第3話 うちと提携しませんか⁉
騒ぎのする方へと駆け寄ると、そこには道ばたにへたり込んでいる男性とそれを囲む複数人の男性の姿があった。
ぱっと見、大きな怪我はしていないようなので、とりあえず一安心だ。
しかし、すぐに一人の男性がへたり込んでいる男性の胸ぐらを掴んで、拳を振りかざしたので、慌てて止めに入る。
「ちょっと何してるんですか⁉」
「あぁ? 誰ら、てめぇ」
手を振りかざしていた男性が振り返る。呂律が回っていない上に、彼の顔は赤い。
もしかして、酔ってる? 酔いすぎて見境なくなる人って時々いるけど、正常な判断が出来ていないから、正直厄介なタイプだ。
前世でも、飲み会で説教始める上司とか武勇伝を語り始める上司とか、正常な判断が出来ていないから、部下の「もうやめてくれ」って雰囲気に気付けないんだよね……。
「部外者がぁ、口出すんらねーよ」
その酔っ払った男は私に近づいてくるが、後ろに座り込んでいる男性もいるし、私は退かなかった。
実は、誘拐事件があってから、護身術を習い始めたのだ。……他でもない、誘拐犯達から。
彼らに「アネキは料理で餌付けする方法以外で、誘拐犯から逃げる選択肢を持っておいた方がいいっす。正直、親子丼を振る舞って犯人の餌付けに成功するとか奇跡に近いっすよ」と助言されてから、彼らから時々護身術を習ったりしているのだ。
公爵様は「練習とは言え、怪我とかしないか? それより護衛の数を増やした方が……」と心配していたけど、個人的に護衛を増やしてもらうのは申し訳ないので、今は自分を強化する方向性で頑張っている。
というわけで、迎え撃つ覚悟は出来ていたのだが、即座に公爵様が私たちの間に割って入った。
「おい、これ以上は手を出すな。……人も集まってきてるぞ」
人通りが少ない夜とは言え、かなり大きな声で言い争っていたのが目立ったのだろう。公爵様が指さす先には、「何事か」とこちらの様子を窺う人が集まってきていた。
「チッ、もういい。このへんにしといてやる」
彼らの中の一人が酔っ払っている男の肩を掴み、すぐにその場を去って行った。ホッと息を吐くが、公爵様はすぐに渋い顔で口を開いた。
「ジゼル、危ないだろう」
「す、すみません。せっかく習っているので、護身術を使おうかなって思ったんですけど、公爵様を巻き込んじゃいましたよね」
「俺を巻き込むことは構わないが、本当にジゼルは肝が据わりすぎてるというか……」
公爵様は頭を抱えるけど、あそこで割って入らなければ、座り込んでいた男性が殴られていただろうし……。
「あの」
声をかけられて振り返ると、さっき殴られそうになっていた男性がいた。気が弱そうな彼はおずおずと口を開く。
「もしかして、ジゼル様と公爵様ですか?」
「はい。そうですけど……」
「イアン様の商会から支援を受けています、ピーターと申します」
「え?」
「本日はお越しいただき、本当にありがとうございます」
私と公爵様は顔を見合わせる。
どうやら、彼がイアンさんから依頼を受けた店の店主らしい。イアンさんからは「店の料理を食べて、感想を言うだけでいいよ~」と伝えられていたけれど、想像以上に厄介な事情があるようだ。
☆☆☆
彼に案内されて入った店内は、広々としていて、お客さんがたくさん入れそうだった。テーブルや椅子はまだ真新しく、まだ開店してから1年も経過していないらしい。
「聖女・ジゼルの名の下に命じる。傷を癒やし、痛みを和らげよ」
彼は、先ほど手首を捻ってしまったそうなので、私の聖女の力で癒やす。力を使うと、ほわっと温かな光が彼を包み込んだ。
癒やし終わると、彼は申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません。来ていただけただけでもありがたいのに、助けていただいてしまって……」
「いえ、大丈夫ですよ。それより、あの人達は一体何なんですか?」
「この辺りで飲食店を営んでいる店主と店員たちです。少し前から嫌がらせは受けていたんですけど、今回は酔った勢いのまま来てしまったせいで、手が出てしまったようです」
公爵様と顔を見合わせる。ライバル店からの嫌がらせということなのか。
しかし、ここ一帯には飲食店が多く存在するのに、なぜこの店をピンポイントで攻撃するのだろうか?
「嫌がらせの理由に心当たりはあるか?」
「この店が貴族であるイアン様の商会から支援を受けているから、気に入らないんだと思います。少し前から、イアン様を紹介しろという要求もされていて……。要求に応えなければ、この店の悪評を流すと脅されて、そのせいでお客様はこの店に寄り付かなくなってしまいました」
「ひどい……」
公爵様は、更に質問を重ねる。
「イアンは、このことを知ってるのか?」
「ご報告はしています。対応策は色々と考えて下さっているようなのですが……」
「何か問題でもあるのか?」
「正直、噂が根強くてどうにも経営が上手くいかないんです。そもそもこの店で出す料理は少々特殊でして、一度食べてみないと美味しさが分からないんです。それなのに、噂のせいでお客様も寄り付かず……」
その話を聞いて、なんとなくイアンさんが私に依頼した理由が分かった。
噂があるから、お客さんが寄り付かないという状況を解消するために、何かお客さんが店に興味を示すようなアドバイスや案が欲しいということだろう。聖女が提案したとなれば箔がつくだろうし。
嫌がらせの件は解決策を考えているみたいだから、とりあえずこっちに出来ることはそのくらいだろう。
「どんなお料理か見せてもらってもいいですか?」
「は、はい。今からお出ししますね。少々お待ちください」
彼は厨房に消えていった。
彼の姿を見送って、私は公爵様と言葉を交わした。
「大変なことになってるみたいですね」
「そうだな。ただ、イアンが認めたということは、この店の伸びしろを見込んでのことなんだろうが……。一体、どんな料理を出してくるんだろうな」
「気になりますね」
魚料理店とだけ聞いているが、それ以外の情報がないのだ。
しばらくして、彼は厨房から料理を運んできた。
「お待たせしました」
彼が持ってきたのは、色とりどりの生魚。綺麗に薄く切られているそれには、既視感があって……。
「サーモン、マグロ、イカ、エビの盛り合わせです。いくつか外国から輸入した魚もありますが、醤油をかけると美味しいですよ」
おおおおおお刺身だ~~~っ‼‼‼
日本人にとって馴染み深い食べ物の突然の登場に私は大歓喜していた。というか、これがあるなら、私がかねてより作りたいと思っていた"アレ"も出来るのではないだろうか⁈
私は立ち上がって勢いのままに口を開いた。
「あの、もしよかったら、うちと提携して新しい料理を作りませんか⁉」
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