第6話 聖女の底力
「というか、こいつを人質にすれば、こっちの要求に応えてもらえるんじゃないか? どうせこの女は抵抗なんて出来ないだろうし」
そう言って、男はこちらに手を伸ばしてきた。今こそ、元誘拐犯から習った護身術を使うべき時!
私は容赦なく男の手を掴み、そのまま投げ飛ばした。
いきなりの抵抗に、彼らは唖然としている。
「聖女を舐めないで下さい。抵抗くらいできます」
「いや、今のは聖女の力使ってな……というか、なんで聖女が護身術を⁈」
それは元祖・誘拐犯から習ったから、とは言わずに。
私は彼らの言葉を無視して、走り出した。彼らが驚いているうちに逃げるが勝ちだ。
向かう先は、ピーターさんのお店だけど……
「待て、ゴラァ!」
すぐに彼らは鬼の形相で私を追いかけ始めた。彼らは意外と足が速い。少しずつ私たちの距離が縮まっているのが分かった。
このままだと彼らを店の近くに連れて来てしまうことになるけれど……私は迷わずに走り続けた。
「よし、捕まえ……うぐっ⁈」
そして、彼らの手が私を捕まえるすんでの所で、私は店の
一方で、彼らは透明な壁に阻まれているように、敷地内から先を前に進むことが出来ない。
「なんだ、これは⁈」
「結界です」
そう、聖女の結界である。結界は瘴気の侵入を防ぐだけでなく、悪意を持った者の侵入を阻むこともできるのだ。
実は、買い出しに行く前に、私は聖女の力を使って結界を張っていた。
料理の中に髪の毛が入っていると難癖をつけられた時、これからも店に対して、何らかの悪意を持つ人が少なくないかもしれないと考えた。
それならば、あらかじめ結界を張っておくことで、そういった事態を防げるのではないだろうか。
私はすぐに店主であるピーターさんに許可をとって、悪意ある者を阻む結界を張ったのだ。
結果的にその判断によって、私は助かった。
「お前、ずるいぞ! お前だって元々平民だったんだろ⁈ それなのに、貴族に嫁入りして、いい思いして、こんな俺たちの邪魔をして……!」
「ずるいのも卑怯なのも、嫌がらせをしてくるあなたたちの方です」
「………っ」
私の正論に彼らは言葉を詰まらせる。彼らは嫉妬で見境がなくなっているだけで、本当は分かっているはずだ。自分たちが間違ってるって。
それでも彼らはまだ納得していないようで、喚き続ける。
「それでも、俺たちの方がすごい料理を作ってるのに! 貴族に目をかけてもらえたからって、ピーターの店や聖女ばかりがチヤホヤされてるじゃないか!」
「……」
このままお店の前で喚かれ続けても、迷惑になる。
うーん。それなら……
私は少し考えてから、店の中に入って行った。
しばらくして店から出ると、彼らはまだ諦めてないようで、結界の前に居座っていた。
私は彼らに近づいて、結界越しに「とあるもの」を渡した。
「これを渡すので、帰ってくれますか」
「なんだこれ……?」
「私たちが今日売っていたものです」
「え?」
私が渡したのは、お寿司数貫が入った箱だ。一応、店主のピーターさんには許可は取ってある。
「て、敵である俺たちに渡してもいいのか? 真似されるとか……」
「大丈夫です。絶対にあなたたちには真似できないですから」
「……っ!!」
「これを食べれば、この店が“チヤホヤされてる”理由が分かると思います」
魚を生で、刺身として提供できるようになるまでの努力が彼らに真似できるわけないし、米を入手するルートを手に入れることもできない。
彼らは絶対に同じものを作れない。
「……もう行こうぜ」
渡したお寿司を持って、彼らは去って行った。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
聖女から「寿司」というものを渡された俺たちは、自分の店に戻ってから、それを食べてみることにした。
そもそも生で食べるなんて魚への冒涜でしかないし、それをよく分からない白い食べ物の上に乗せるとか狂気の沙汰でしかないと思ったのだが……
「うっま! 何だこれ?」
「お酢の香りが魚の美味しさを引き立ててるぞ⁈」
「というか、魚ってこんなにプリプリするのか」
「新鮮で斬新なのに、美味しすぎる」
「あの店も聖女もすげぇー……」
俺の仲間はみんな、聖女の作ったものに虜になってる。
かく言う俺も、確かにこれを「美味しい」と思っていて……。
「これは負けるわな……」
聖女は、俺たちには「この料理は作れない」と言っていた。彼女の言う通り、俺たちにこれだけのものは作れないだろう。
今更ながら、あの店が貴族に優遇されていた訳が分かった。
悔しさと不甲斐なさを強く感じる。しかし……
「また一から頑張るか」
俺の呟きに仲間たちが次々と頷く。
元々、料理で人を喜ばせたり、笑顔にしたい。そう思って、店を始めたはずだ。いつの間にか他人への嫉妬で、最初の気持ちを忘れてしまっていたようだ。
俺たちだって、こんな面白い料理を作りたい。いや、絶対に作ってみせる。
聖女に渡された料理によって、俺たちの悪意はすっかりなくなっていた。
後に、俺たちが何度も頭を下げて、公爵家のお米を仕入れるようになり、独自の魚料理を提供し始めることになるのは、ちょっとだけ遠い未来の話である。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
次の日。
「改めて、ほんっとうにありがとうございました!」
トラブルはあったけど、結果的に新装オープンは大成功に終わった。
たくさんの人が店に来てくれて、予想していた以上の売り上げになったようだ。
これで店の悪評も収まっていくだろう。
「なんとお礼を言ったらいいのか……」
「お礼なんて、これからも公爵家の米を仕入れるだけで充分ですよ」
「それはこちらからもお願いします……!」
よし。これで公爵家で作っているお米による収益が見込めるようになった。
このお店が有名になれば、更に米の知名度が上がるだろうし、どんどん収穫量を増やしていけるだろう。
「それじゃあ、帰りますね。これからも頑張ってください」
「はい。本当にありがとうございました!」
私と公爵様は馬車に乗って、帰路に就く。ピーターさんの店に協力することになってから、随分と長い旅行になってしまったけれど、ようやく公爵家へと帰れそうである。
私に付き合ってくれた公爵様には感謝しないとね。
「公爵様、お腹空きません?」
「確かにそうだな」
「実は用意してるものがあるんですよ。馬車に乗りながら食べようと思って……」
「お、何だ?」
私の言葉に、公爵様が目を輝かせる。
「まずはビールです! ピーターさんからお礼にもらっちゃいました」
「最高だな」
「あとは……」
私が出した食べ物が意外だったようで、公爵様は目を見開いた。
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