第8話 困っている人を探そう
「なあ……専属メイドってここまでするものなのか?」
「はい、もちろんです。私は専属メイド(姉)ですからね。アーサー様のお食事のメニューもチェックさせていただきます。放っておくとすぐお肉ばかり食べるでしょう? あ、ピーマンを残してはいけませんよ。ちゃんと食べなきゃ大きくなれません」
苦手なピーマンを弾こうとしていたらしかられてしまったアーサー。
「うう……わかったよう……」
それはかつてではありえないことだった。アーサーの事をこんな風に叱る人間はいなかったし、仮にいたとしても、不敬であると次の日には取り巻きによって、彼の知らないところで城を追放されていただろうから……
だけど、目の前のアーサーは注意をされながらも、どこか嬉しそうである。
そして、彼女の世話焼きっぷりは、食事だけではない。着替えのお手伝いから、お風呂に入るのをさぼろうとしている彼を叱ったりと様々だ。
そのこともあり、城内の中でもアーサーのイメージは変化しつつあった。
あれ、アーサー様って結構親しみやすいのでは……? と……。
そして、お昼を食べおえたアーサーは、中庭で日光を浴びながら『善行ノート』を片手に唸っていた。そんな彼にケイはリラックス効果のある紅茶を淹れながら訊ねる。
「どうしたんですか、アーサー様。悩みがあるなら遠慮なく言ってくださいね」
「そうだな……じゃあ、さっそく質問があるんだがいいか?」
「うふふ、お任せください、私はアーサー様の専属メイドですから」
「ありがとう……それでさ、困っている人を助けたいんだ。どうすればいいんだろう?」
頼られたことを嬉しそうに笑うケイにアーサーは善行ポイントをためるに為に彼女の知恵を借りることにする。
善行ノートのことは伏せつつ人に感謝されるようなことをしたいと伝えた。
「アーサー様……素敵ですね!! ノブレス・オブリージュというやつですね、立派に育ってくれて、専属メイド(お姉ちゃん)として嬉しいです」
「あ、ああ……ありがとう」
いや、別にケイに育てられた覚えはないのだが……と思ったが、彼女に褒められるのは悪い気がしないアーサーは黙っていた。ちょっと空気を読めるようになったのである。
「昨日もみんなに何か困ったことはないかと聞いたんだが、特にないと言われてしまってな……誰も困っていないのは素晴らしいことなんだが、俺は誰のために動きたいんだよ」
「あー、そういえば、アーサー様が変わったことをしているから気をつけろと同僚に言われましたね……そういうことでしたか……」
何か聞き覚えがあるのか、ケイが少し眉をひそめる。その様子に気づかないアーサーはケイに誇らしげな顔をして言った。
「だから、今日もこれから貴族たちや使用人に何か困っていることはないかと聞いてみるつもりなんだ。ケイも付き合ってくれるか?」
「アーサー様、それはおすすめできません。使用人たちは誰も困っているとは言えないでしょうし、貴族たちも同様です。それに、最悪、アーサー様の善意が利用される可能性もあります」
「え? なんでだ?」
本当にわからないという顔をしているアーサーにどう説明しようかとケイは悩む。貴族の思い付きで振り回されるのは使用人たちによくあることであり、それが原因で職を失ったり、ひどいときは処刑されることもあるのだ。それゆえ。専属メイドや貴族出身の使用人以外は彼らは基本的に必要以上にかかわらないようにしているのである。
これも貴族と平民の身分が違いすぎるが故の弊害であり、他の貴族たちもわかっている暗黙の了解のようなものなのだが、世間知らずのアーサーはそんなこと知るはずがなかった。
だが、ケイとしてもせっかくのアーサーの善意を無駄にはしたくなかった。だから、彼がわかりやすいように説明を試みることにした。
「そうですね……アーサー様は王族であり、治癒魔法の使い手という特殊なお立場なんです。だから、みんなにとってアーサー様はあまり関わることができないので、よく知らないんです。知らない人に、いきなり親切にされたり、物をもらったりしたらなんでだろうってなりませんか? それと一緒です。何かお返しをしなければいけないんじゃないかと、みんな警戒してしまうんです」
「そうか……? 俺はよく知らん貴族に宝石とか、自分の領地の名産品などをもらうぞ」
「そうなんですね……さすがですね……」
ケイの説得は無駄に終わった。アーサーの常識と平民であるケイの常識は違いすぎたのだった。だけど、彼の専属メイド(お姉ちゃん)となった彼女は何とかわかってもらおうと頭を働かせる。
そんな彼女の心情に気づいていかアーサーは申し訳なさそうにいう。
「だけど、俺にはなんでダメなのかわからないけどさ、ケイがダメって言うならほかの方法を取ろうと思う。だから、どうすればいいか別の方法を一緒に考えてくれないか?」
これは前の人生の彼を知っている人間がいたら信じられない言葉だった。彼は今、他の人間の気持ちを知ろうとしているのだ。
前の人生では捕まるまで一切考えなかったそのことを……
「アーサー様……」
彼の真剣な表情で紡がれる言葉にケイは胸が熱くなるのを感じた。もちろん、彼女はアーサーが二回目の人生を過ごしていることは知らない。だけど、彼の言葉や表情から自分への強い信頼を感じたのだ。
そして、それは彼女にとっても嬉しく思う。
「わかりました。これから一緒に学んでいきましょうね、アーサー様」
「ああ、ありがとう。これからも変なことを言うかもしれないがいろいろと教えてくれ」
「もちろんです。たくさん頼ってくださいね」
アーサーとケイは見つめあって笑いあう。その様子が何ともかわいらしく、ケイのアーサへの姉心はどんどんと上がっていく。
「そうだ……私ではいいアイデアが浮かびませんが、困っている方がたくさんいるところならあてがあります」
「本当か!!」
アーサーが嬉しそうに声を上げるとケイは笑顔で答える。
「はい。そういう時は『アヴァロン』に行きましょう。あそこには色々な情報が集まってきますから、きっと困っている人も見つかるはずです」
「あそこか……」
途端に渋い顔をするアーサー。それも無理はないだろう。なぜならばそこには彼の天敵がいるのだから……
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