第4話 困っている人を探そう
翌日、アーサーは自分の屋敷を出て、城をうろついていた。昨日の出来事から困っている人を助ければ、喜ばれるとわかったので人が多い城に来たのである。
そして、当然ながらここで働く人間たちはアーサーの事をみな知っている。あいにくだが、城での彼の評判はお世辞にも良くはない。彼は確かに理不尽な事はあまりしないもののその治癒能力の高さから特別扱いをされているのだ。彼の機嫌を損ねてれば周りの貴族が余計な気をまわし、厄介な事になるのは必須である。
つまり、使用人たちからすれば腫物扱いなのである。だから、彼に「何か困ったことはないか?」と言われても、皆困惑しながら「何もございません」と答えるだけだった。
「ふむ。どうしたものか……? 皆に困ったことがないことはいいんだけどな……」
彼らの関わりたくないという気持ちに気づかず額面通り受け取ったアーサーが、一人そんな事を思いながら城内を歩いていた時だった。
「平民ごときが癒してももらっただと!! まさかその体を使って誘惑をしたのか!」
「そんな……私はそんなことしてません!! それに……あの方はそんなことを望む人ではないと思います!!」
「貴様がアーサー皇子の何を知っているというのだ!!」
誰かが怒鳴られている声が聞こえてくる。気になって覗くとメイド服の少女と、高そうな服を着た貴族が話していた。いや、話し合いではないな。一方的に貴族がメイドにイチャモンつけているのだ。
ふははは、善行をするチャンスである!!
アーサーは自らの保身のために意気揚々と人助けをしにいくのだった。
「くそ、あの世間知らずの男め……くだらん平民女に癒しの力をつかうとは……所詮は売女の子か……いや、待てよ。女に溺させてしまえばたやすく操れるな……」
アーサーが近づいていることに気づかず何やらぶつぶつと言っていた男はいやらしい顔でニヤリと笑った。この男のことをアーサーはよく知っていた。
この男こそがマリアンヌとの話に出てきた彼の取り巻き貴族のゴーヨクである。アーサーに治癒してほしい人間がいるとよくお願いをしてきたものだ。
まあ、革命がおき敗戦が濃厚になった途端アーサーを見捨てて海外に逃亡した挙句、元婚約者が色々と調べた結果こいつがアーサーのお金を使い込んでいたことも発覚したりなど金に汚く卑劣な男である。
なんかこいつが偉そうにしているのを見ているとむかついてきたな……
前の人生のことを思い出し、ついでに文句を言ってやろうと思うと、からまれているのが先日お茶をここぼしたメイドだということに気づき早足になる。
「おい、メイド!! その体を使ってアーサー皇子を篭絡するんだ。そうすれば特別給金を払ってやろう。悪い話ではあるまい?」
「な……私はそんなことをするためにメイドになったわけではありません!!」
「ふん、お前ごとき平民が私に逆らえると思っているのか? お前のだけではない。家族の職をなくすことだってできるのだぞ」
「そんな……」
距離があるため自分の名前くらいしか聞き取れなかったが、アーサーは困った顔をしているメイドの顔を見て、何とか助けねばという感情が湧いてくる。
なぜならば彼女は前の人生で捕まったアーサーに優しい声をかけてくれた数少ない人間の一人なのだから。
彼は確かに世間知らずだけど、恩知らずではないのだ。
「俺と彼女がどうしたというのだ?」
「なっ、アーサー皇子!?」
「アーサー様……!!」
いきなり登場したアーサーにゴーヨクの声色に緊張が走る。それも当たり前だろう。アーサーの気分を害したという理由だけで、大貴族が気を利かせ左遷された貴族もいるという噂だってあるくらいなのだから。
逆にメイドは先日ほど優しく治療してもらったことが頭にあるからか表情が柔らかい。それを見てアーサーは自分が嬉しく思っているのを感じた。
「アーサー様にご迷惑をかけたメイドを叱っていたのです。王族につくメイドは、たとえ平民であってもうかつなミスは許されませんから。なあ、そうだろう」
何か聞かれたくないことでもあるのだろうか、ゴーヨクが鋭い目つきでメイドを見つめながら口を開く。ミスとはおそらく、紅茶をこぼしたことを言っているのだろう。
