第3話 アーサー様は不思議な……そしてすばらしい皇子様でした

 仕事がひと段落して、マリアンヌはハンカチを片手にうっとりとした瞳でアーサーの部屋の方を見つめていた。

 そして、熱い吐息をもらしながら治療してもらった額に触れる。



「本当に傷が残っていませんわ……アーサー様はすごいですわね」



 正直額に怪我をしたときは痛みと共に、絶望に包まれていた。顔が傷ものになれば自分の女としての価値は下がり婚姻も難しくなる。

 そうなれば無理をしてまで城のメイドとして働かせてくれた父に申し訳ないし、何よりも家のために役に立てないというのは貴族令嬢としてのプライドを持つマリアンヌには最も苦しいことだった。

 


「アーサー様……なんて素敵で心優しき方なのでしょう。あの方こそが真の王の姿ですわ」



 一応貴族の令嬢ではあるものの、マリアンヌは大した権力も持たない地方貴族の出身である。自分なんかに媚を売ってもアーサー様には何の得もない。

 それなのにあの人は……絵画がいきなり落ちてきて、はしたなくも悲鳴を上げた私のために走ってきてくれた上に、高名な芸術家の描いた絵のことに目も触れずに治療をしてくれたのである。



「私はあのお方を誤解していたのですわね……」


 

 それはアーサーの普段の評判を聞いている彼女からしたら信じられないことだった。そもそも彼のような王族からしたらメイドなんて名前すら覚えるに値しない消耗品のような存在である。

 現に今まで彼に名前を呼ばれたことなんてなかったし、あの人は自分たち使用人に興味を持ってなんていないと思っていた。だけど……



『お前を癒したのは特別だからだ。マリアンヌはいつも仕事に一生懸命だったろう?』



 そんなことを言って本来ならば大量の寄付が必要なはずの治癒を施してくれたのである。メイドとして頑張ってきたのが報われた気持ちになった。

 そして、この恩は一生忘れないと心の誓ったのである。



「それにしても特別とはどういう意味でしょうか……もしかして……」



 その意味を考えるとマリアンヌの顔はまるでリンゴのように真っ赤になる。もちろん、王族である彼と結ばれるなんて思ってもいない。だけど……特別と言ってもらって悪い気になるはずもなかった。



「絵画の下敷きになったと聞いたが無事だったかい、マリアンヌ?」



 コンコンというノックの音とともにやってきたのは甲冑を身にまとった金髪の青年だ。がっちりした体躯に美しい顔立ちの美丈夫である。



「もう、ガウェインお兄様ったら心配のしすぎですわ。訓練を抜け出してはいけませんわよ」

「ふふ、訓練なんかよりも、この国なんかよりも、愛しい愛しい妹のことが大事なのさ。それで額にけがをしたって聞いたけど……」

「それならばご安心ください。通りがかりの親切な方に治癒をしていただきましたわ」



 アーサーの特別という言葉を思い出し、彼だとわからないように正体をぼかして答える。彼に迷惑がかかってはいけないという配慮である。結果的にアーサーの皆にほめられ『善行ポイント』を貯めるという目的とは真逆になっているのだが、もちろん、マリアンヌは知る由もない。

 


「そうか、それはよかった。その人の正体がわかったら言うんだよ。私からもお礼を伝えたいからね」

「はい、もちろんですわ」

「それにしてもその人の治癒は素晴らしい腕前だね。お前の美しい顔に跡でも残っていたら、国中を探してでも治癒してくれる人を探していたところだったよ」



 おどけた口調で笑うガウェインだが、その言葉が本気だということをマリアンヌは知っていた。兄はこう……なんというか愛が重いのである。

 もしも、あのまま自分が治癒をされずに傷跡でも残っていたら、本気で国中を回っただろう。そして、もしも治癒できる人間がいて、多額の寄付金などを要求され断られたりでもしたら、一生恨んでいたに違いない。

 マリアンヌはそうならなくてよかったと安堵する。



「はい、結構ぱっくりいってしまって、はしたない声を上げてしまったのですが、親切な方が一瞬で治癒をしてくださいましたわ」

「我慢強いマリアンヌが声を上げるほど深い傷を一瞬で治癒しただって……」



 再度一切の傷跡のないマリアンヌの額を見つめて怪訝な声を上げるガウェイン。彼は戦場の最前線で何度も戦ってきた騎士であり、治癒魔法を受けたことも何度もあった。だからこそ、マリアンヌの言葉に違和感を覚えたのである。



「マリアンヌ……治癒魔法はね、君が思っているような万能な力ではないんだ。かすり傷ならばともかく、跡が残るかもしれないような深い傷を癒すには何時間もの時間が必要なんだよ」

「え……」

「そんなことができるのは治癒魔法を使える人間でも限られているよ。例えば聖女エレインや、我が国の第二皇子アーサー様とかね……君を治癒したのは本当に知らない人だったのかい?」



 あ、これまずいやつですわ……兄はシスコンではあるが馬鹿ではない。このままではアーサーに迷惑がかかってしまうと思ったマリアンヌは奥の手を使う。



「それよりもお兄様、訓練をさぼるならば晩御飯をご一緒しませんこと? 私久々にいっしょにたべたいんですの」

「本当かいマリアンヌ!! いいとも!! ああ、楽しみだなぁ。せっかくだ。今日は贅沢をしようじゃないか」



 だらしなくにやけるガウェインを見てマリアンヌは安堵の吐息を漏らす。それにしてもアーサー様は本当にすごいんですのね……兄の言葉を聞いてますますアーサーへの尊敬の念が高まるマリアンヌだった。

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