第2話 メイドに媚を売ろう!!

 自室でアーサーは謎の本を片手ににらめっこしていた。この本にはアーサーが体験した未来での出来事が書いてあったのだ。

 


 そして、最初のページに青色の文字で『メイドを治療したことにより善行ポイント1アップ 実績解除』とかいてあり、あとは『????』という文字が黒色で書かれているばかりである。



「つまり……これからの俺の行動で未来が変わるという事なのか?」



 メイドを助けた時の脳内で響いた『善行ポイント』という言葉が思い出される。あのメイドを治癒したことが彼の未来に影響を与えたと言う事なのだろう。あの程度では処刑を避ける事は出来なかったが、日記に書かれた未来ではアーサーの処刑にメイドの友人も反対したと記されているのだ。

 この未来が変化したというのが大切な事だと思う。



 つまり良いことをすれば未来がよりよくなってギロチンから逃げられるという事ではないだろうか?

 


「ふはははは、やはり、神は俺を見捨てていなかったようだな」



 アーサーはノートを片手に高笑いをする。完全に不審者である。そして、こんな……人生をやり直すなどと本来ならばありえないようなことを彼があっさりと受け入れたのには二つの理由がある。

 


 一つは生まれつき治癒魔法が使え、特殊な体質になっている彼にとっては、多少おかしなことでもそんなこともあるかと思える事、もう一つは自分に都合のいいことはあっさりと信じるという柔軟な頭をしているからである。



「善行……つまり良いことをすればいいという事だよな? ようするに人が喜ぶような事をすればいいのだろう? いいだろう、それならば俺は民衆に、世界に媚びようじゃないか!! 全ては生き残るためになぁ!!」



 ノートを掲げながら、どや顔でちょっと情けない事をいうアーサー。そして、これからのことを考えて疑問が湧く。



「しかし、どうすれば人は喜ぶんだ?」



 アーサーは決して悪人ではないが善人と言える少年でもなかった。第二王子という立場と、強力な治癒能力を使えるという特異な体質から甘やかされまくった彼は、我儘で、怒りっぽいところもあったが、使用人たちに理不尽な暴力などはしなかったし、無茶な命令もしなかった。だが、それは決して彼の長所であるとは言えない。他人への無関心から所以しているのだ。


 

 ゆえに彼には人がどうすれば喜ぶのかわからなかった。何とか記憶をたどるとようやく一つ思い当たる。



「そうだ……俺には強力な治癒能力がある。けが人や病人を片っ端から癒せば喜ぶだろう!! なにせ病も怪我も俺の能力ならば大抵は治せるからなぁ!!」



 彼が誰かに感謝をされたのはいつでも治癒魔法を使った時だった。取り巻きの貴族たちが、どこかの偉い人を連れて来て治療を終えると感謝されたものだ。あの時はなんでこんな事で喜ぶのだと疑問に思っていたが、民衆に捕まり痛めつけられて、ギロチンにあった今ならばわかる。


 痛いのはつらいのである。子供のような発見だが、彼にとっては貴重な……そして、大きな進歩だった。



「つまり怪我や、病の人間を片っ端から治療をしていけば皆が感謝するだろう。ふははははは、楽勝じゃないか!!」



 子供の時から彼の持つ治癒魔法は貴重なものらしくみだりに使うなと言われ、貴族達に従っていたが、今は自分の命がかかっているのだ。知った事かよ。

 保身のために自分を切り捨てた貴族共の言葉よりも自分の命の方が大事だったアーサーだった。



 


「ふはははは、我が人生の糧になるやつはいないか!」



 とりあえず適当に怪我をしている人間はいないかと部屋の外に出るアーサー。

 完全に悪役のセリフだが、彼は別に良いことをするつもりはないのだから仕方ない。あくまで自分が生き残るためなのだ。



「マジで誰もいないな……」



 闇雲に歩いていた彼だが当たり前である。ここは戦場でもなく、彼が住む屋敷なのだ。誰かがけがをするようなことが日常茶飯事にあったほうがまずいのだ。

 どうしようかと思った時にアーサーの耳に何かが、落ちる音と共に女性の悲鳴が聞こえてきた。



 そういえば飾ってある絵画が落ちてきて、メイドが怪我をしたって騒ぎになったのが今日だったな……以前は気にも留めなかったが、今回の彼は急いで悲鳴のした方へと足を進める。



「うう……」



 アーサーの視界に入ったのは地面に落ちて割れたアーサーの身長ほどもあるガラス製の額縁と、額から血を流している金髪のメイド服の少女だった。

 血の量からして傷はかなり深く、跡が残るだろう。



「おい、大丈夫か?」

「アーサー様……?」



 アーサーが声をかけて駆け寄ると、金髪のメイドはびくっとした後に、慌てて頭を下げてきた。



「申し訳ありません、アーサー様がいただいた大切な絵を私如きの血で汚してしまいましたわ」

「なにを言っているんだ? そんなことはどうでもいい。傷を見せろ」



 絵画などに目もくれずに意味不明なことを言うメイドに近づくアーサー。そもそも彼は芸術の価値などわからないし、この絵も貴族を治療した時に、もらっただけで愛着もない。

 今はそんなことよりも、彼女の治療が優先である。善行ポイントを貯めるチャンスなのだ。

 


