である彼女は、大貴族の令嬢であり、父の死と共にこのアヴァロンの長となったのだ。しかし、きついもの言いと融通が利かないところもあるため、他の貴族にどんどん疎ましく思われて閑職に追いやられていくのだ。

 


 だけど……こいつのいう事はいつも正しかったんだよな



 話をロクに聞かないアーサーにいつも幼馴染として、婚約者となってはより口うるさく忠告してくれていたのだ。ある時は『あなたねぇ……王族なのに自分の身に着けているものの金額もわからないの? それを節約するだけで何人の領民が貧困から助かると思うのよ』と注意をしてくれた。彼が領民が飢えていると聞いたときに『パンがなければケーキを食べればいい』と言ったときも、『あなたねぇ……パンもケーキも小麦粉でできてるのよ。あなたの頭にはクリームでもつまってるのかしら?』と助言を……


 いや、やっぱり口が悪すぎてムカつくな!! この女!! 感謝の気持ちよりも怒りが勝ったアーサーは何とか彼女を言い負かしてやりたくなる。

 そして、こいつは一つ勘違いしている。おまえの言うことを俺が聞くじゃない。お前が俺の言うことを聞くんだよ!



「気まぐれかもしれないけど、その心がけはいいことだと思うわ。でもあなたのことだからどうせ、けが人や病人を片っ端から治せば良いとか思ってるんじゃないの?」



 どこか試すような彼女の言葉にアーサーはにやりと笑って言った。



「何を言っているんだモルガン。俺の力は、安易に使えば安く見られるし、依存もされる。そして、最終的には俺を利用しようとするものに良いようにつかわれるだろう。何よりもその力には回数制限があるんだ。無駄うちなんてできないさ。俺は特別な人間にしかこの力を使わないさ」

「な……そこまで考えて……」



 彼がどや顔でかつてモルガンにいわれた言葉を言うと信じられないとばかりに彼女は目を見開くのだった。

 そして、彼はかつてモルガンに言われた言葉をまるで自分が思いついたかのように続ける。



「そんな治癒能力よりも、俺の第二皇子としての権力を使った方がよいだろう? 」

「それは……」


 さらに驚くモルガンを見て、アーサーはキメ顔をするのだった。実にうざい。

 

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