「そのことならば俺が悪いんだ。すまなかったな。だから、お前も怒りを収めてはくれないか?」
彼女には非がないのだと証明するために頭を下げると、ゴーヨクが息を飲む。
「そんな……アーサー皇子が謝られた……? 使用人のこととなんて空気みたいに扱っていたこの方が……?」
ゴーヨクが驚くのも無理はない。これまでのアーサーは彼女の言う通り、メイドのことをまるで人ではないかのように空気のように扱っていた。確かに理不尽な暴力などは振るわないが、我儘は言うし、彼女たちに気を配ることもしない。こんな風に言い争いに仲介をすることはなかったし、ましてやメイドのために頭を下げる事なんてありえなかったのだ。
そんな扱いに、アーサーのお付をしている使用人たちも壁を感じると同時にどこか悲しい気持ちでいて……王族なんていけ好かないと愚痴るものもいたのくらいだ。
それがアーサーという人間への評価だった。ようするに世間知らずのいけ好かないクソガキだったのだ。だから……彼が謝罪するという事実にゴーヨクは驚愕する。
「アーサー様頭をお上げくださいませ。さすがはアーサー様です、このようなメイドにもお優しくするとは……やはり王の器ですな。主であるあなたさまがそういうのならば私から言うことはございません。メイドよ、先ほどのは冗談だ。他言するなよ」
大げさなリアクションで感動を示し、アーサーにうすっぺらい誉め言葉を発して、ゴーヨクは去ろうとする。その姿は本当にアーサーを尊敬しているかのように見えるからすごい。
前の人生ではだまされたけどな、もう、お前の本性は知っているんだよ。
現に急いでこの場から立ち去ろうとしている。何か後ろめたいことでもがあるのだろう。そう確信したアーサは逃がすまいと彼の肩をつかんでにやりと笑っていった。
「ちょうどいい……最近モルガンのやつから小言を言われてな。皇子たるもの多少は仕事もしろとのことなんだ。俺の財産の帳簿を持ってきてくれないか? 今後は自分で計算するよ」
「なっ……」
その一言でゴーヨクは目を見開いて顔色が真っ青になっていく。それを見て、アーサーはにやりとほくそ笑んだ。
ふはははは、思った通りだ。このくそ野郎め!! この時期からすでに俺の財産に手を付けてやがったな!!
アーサーは聖人ではない。自分を見捨てる相手に優しくすることはないし、むしろ、むかつく相手が焦る姿をみれば相応に楽しくなるのである。
「アーサー様……モルガンの小娘のいうことなど無視すればよいのです。すべて私に任せていただければ……」
「お前は俺にモルガンに馬鹿にされたままでいろというのか?」
「……わかりました。すぐに準備いたします」
アーサーがにらみつけるとゴーヨクは説得をあきらめて逃げ出すように走っていた。アーサーは甘やかされて育ったために一度こうといったら意見を変えないことを彼は知っていたからだ。
そして、アーサーとメイドが取り残される。
「アーサー様、ありがとうございます」
「ああ、気にするな。君の力になれてなによりだ」
笑顔を浮かべるアーサーにメイドは眉をひそめる。いっったいどうしたとうのだろうか? その答えはすぐにわかる。
「ですが、この前も私を治療してくれましたし、今もなぜ私を助けてくださったのですか?」
彼女がおそるおそるといった様子で当然の疑問を口にするとアーサーは自虐的に笑う。ああ、そう言えば、俺も彼女に同じように聞いたんだ。
そのことを思い出して、懐かしくなると思うのと同時に、申し訳ない気持ちになる。だって、俺は彼女の事を何も知らなかったのだ。知ろうともしなかったのだ。
「なんでか……それは俺の方が聞きたいよ。なんでお前は……ずっと仕えていたお前の名前すら覚えていない俺を救ってくれたんだ?」
「救ったですか……?」
彼女が怪訝な顔をするのも無理はない。そして、彼にとっても本当に不思議だったのだ。なぜ、彼女は何年も仕えてくれた彼女の名前すら憶えていなかった自分が落ちぶれても面倒を見てくれたのか……
そして、彼は思い出す。彼女の献身を……
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