「アーサー様、何を……?」



 額の傷……顔の良さが武器の一つとなる女性にとって大きな傷が残ったら色々と大変に違いない。逆を言えば治療したときにより大きな感謝につながるだろう。

 などと打算的に考えながらアーサーは治療をはじめる。



「集中しているんだ。黙ってろ」



 アーサーが額に手をやると暖かい光が現れ、少女の傷が癒えていく。



「これは……癒しの力! 貴重な力を私なんかには勿体無いですわ!!」

「もう、治ったぞ。いいから鏡を見てみろ」



 アーサーが何やら騒いでいる少女の額の血をハンカチでぬぐうと、彼女は信じられないとばかりに額に触れ、慌てて手鏡を取り出した。



「あ……ああ!! 本当ですわ! 傷一つありません。アーサー様はお優しいのですね!! ありがとうございます! このマリアンヌ、このご恩は忘れませんわ!」



 そういうと彼女は涙を流しながら、アーサーに抱きついた。柔らかい感触と甘い匂いが彼を襲う。

 そして、アーサーは彼女が喜び、こちらに感謝するのを見て、なぜか自分も少し嬉しくなったのを感じ違和感を覚える。

 なぜだ? 俺は保身のために癒しただけなのに、胸が暖かくなるんだ?

 


「その……嬉しさのあまりはしたない真似を失礼いたしました……!」



 アーサーの困惑をどう勘違いしたのか、マリアンヌが慌てて彼から離れる。その顔は真っ赤なリンゴの様に染まっている。



「ふん、気にするな。特別に癒してやったんだ。お前はただ俺に感謝すればいいんだ」



 そんな彼女にぶっきらぼうに答えるアーサー。彼としては保身のために治療をしただけにすぎない。だから、恩を忘れるなよと念押しをする。なのになぜか、マリアンヌは感動したとばかりに目をうるわせる。



「はい、このご恩は忘れません!! ですが、私なんかを癒して大丈夫ですの? アーサー様の力は特別だと聞きましたが……」

「うん? 確かに俺は天才で特別な治癒能力の持ち主だが、大丈夫というのはどういうことだ?」

「それは……アーサー様に治癒をしていただけるのは、ゴーヨク様から紹介され、大量の寄付をした者だけと聞いていたものですから……」

「寄付だと……」



 マリアンヌの言葉に思わず聞き返す。ゴーヨクとはアーサーの世話役をしている貴族である。確かに彼から治癒してほしい人間がいるとは紹介され治療をしたことは何回もあるが寄付金の事は初耳である。

 


 いや、俺が気づかなかっただけか……あのクズならば別に驚くことではないな。



 前の人生でゴーヨクが最終的にアーサーにおこなったことを思い出して、納得しながらも眉をしかめる。



「はい、アーサー様の力は特別なので、それ相応の対価が必要だとおっしゃっていました。だから、私もアーサー様に治療してもらえるとは思っていなかったので驚いてしまったのですが……」

「ふん、そんなもの……」



 どうでもいいといいかけたアーサーの脳裏にかつての元婚約者の言葉がよぎる。あれは、前の人生で民衆たちの不満が高まっていた時の話だ。『俺が片っ端から人々を癒したら、みんな慕ってくれるんじゃないか』と聞いたのだ。



『あのねぇ、アーサー。確かにあなたの力は素晴らしいものよ。だけど、安易に使えば安く見られるし、あなたを利用しようとするものに良いように使われてしまうわ。それに、人はあなたに甘えるようになり、以前癒してもらった人は怪我をした時にどうせ癒してもらえるんだからって依存してしまう。第一あなたの能力にだって、一日の回数制限があるんだから、毎回は癒せないでしょう? 不平等がおきればそれは不満につながるわ。あなたを恨む人も現れるし、治癒された人間もなんでお前だけって、逆恨みされる可能性もあるのよ。だから、この国を救いたいのならば治癒能力を使う以外の方法も考えなさい』



 ため息をしながらまるで彼を子供のように諭すような言葉に胸がむかむかとしてくる。だけど、彼女のいう事はいつも正しかった。少なくともアーサーにおべっかを使っている人間の言葉よりは……ゴーヨクの事はともかく、彼女のことは信じるべきだ。



 仕方ない、俺は器がでかいからな。たまにはお前の言うことをきいてやるよ。とりあえず片っ端から治癒をするのではなく、何らかの条件をつけるとしよう。


 と苦手な元婚約者の言いなりになるのが悔しくて脳内で言い訳をするアーサー。そして、マリアンヌを見つめ、適当な言い訳をする。



「お前を癒したのは特別だからだ。マリアンヌはいつも仕事に一生懸命だったろう?」

「私の名前……覚えてらしたのですね……」



 先ほど名乗っていたので名前を呼んだだけだというのに彼女は目を見開いて嬉しそうにする。



「それに……私が特別ですか……確かに私はメイドとして色々と仕事を頑張っていましたが、まさかアーサー様にそんな風に思っていただけたなんて……」



 マリアンヌは顔を真っ赤にしながらぶつぶつ言っていたが、考え事をしているアーサーの耳には入らなかった。


 俺は治療以外でも人を喜ばせることができるのか……? 


 マリアンヌが喜んだのは治療がきっかけだったが、名前を呼んだだけだというのにこんなにも喜んでいる。それに、なぜか喜ぶ彼女を見てアーサー自身も嬉しくなったのである。

 前の人生では感じなかった感情にアーサーは困惑するのだった。

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