第7話 お疲れ様のビール




「まずはビールです! ピーターさんからお礼にもらっちゃいました」

「最高だな」

「あとは……」


 私は冷やしておいたランチボックスを取り出して、蓋を開く。


「じゃーん、ローストビーフ寿司弁当です」

「ローストビーフ?」


 ランチボックスの中に入っているのは、数貫の「ローストビーフ寿司」である。


 これは、酢飯にローストビーフを乗せ、タレをかけたものだ。


 タレにはみじん切りにした玉ねぎやにんにく、醤油や酢などを使用しており、非常に食欲をそそる香りを放っている。


 ローストビーフ寿司を眺めていたら、お腹がくぅと控えめに鳴った。


 一方の公爵様は、ローストビーフ寿司を見て、意外そうに目を開いている。きっと海鮮系のおつまみか料理が出ると思ったのだろう。


「この旅行期間中に海鮮ものはたくさん食べたので。今回は、余った酢飯を使ってローストビーフ寿司を作りました。あと海鮮は足が速いので、お弁当には向かないかなと」

「なるほど。美味しそうだな」


 公爵様が目を細める。


「ささ、さっそく食べましょ!」


 まず私は自前のコップにビールを注いで、公爵様とグラスをぶつけた。


「それでは、お疲れ様でした。そして、乾杯ー!」

「乾杯」


 まずは一杯。ゴクゴクと冷えたビールを飲む。


「んーっ、はぁ〜っ。……やっぱり働いた後のビールって一番美味しいんですよねぇ」

「世界の真理、だからな」

「ですね〜」


 続いて、ローストビーフ寿司を手に取る。


 すると、口に入れた瞬間、濃厚な甘辛い味のタレとローストビーフの溶けていくような柔らかさを感じた。


「お、おいし……」


 我ながら天才的な美味しさだ。さっぱりしたビールと味付けの濃いローストビーフ寿司の相性たるや、感動的なものがある。


「ん、肉がとろけるぞ……!」 


 公爵様もまずはローストビーフの柔らかさに驚いているようだった。


「タレが肉の旨みを引き出していて美味いし、ビールによく合うな」

「それならよかったです」


 二人でランチボックスに入っているローストビーフ寿司を頬張る。


 馬車の中でお弁当を食べているため、駅弁を食べている時みたいなワクワク感があって、すごく楽しい。

 それに馬車の中は完全個室なので、周りを気にせずにビールを飲めるのもいいよね……!


「色々と忙しい旅だったが、こうやって食べて飲んでると癒されるな」

「そうですね。というか、忙しい旅にしてしまってすみません」


 元々はお店の料理を食べて少し意見を言うだけの予定だったのに、私がお米を提供することで店を助けたいと提案したことで、かなり忙しい旅になってしまったのだ。


「いやいや、なかなか楽しかったぞ。店員の経験なんてやったことなかったしな」


 公爵様がちょっと遠い目をする。


 貴族が大衆向けの店で店員するなんて状況、普通ありませんよね……!


