番外編 風邪を引いた公爵様




「完全に熱がありますね」

「そうだよね」


 私とレンドール君は頷き合う。


 私たちの目の前には顔を真っ赤にしてベットに横たわっている公爵様の姿があった。

 というのも、仕事から帰ってきたら、ふらふらしてる公爵様を見かけたので、捕獲。通りかかったレンドール君に手伝ってもらいながら彼を部屋に押し込んだところ、見るからに風邪を引いている様子だった。


「これはしばらく安静って感じかな……って、どこ行こうとしてるんですか⁉」

「執務室に。この状態でも出来る仕事はある」


 レンドール君と話していると、いつの間にか公爵様が起き上がって部屋を出ていこうとしていた。私は慌てて彼を引き留める。


「その状態で仕事できるわけないでしょう~~っ」

「最近、集中力が欠けていたせいで滞っている仕事があるんだ。今日中にカタを付けたい」

「それ絶対体調不良のせいですから! 休んだ方が効率良いですって」

「しかし……」


 私と公爵様が揉めていると、後ろからレンドール君がひょっこり顔を出した。


「公爵様の確認が必要なものって、もう片付いてましたよね? 後は僕が進めておきます」

「た、たしかにそうだが」

「ほら、レンドール君もこう言ってることですし。大人しく休んでたら、夜には美味しい物作ってあげますから」

「おいしいもの? ジゼルのか?」

「はい。だから、さっさと寝て下さい」


 少し迷った素振りを見せた公爵様の背中を押して、ベットに押し込む。レンドール君に目配せをすると、彼は頷いて部屋の外に出て行った。執務のことは彼がやってくれるだろう。


「ゴホッゴホッ、すまな、ゴホッ」

「大丈夫ですから。それより無理しないで下さいよ」


 体調悪い時って、割と自分を客観視できなくなるから、「まだイケる」「余裕で出来る」って思っちゃうんだよね。こういう時は大人しく体を休めた方が効率が良いのにね。……まあ、私も社畜時代は(以下略)


「お届け物でーす。冷水とタオルの配達ですよ~っ」


 しばらくしてからリーリエが(いつもより控えめな声で)部屋に入ってきた。彼女が持ってきたくれた物を受け取る。


 公爵様はすぐに眠りについてしまった。というわけで、私は公爵様の看病をリーリエと交代して、キッチンへと向かった。


「さて。体があったまるものでも作りますか」


 作るのは、溶き卵うどんだ。体もあったまるし、消化にいいから、これが最適なんじゃないかな。ただ、この世界にうどんってないから、麺から手作りになりそうだ。


 とりあえず、やってみよう。


 小麦粉と塩水を混ぜて、こねこね。袋に密閉して、ふみふみ。麺棒で伸ばして、たたんで、切って……と。これでうどんが完成。


 薄口の醤油ベースのスープに作ったうどんと溶き卵とおろし生姜を入れれば、完成だ。


 ひとまず完成したうどんを味見してみる。


「うん。初めて作ったけど、いいんじゃないかな」


 煮込んだうどんのやわらかさと卵の優しい味わいが美味しい。これは成功と言ってもいいはず。


 リーリエと看病を交代してから、かなり時間が経ってしまっている。私は、急いで完成したうどんを運ぶ。


「公爵様、完成しましたよ……って、何を話してるんですか?」


 公爵様の部屋に入ると、起き上がっている公爵様とリーリエが何やら話し込んでいた。


「愛ですね~って話してたんですよ」

「リーリエ、言わなくていい」

「公爵様は自分で言わないじゃないですか。それじゃあ、邪魔者は消えますからねーっ」


 そう言って、リーリエは出ていってしまった。


「なんですか?」

「いや、なんでもない」

「起きてても大丈夫なんですか?」

「ああ、大分よくなってきたから。それより、それは何だ?」

「作ってきました。熱いので、少し冷ましてから食べてくださいね」


 私は公爵様に差し出す。


「この白いパスタのようなもの、初めて見たな」

「うどんって言います。消化にいいので、無理のない範囲で食べてみて下さい」


 ズズッと、と私がうどんをすする仕草をすると、しばらくして公爵様は見よう見まねでうどんに口をつけた。


「……っ! もちもちしていて、パスタよりも柔らかくて……美味しいな。それに、スープに入ってるのは、生姜か? 体があったまる」

「よかったです。ゆっくり食べてくださいね」


 よかった。初めて食べるものみたいだけど、ちゃんと美味しいって思ってもらえたみたい。


「この“うどん”というのは、ジゼルの自作なんだよな?」

「はい。そうですけど、どうしたんですか?」

「実は、さっき、リーリエからジゼルがこれを作っている様子を聞いていたんだ。リーリエが水を取り替えに行く時に、生地から作っている様子を見かけたらしい」


 なんと。麺をふみふみしていたところを見られたのだろうか。ちょっと恥ずかしいから、後でリーリエには口止めしておこう。


「正直、そこまで考えて作ってくれるとは思わなかったから、嬉しかったんだ。だから、風邪を引くのも悪くないって思ってしまった。迷惑かけておいて、何を言ってるのかという話だが」


 公爵様が恥ずかしそうに目を伏せる。その様子に、私はクスッと笑った。


「いいんですよ。風邪を引いた時に優しくしてもらえるのは特権ですから。思いっきり甘えて、休んじゃって下さい。その代わり、私が病気になった時はフォローをお願いします」

「もちろん。仕事を休んで看病する」

「いや、仕事はして下さいよ。それより、病気を治すためにお酒でも用意して……」

「酒にそんな効果はない。その時は、キッチンの施錠が俺の役目だな」

「ああ、そんなっ」


 と、くだらない会話をした後、公爵様はすぐに眠りについた。そして、次の日には公爵様の体調もすっかり良くなり、元気に執務を行っていた。









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ありがたいことに、『聖女と公爵様の晩酌〜前世グルメで餌付けして、のんびり楽しい偽物夫婦ぐらし』の発売日が決定しました!10月10日発売です!

詳細は、近況ノートでご報告させていただいておりますので、そちらをご覧いただければと思います。

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