発売前番外編② 当時のリーリエ心情
「え? 公爵様、結婚するんですか?」
「ああ。相手は教会の聖女だ」
私の名前はリーリエ。公爵家で働いている侍女である。元々ここは母の職場でもあり、幼い頃から公爵家に滞在しているので、公爵様とは幼い頃から知った仲である。
「結婚ですかぁ。いつの間にか公爵様もそんな年齢になったんですね。大きくなりましたねぇ〜」
「リーリエは俺より年下だろう」
公爵様はゴホンと咳払いをして、言葉を続けた。
「勘違いするな。結婚相手は聖女。瘴気の原因解明のために、便宜上の妻として迎えるだけだ」
「つまり契約結婚ということですか?」
「そういうことになるな」
「へえ、そういうのがあるんですね」
なんだか難しそうな話だ。私は領地経営のことは詳しくは知らない。
けれど、公爵様には幸せになって欲しいと思っているので、結婚相手が優しい人だったらいいな〜と思った。
「便宜上の妻とはいえ、専属の侍女をつけたいと思っている。リーリエに頼んでもいいか?」
「もっちろんですよ! 朝から晩までエブリデイお世話してみせますよ!」
「うん。休みの日は交代しろよ」
というわけで、私は教会から派遣された聖女……ジゼル様の専属侍女になった。
「はじめまして、ジゼルです」
初めて顔を合わせた日。挨拶をしてくれたジゼル様は地味な服を着て、痩せ細っていた。それに少し顔色も悪い。
彼女の姿を見て、自然と私の世話焼き欲がむくむく湧いてきた。
最近はレンドールが反抗期のため、あんまり構ってくれなくなってしまった。弟(仮)の成長に少しだけ寂しさを感じていたけれど、これは久々にお姉ちゃん・リーリエの出番じゃないか。
「これからよろしくお願いします。リーリエさん」
「さん付けじゃなくていいですよ! リーリエって呼んで下さい!」
「じゃあ、リーリエ?」
「はい、そうですっ!」
少し困ったように私の名前を呼ぶ姿が可愛い。
彼女が新しい環境に慣れないことが多くて、落ち込んだり体調を崩したりしないように、私が面倒を見なければね!
しかし、そう意気込んだはいいものの、ジゼル様はかなり順応性が高くて、私の助けが必要になることはほとんどなかった。
そして、公爵邸に来てから一週間が経過した頃。
ジゼル様はキッチンで何かを作っていた。何を作っているのか気になったので、彼女の手元を覗き込む。
「何ですか? この茶色い食べ物は?」
「食べてみる?」
そう言って彼女が渡してきたものは、串カツというらしい。
初めて見る食べ物に恐る恐る口をつける。
その瞬間、サクッと軽快な音がした。
「うんまーっ」
サクサクとした食感と溢れ出る肉汁。口の中が幸福感に満たされる。
何これ何これ何これ。今まで食べた物の中で一番美味しい。
「美味しいですよ! ジゼルさまっ」
そう言って振り返ると、彼女は嬉しそうに笑って、
「そうでしょ」
と言った。彼女曰く、作りたいおつまみのラインナップはまだまだあるらしい。
それを知った瞬間、決めたんだ。私はこの人に一生付いていこうって。そして、ジゼル様の作るおつまみを食べ続けようって……!
その日の夜、侍女としての仕事をしていると、キッチンの中に入って行くレンドールの姿を見つけた。
「何してるの〜?」
「リーリエ姉さん」
レンドールはジゼル様の作った「串カツ」の残りを手に取っていた。
「あの聖女が作ったものに、おかしなものが含まれていないかチェックするんですよ」
「でも、私がさっき食べた時は大丈夫だったし、もう公爵様も食べてるはずだよ」
「少量の毒だったら、気づかないでしょう。公爵様に少しずつ摂取させるつもりだったら、どうするんですか。それを確認するんです」
「うーん」
多分、ジゼル様は「おつまみの味が劣化したら嫌」という理由で、そういうことはしないと思うんだけどなぁ。
まあ、レンドール本人が納得するなら、確認させてもいいか。ジゼル様に何か危害を加えるわけじゃないし。
レンドールは嫌々そうに串カツを見つめた後、意を決したように齧り付いた。
サクッ、ザクザクッ。
「うっま⁈」
食べた瞬間、彼は呟いた。自分の呟きに気づいたレンドールは、カァッと顔を赤くする。
私はニヤーーーーーと笑いを浮かべた。
「そっか〜美味しいんだね〜〜」
「は? 違いますけど」
「そっか〜そっか〜〜」
「今の言葉は、この食べ物の食材が“馬”なのか気になっただけです」
「無理があるよ、それは」
レンドールはなかなか素直にならない。結局、その日はレンドールが「美味しい」と認めることはなかった。
けれど、私は既に確信していた。
私がジゼル様のつまみの虜になって「餌付け」されたように、レンドールもまた「餌付け」されちゃうんだろうなって。
その日を迎えるのが、お姉ちゃんは実に楽しみである。
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