「す、すみません」

「いやいや、本当に楽しかったんだ。寿司というものも初めて食べたし、店の手伝いとして店員をやってみるのも、全部新鮮で……」


 そこで公爵様は言葉を区切った。そして首を横に振る。


「いや、違うな」

「?」

「ジゼルが楽しそうにしてたから、俺も楽しかったんだ」

「……」

「ジゼルがやりたいことやって、楽しそうにしている。そんなジゼルと一緒にいるのが俺は好きなんだな」


 公爵様は自分の言葉にうんうんと頷く。


 公爵様の言葉が嬉しい。私は公爵様の言葉に早く答えたくて、すぐに口を開いた。


「私も公爵様と一緒にいると、すごく楽しいです。公爵様と一緒にいる時間が何よりも好きなんです」

「本当か?」

「はい。だから、この旅行はすごく楽しかったです」

「それは嬉しいな」


 私たちは笑い合う。


 ……しかし、すぐに自分がかなり恥ずかしいことを吐露したことに気づいて、お互いに顔を赤くした。


 「あなたのことがものすごく好きです」と改めて言ったみたいなものだ。


 私たちは二人で羞恥に悶えていたので、その後の帰り道、しばらくは無言の時間が続いた。





⭐︎⭐︎⭐︎




「ジゼルさまー! おかえりなさい!!」

「ただいまリーリエ!」


 公爵邸に帰ると、リーリエが熱烈なハグと共に出迎えてくれた。


「ジゼル様がいない一週間、寂しかったです……!」

「私もリーリエに会えなくて寂しかったかな」

「わー、嬉しいです!」


 私たちがそんな会話をしている横では、レンドール君が公爵様を出迎えていた。


「お荷物お持ちします」

「ああ、ありがとう」


 公爵様は少し飲み過ぎたのか、足元がフラフラしている。


 レンドール君が「まさか馬車で飲んだんですか」と信じられないものを見るような目を私に向けてきた。年下の彼からそんな目を向けられるダメージよ……。


 私がレンドール君からそっと目をそらしていると、リーリエがずいっと私に近づいて、小声で話しかけてきた。


「ジゼル様」

「なに?」


 彼女は何を言うつもりなのだろかと思ったのだが……。


「公爵様との関係は進展しましたか⁈ 一週間も二人きりの旅路だったんだから、何か恋人らしいイベントありましたよねっ」

「……ん?」


 恋人らしいイベント……? 料理店で回転寿司イベントは開いたけど……。


 あれ⁉


 その瞬間、思い出した。


 元々、この旅行で公爵様と恋人らしくなれるのかと考えていたこと。

 にも関わらず、思いっきり旅先での観光と食事を楽しんでしまったこと。

 お店の窮地を救うため、奔走して忙しくしていたこと。


 私は顔を覆いながら、言った。

 

「まったく何もなかったです」

「そ、そんなっ」


 リーリエが地味にショックを受けている。


 だって、お店の窮地を救わなければと必死だったというか……! 公爵様といると楽しくて、つい忘れちゃったというか……!


「一週間も二人きりだったのにですか⁉」

「はい」


 思わず敬語になりながら答える。なんということだ。すっかり忘れてしまっていた。一生の不覚だ。


 けれど……。


 公爵様が言ってくれた言葉を思い出す。『ジゼルがやりたいことやって、楽しそうにしている。そんなジゼルと一緒にいるのが俺は好きなんだな』と言ってくれた言葉を。


 それが嬉しくて、くすぐったくて、これ以上ない関係だと私は思えたんだ。


 私はクスッと笑ってリーリエに答えた。


「まあ、とりあえずは現状維持でいいかな」

「そうなんですか?」

「うん。今が楽しいから」

「ジゼル様がそれでいいなら、何よりですけど~」


 リーリエは口を尖らせながらも納得してくれた。


 公爵様と過ごす日々が楽しい。お互いそう思っているのだから、今はそれでいいのだ。


 明日は公爵様とどんな日を過ごそうかな。




☆☆☆




 次の日。


「ジゼル様、公爵様」


 レンドール君が冷たい目で腕を組んでいる。彼は


「一週間分の仕事が溜まっています。早く片付けてください」


 次の日から私たちは旅行の間に溜まっていた仕事に奔走することになった。社会人として休んだ分のツケは払わないとね……っ!






―――――――――――――――――――――

いつもお読みいただき、ありがとうございます! 来週は番外編を投稿させていただきます。


そして、大変恐縮なのですが、少し前から新作の連載を始めましたので、宣伝させていただきます…!


タイトル→婚約破棄されたので、辺境の地で風呂カフェ始めます!〜転生令嬢は、お風呂ライフを楽しみたい〜

キャッチコピー→前世知識×魔法×お風呂によって、転生令嬢は注目を集めまくる⁉

連載ページ→https://kakuyomu.jp/works/16818093073034257106


ここでは「お酒好き聖女」を書いてきましたが、今度は「お風呂好き令嬢」が主人公です。しばらくは毎日投稿します。機会がありましたら、読んでいただけると嬉しいです。

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