発売前番外編① 当時のレンドールの心情
プロローグ前の時系列から始まります。
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「え? ご結婚されるんですか?」
「ああ。次の月に屋敷に迎え入れる予定だから、迎え入れる準備をしておいてくれ」
公爵様から結婚のご報告を聞いたのは突然のことだった。僕の名前はレンドール。元々は教会孤児だったけれど、公爵家に拾われて、今は公爵様の元で従者として働いている。
それなりの年数を公爵様と過ごしてきたけれど、今まで女性関係について聞いたことなんてなかった。だから、公爵様からの結婚報告は、寝耳に水のことだ。
「えっと、おめでとうございます」
「いや、違うぞ。瘴気の問題を解決するために教会に聖女を渡すように頼んだだけで、ただの契約結婚だ。めでたいことは何もない」
「ああ、なるほど。そういうことでしたか」
公爵領には少し前から瘴気が発生していて、公爵様は対応に追われていた。金を払って教会から聖女を何度か派遣してもらったが、それだけでは事態の収拾が出来なくなってきているのが現状だ。継続的に浄化をしてくれる聖女を手元に置いておきたいということだろう。
その理屈は分かるのだが、僕の眉間には自然としわが寄ってしまった。
「それって、領地の問題を解決するために公爵様が犠牲になるってことじゃないですか? 教会の聖女を娶るなんて……」
いつか聞いた、聖女達の贅沢のために孤児達が働かされているという事実。
あれは本当のことだろう。公爵領に派遣されてきた聖女達を何回か見かけたことがあるが、彼女たちは美しく着飾っていたし、彼女たちの目は虚ろで、仕事にやる気があるようには見れなかった。
そんな聖女と公爵様が結婚? 許しがたい。
「レンドールの気持ちは分かるが、公爵領のために必要なことなんだ」
「僕が結婚できる年齢であれば、変わって差し上げられるのに……」
「まだ子供なんだから、そこまで背負う必要はない。まあ、気持ちだけ受け取っておく」
公爵様が苦笑して、僕の頭をポンポンと撫でた。
公爵様はなんでも自分で背負い込もうとする。そういう癖がついてしまっている。
公爵様は幼い頃から最低な父親に頼ることなんて出来ず、社交界でも貴族達は利益と打算ばかりで気が休まらない。唯一、貴族家を抜け出したイアン様とは楽しそうに話しているけれど、それだけだ。僕やリーリエ姉さんは、ただの使用人だから、公爵様にとっては庇護者にしかなりえない。
この人には守るべきものの大きさや重さに比べて、心の支えや癒やしがあまりにも少ないのだ。
だから、その聖女が公爵様を搾取するような人間だったら、公爵様の結婚相手として許すつもりはない。教会に異議申し立てをして、せめてもっとマシな人間を送るように怒鳴り込みに行ってやる。
僕はそう決意した。
公爵様に相応しいか判断するためにも、まずは初顔合わせの時の会話を聞いておかなければならないだろう。公爵様に許可を取って、従者として、聖女と公爵様が話している部屋の前で待機する。
たまたま通りかかったリーリエ姉さんからは「うわ、面倒くさい小姑みたいになってるよぉ」と言われたけれど。
契約内容の確認については、問題なく進められていた。しばらく聖女は大人しくし契約内容に同意していた。しかし、契約の最後で聖女が「条件があります」と言ってきたのだ。
ようやく本性を現したな、聖女め。
果たして金銭を要求されるのか、公爵家が持つ権限を要求されるのか――。
「夜は一緒に飲みましょう。私、飲み友達が欲しいんです」
は?
「週に一度でいいので、晩酌しましょう」
はあ??
一体何を言ってるんだ、この聖女は。公爵家当主に求める対価がそれって絶対におかしい。もっと他に要求したいことあるだろう。
というか、何ちゃっかり公爵様の友達になろうとしてるんだ。許さない。
まあ、こんな要求は絶対に何かの罠に決まってるし、公爵様も断るに違いない。そう思ったのだけど。
「晩酌だけでいいなら……」
なんっで受け入れちゃってるんですか⁉
罠に決まってるでしょう! 公爵様が酔ったところで、情報を聞き出すとか。既成事実を作って、公爵家の妻としての権限を得ようとしているとか。
そういう可能性がいくらでも考えられるでしょう⁉
………いや、冷静になれ。
晩酌を受け入れたことは、公爵様の作戦なのかもしれない。お酒を使って聖女の本性を暴けば、別の人員を確保できるよう教会に異議申し立てできるから。
その後、僕は公爵様と相談し、念のため、晩酌をする部屋の外で待機をすることになった。
まあ、公爵様だって酔っ払って我を忘れることなんてないだろうから、そこは安心していいだろう。
まさか、酔っ払って弱みを晒すなんてことは――
「俺らって、頑張っているっ」
公爵様⁇
飲み始めて数十分経った頃から、公爵様がベロベロに酔い始めた。しかも半泣きで、聖女に慰められている。
公爵様が初対面の相手に弱音を吐き散らかしている⁇
あ、頭が痛い……。なんだこの状況。
「あ、すみません」
とにかく酔い潰れた公爵様を回収しなければと、部屋の中に入る。すると、聖女が声をかけてきた。
「公爵様、潰れちゃったので、部屋に連れて行ってもらえるとありがたいです。私の力だと運べないですし、公爵様の部屋も分からなくて……」
「わ、分かりました」
突然話しかけられたので、文句を言うことも出来ずに、思わず頷いてしまった。
晩酌をしていた部屋に入り、公爵様の様子を確認する。幸いなことに何か変な薬や毒を盛られた形跡はなかった。とりあえず、ホッと息を吐く。
しかし、公爵様が潰れるまで飲ますなんて……。
あの女、絶対に許さない!!!!!!
――結局、この時点で「絶対に許さない」と思っていた僕が、大司教に立ち向かう姿に感銘を受け、彼女の作るおつまみに魅了され、最終的に「餌付け」されてしまうことになるのは、その後の話である。
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